高校サッカーの名門・イチフナが復活。選手が涙を流して語り合ったこと

1月1日(水)6時30分 Sportiva

 苦しんでいた千葉県の名門が、息を吹き返した。1つの敗戦が、きっかけだった。9月15日、市立船橋高校は、ホームグラウンドの船橋市法典公園で柏レイソルU−18に1−4と大敗した。DF石田侑資(2年)はめげずに声をかけ続けたが、誰も応えなかった。

エースの鈴木唯人が市立船橋を引っ張る
 チームは、崩壊。今季は、波多秀吾監督が就任して1年目。新たなコミュニケーションを築き上げていく時期だったが、プレミアリーグで残留争いを強いられ、夏のインターハイでも千葉県予選の準決勝で敗退と苦しみ続けた。大敗したことよりも、勝負を続けられなかったことに憤りを感じていた石田の叫びを拾い上げたのは、波多監督だった。試合直後、クールダウンもせずに控室に引き上げると、長いミーティングが始まった。
「石田、言いたいことがあるなら言え」
 不甲斐ない戦いぶりに納得できなかった石田は、涙を流して訴えた。練習からモチベーションの高さが感じられないうえ、試合になってスイッチが入るわけでもない。一体、どう立ち直るつもりなのか。みんな、心当たりはあったが、誰かのせいにし、解決に動くことを避けてきた。
 その結果が、前に進む一体感を欠いたゲームであり、プライドを傷つけられる大敗だった。洗いざらい吐き出させようと考えた波多監督は、その場でほかの選手にも気持ちを語らせた。チームが見ていたのは、エースの背中だった。
「前のほうの選手が、全力でプレーしているとは思えない。もっと、しっかりやってほしい」
 とくに不満の矛先が向いたのは、FW鈴木唯人(3年、清水エスパルスに加入内定)だった。当時は、右MFが主戦場。試合途中で運動量が落ちる印象をみんなが持っていた。のちに「本当にやっていれば、100%でやっていると言い返せたと思うけど、そうじゃなかった」と振り返った鈴木は、みんなの意見を聞いてどう思うのかと波多監督に聞かれても答えられなかった。
 何度聞かれても答えは出ない。しかし、チームには鈴木の言葉が必要だった。自分たちが頼りにしているエースは、一体、どう思っているのか。本音でぶつかり合った今しか、チャンスはない。指揮官は挑発に出た。

「10番を背負っているけど、チームを降格させても、こいつには問題ないんだ。プロの道が決まったから、もう関係ないんだろ? そう思っているんだよな?」
 すると鈴木の感情が爆発した。
「そんなこと、誰が思っているんだ!」
 押し込めていた悔しさと情けなさが、堰を切ったように、あふれ出した。そして、鈴木は監督に向かって言った。
「だったら、FWをやらせろよ!」
 ポジション変更の直訴は、「FWなら(味方の動きを見てからではなく)自分から相手ボールを全部追える。パスを受けたければ、中盤に落ちてボールを触ればいい」と考えた鈴木の覚悟の表明だった。サイドでは、逆サイドに関わりにくい。ゲームメークも得点も守備も、全部率先してやってやる——。
 鈴木のFW転向後、チームは突如、勝ち始めた。エースの輝きがチームを引っ張り、チーム力が個人の力を引き出す好循環で、プレミアリーグは4連勝。選手権予選でも決勝で流経大柏高校とのライバル対決を制した。
 波多監督は「主将のMF町田雄亮(3年)や、石田、DF鷹啄トラビス(3年)は、周りに意見を言えるようになっていたけど、(鈴木)唯人は、周りが唯人に意見を言ってほしいと思っているのに言わないところがあったし、周りも唯人には言えない雰囲気があった。あの時、初めて、強く自己表現をしてきた。そういうところを引き出したかった。そんなことが一つのきっかけになったのかなとは、思います。今だから言えるけど、やっぱり、唯人は、もっとやれる選手だった」と大きな転機を回顧した。
 今季は、鈴木のほかに、快足サイドバックの畑大雅(3年、湘南ベルマーレに加入内定)というJリーグ入りする選手もいる。石田は、U−17日本代表候補。左サイドバックの植松建斗(3年)もスピード、パワー、キック精度の3拍子が揃った逸材で、個々の能力は高い。
 シーズン終盤に入り、ようやくチームとしてまとまり、実力を発揮できるようになった印象だ。中央では鈴木、サイドでは畑やドリブルが得意の左MF森英希(3年)が起点となり、ショートコンビネーション、カットイン、植松の攻撃参加、クロスと多彩な攻撃を繰り出す。

 サッカーで勝つには、技術や戦術が必要だ。もちろん、それを実行する身体能力も要するが、すべてが完ぺきには揃わないから、難しい。メンタルも同じ要素だ。波多監督は、苦しんできた1年の最後に調子を上げるために、市立船橋の伝統を持ち出した。個々の徹底した勝負へのこだわりの共有こそ、かつて「イチフナ」を全国区に押し上げた布啓一郎元監督(来季から松本で監督)が築いた、揺るぎないチームの土台だ。

勝負へのこだわりも身について、強い市立船橋が帰ってきた
 今では、主将の町田を筆頭に、選手は「球際、攻守の切り替え、運動量」と早口言葉のようにチームのテーマを語る。前任の朝岡隆蔵監督(現・千葉U−18監督)も、パスをつないで相手を揺さぶって攻める攻撃の強化に取り組む中、勝負のときには重視してきた伝統だ。
 思えば、朝岡監督が就任して1年目で全国高校選手権を制した2011年度にも同じようなことがあった。当時のエースは、和泉竜司(名古屋グランパス)。プリンスリーグ関東で4連敗を喫した際、チームの攻撃陣と守備陣が言い合いになり、本音でぶつかり、一つになった。
 戦い方も守備を重視。対人でボールを奪う、素早く攻める、繰り返すという市立船橋の基本に立ち返り、日本一を達成した。波多監督は今季中盤から「イチフナ化しよう」と選手に訴えかけてきた。立ち返る原点こそ、市立船橋の強さの源だ。
 全国大会の出場を決めたあとのプレミアリーグ最終戦は、すでに残留が決まっていることもあり、新戦力の台頭を促すために、主力をメンバー外にして休ませた。前の節でプレミアリーグ史上初のレッドカードを受けてベンチ入りできなくなった波多監督が、グラウンドの隅で金網越しに試合を見ていると、その様子を見てクスクスと笑っていた選手たちが同じ場所に椅子を並べ、共に試合を観戦した。
 就任1年目のプレッシャーのなかでもがき苦しんだ指揮官と、団結できずにバラバラになっていた選手が、一丸となって全国大会に臨む。イチフナ化の最終段階はもちろん、「最後は、勝つ」である。

Sportiva

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