横浜FM一筋の男・栗原が18年間の現役生活に別れ…「本当に100点以上だった。想像以上でした」
サッカーキング2019年12月2日(月)16時22分
横浜FM一筋18年。「悔いは残っていない」と栗原が現役引退会見を笑顔で行った
15年ぶりのJ1リーグ制覇に大手を懸けている横浜F・マリノスの栗原勇蔵が2日、今シーズン限りでの現役引退を発表した。実に横浜FM一筋、18年。「自分にとっては家族」と表現するチームで、現役生活を終えることを決めた。
クラブとは、1年ほどの時間を掛けてじっくりと話を続けてきた。その中で最終的に引退を決意したのは、ここ数週間のことだという。「正直に言うと、体に痛いところは一つもないです。だから『もったいない』っていう人もいたけど、気力というか、そっちのほうがきつくて。気持ちの部分が一番大きかった」と明かした。
シャイで男らしい栗原らしく、事前の相談はほとんどしなかった。「結局、決めるのは自分なので。自分の中ではマリノスでやめると決めていた」。そして引退を決意するも、チームが15年ぶりの優勝争いをしている状況で、「変に刺激を与えるのは嫌だったのでギリギリまで言うのは控えていた」とチームメートに話をしたのは今日だった。
「今朝、みんなの前で報告したけど、何せそういう機会が、プロになった時に自己紹介して以来だったので懐かしいというか、何を話そうか迷ったところもあった。本当に今年だけでもお別れする選手も多くて、そこで涙する選手もいたので。別れって悲しいものでもあるんですけど、自分の中ではマリノス一筋でずっとやってきて、やり残したことはない、と言ったらウソになるかもしれないですけど、『最後に今年優勝して終われれば悔いのないサッカー生活になるので頑張りましょう!』という話をみんなにしました」
中学生の時に横浜FMのジュニアユースに加入した栗原は、2002年にユースからトップチームに昇格した。その後、プロ2年目の2003年、そして翌年の2004年にリーグ連覇を経験、さらに2013年には天皇杯で優勝を飾るなど、クラブの黄金期を知る唯一の生え抜き選手となった。
「子どもの頃からマリノスに入って、本当に子どもでしたし、サッカーももちろん人間のところを成長させてくれた。本当にサッカーをやっていなかったらどういうふうになっていたかも分からないですし、学校の担任の先生からも『サッカーだけはずっと続けなさい』と言われたり、無茶苦茶だった自分をまともな大人にしてくれたのがマリノスだと思うので、本当に感謝しています」
だからこそ、どうしても最後の日までトリコロールの一員でありたかった。
「後悔は全くしていない。もう一回、生まれ変わってサッカー選手になったとしても、またマリノスにずっといたいと思っていますね」
そんな“マリノス愛”が強い栗原が後継者に選んだのが、喜田拓也だ。「自分と一緒というか、小学生の時からマリノスにいて、本当にトリコロールの血が流れているのは彼だし、ああいう人間もなかなかいない。本当に頑張ってほしいし、今はキャプテンもやっていて、本当に立派になったなあって思う」とバトンを渡した。
一つのクラブで、プロ生活18年……。プロサッカー選手を18年も続けることは難しいが、それ以上に一つのクラブでプレーし続けることも難しい。プロになったばかりの頃に思い描いたサッカー人生を、栗原自身は送れたと思っているのだろうか。
「プロになって1年目とかに思い描いていたものというか、それ以上のものができたと思います。こんなに試合に出られるとも、こんなに長く(マリノスに)いられるとも思っていなかったので、本当に100点以上だったかなと思います。想像以上でした」
会見中に見せた笑顔が、栗原の言葉をしっかりと裏付けてくれていた。
クラブとは、1年ほどの時間を掛けてじっくりと話を続けてきた。その中で最終的に引退を決意したのは、ここ数週間のことだという。「正直に言うと、体に痛いところは一つもないです。だから『もったいない』っていう人もいたけど、気力というか、そっちのほうがきつくて。気持ちの部分が一番大きかった」と明かした。
シャイで男らしい栗原らしく、事前の相談はほとんどしなかった。「結局、決めるのは自分なので。自分の中ではマリノスでやめると決めていた」。そして引退を決意するも、チームが15年ぶりの優勝争いをしている状況で、「変に刺激を与えるのは嫌だったのでギリギリまで言うのは控えていた」とチームメートに話をしたのは今日だった。
「今朝、みんなの前で報告したけど、何せそういう機会が、プロになった時に自己紹介して以来だったので懐かしいというか、何を話そうか迷ったところもあった。本当に今年だけでもお別れする選手も多くて、そこで涙する選手もいたので。別れって悲しいものでもあるんですけど、自分の中ではマリノス一筋でずっとやってきて、やり残したことはない、と言ったらウソになるかもしれないですけど、『最後に今年優勝して終われれば悔いのないサッカー生活になるので頑張りましょう!』という話をみんなにしました」
中学生の時に横浜FMのジュニアユースに加入した栗原は、2002年にユースからトップチームに昇格した。その後、プロ2年目の2003年、そして翌年の2004年にリーグ連覇を経験、さらに2013年には天皇杯で優勝を飾るなど、クラブの黄金期を知る唯一の生え抜き選手となった。
「子どもの頃からマリノスに入って、本当に子どもでしたし、サッカーももちろん人間のところを成長させてくれた。本当にサッカーをやっていなかったらどういうふうになっていたかも分からないですし、学校の担任の先生からも『サッカーだけはずっと続けなさい』と言われたり、無茶苦茶だった自分をまともな大人にしてくれたのがマリノスだと思うので、本当に感謝しています」
だからこそ、どうしても最後の日までトリコロールの一員でありたかった。
「後悔は全くしていない。もう一回、生まれ変わってサッカー選手になったとしても、またマリノスにずっといたいと思っていますね」
そんな“マリノス愛”が強い栗原が後継者に選んだのが、喜田拓也だ。「自分と一緒というか、小学生の時からマリノスにいて、本当にトリコロールの血が流れているのは彼だし、ああいう人間もなかなかいない。本当に頑張ってほしいし、今はキャプテンもやっていて、本当に立派になったなあって思う」とバトンを渡した。
一つのクラブで、プロ生活18年……。プロサッカー選手を18年も続けることは難しいが、それ以上に一つのクラブでプレーし続けることも難しい。プロになったばかりの頃に思い描いたサッカー人生を、栗原自身は送れたと思っているのだろうか。
「プロになって1年目とかに思い描いていたものというか、それ以上のものができたと思います。こんなに試合に出られるとも、こんなに長く(マリノスに)いられるとも思っていなかったので、本当に100点以上だったかなと思います。想像以上でした」
会見中に見せた笑顔が、栗原の言葉をしっかりと裏付けてくれていた。
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