恐るべき浦和RLのプラン共有力。INACの穴をいかに突いたのか【皇后杯取材】
2025年1月22日(水)12時0分 FOOTBALL TRIBE

皇后杯JFA第46回全日本女子サッカー選手権大会準決勝の2試合が、1月18日にサンガスタジアム by KYOCERA(京都府亀岡市)にて行われた。同会場での第2試合で、三菱重工浦和レッズレディースとINAC神戸レオネッサが対戦。最終スコア4-1で浦和が勝利している。
昨年の皇后杯決勝でINACに敗れ、準優勝に終わった浦和。今回の準決勝でもINACに先制されたが、冷静に勝機を見出し、昨年の雪辱を果たした。
いかにして浦和が逆転勝利を収めたのか。また、この試合でINACが改善しきれなかった点は何か。ここではこの2点を論評するとともに、現地取材で得たINACのジョルディ・フェロン監督とDF守屋都弥、浦和GK池田咲紀子とMF栗島朱里の試合後コメントも併せて紹介する。

浦和vsINAC:試合展開
前半22分、INACが敵陣の深い位置でスローインを得ると、浦和DF後藤若葉のクリアボールをINACのDFヴィアン・サンプソンがカット。シュートチャンスを得た同選手がすかさずペナルティエリア内で右足を振り、INACに先制点をもたらした。
INACにワンチャンスを活かされたものの、浦和は慌てずにボールを保持。迎えた前半42分、MF伊藤美紀の敵陣でのボール奪取から浦和のパスワークが始まると、右サイドを駆け上がったDF遠藤優のクロスボールにDF高橋はながスライディングで合わせ、同点ゴールをゲット。前半アディショナルタイムには栗島のロングパスを受けた高橋がセンターサークル付近でボールを収め、相手最終ラインの背後へパスを送る。このパスを受けた浦和FW島田芽依が、相手GK大熊茜との1対1を制した。
後半21分にも、栗島のロングパスのこぼれ球を高橋が敵陣で収め、ラストパスを繰り出す。このパスを受けたMF塩越柚歩が相手GK大熊との1対1を制すると、同28分には塩越のスルーパスを受けた伊藤が敵陣ペナルティアークからシュートを放ち、ダメ押しのゴールを挙げる。試合全体を通じ、いち早く高橋にボールを預ける浦和の作戦が功を奏した。

INACの攻撃停滞の原因は
この試合における両チームの基本布陣は、浦和が[4-2-3-1]でINACが[3-4-2-1]。INACは右ウイングバックの守屋が低い位置へ下がることで、4バックにも見える布陣を時折敷いていたが、GKや最終ラインからのパス回し(ビルドアップ)は[3-4-2-1]を軸に行うことが多かった。
INACはヴィアン・サンプソン、三宅史織、井手ひなたの3DF(3バック)を起点に攻撃を組み立てようとしたものの、サンプソンと右ウイングバック守屋の距離が開きすぎてしまい、ゆえにこのパスルートが開通しない場面がしばしば。俊足を活かしたサイド突破や、正確なクロスボールに定評がある守屋にボールを集めることができないINACの攻め手は、最終ラインから長身FWカルロタ・スアレスへのロングパスに限られていった。

「味方と意図が合わなかった」
試合後に筆者の取材に応じた守屋は、自軍のビルドアップの不具合に言及している。浦和MF高塚映奈(左サイドハーフ)が守備時に下がることで生まれるスペースを、誰が使うのか。この点が曖昧だったようだ。
ーINACのビルドアップについてお伺いします。ヴィアン・サンプソン選手と守屋選手の距離が開いている印象を受けました。これがINACのパスが繋がりにくかった原因のひとつだと思っているのですが、守屋選手はどう感じていらっしゃいますか。
「自分が高い位置をとると、高塚選手が下がっていました。それによって空くスペース(サンプソンの手前)を味方に使ってほしかったんですけど、その意図が味方と合いませんでした。これがサンプソン選手と自分の距離が遠いという事実に繋がったのかなと思います。あのスペースをボランチの選手やサンプソン選手が使えていれば、もう少し高い位置でビルドアップできたのかなと思っています」

J・フェロン監督の手直しも実らず
INACのジョルディ・フェロン監督は、前半途中からサンプソンとDF土光真代(ボランチ)のポジションを入れ替える。サンプソンよりも配球力やボール運搬力が高い土光を最終ラインへ下げることで、自軍のビルドアップを安定させる意図が窺えたが、これにより空中戦に強い浦和の1トップ高橋の脅威に晒されるという弊害が生じてしまう。長身DFサンプソンを最終ラインに組み込むことで制空権を握ろうとしたが、前述のポジション入れ替えにより当初のゲームプランがご破産となった。
試合後会見で筆者の質問に応じたフェロン監督は、サンプソンと土光のポジションを入れ替えた理由を明かしている。施した修正は合理的だったが、これによって生じるデメリットを浦和に突かれてしまった。
ー前半の途中から、ヴィアン・サンプソン選手と土光選手のポジションが入れ替わったように見えました。このポジションチェンジの意図を教えてください。また、この修正が監督の目論見通りにうまくいったのか。この点につきましても、監督の評価(振り返り)をお伺いしたいです。
「サンプソン選手が右サイドでビルドアップに関わる場面が、試合序盤にありました。多分、浦和さんはサンプソン選手にボールを持たせようとしていたのだと思います」
「高橋はな選手の空中戦対策として、サンプソン選手を最終ラインに置いていました。しかしながら、攻撃に移った際のボールの運び出しが上手くできないという問題がありました。それで土光選手を最終ラインに入れ、攻撃面の良さを発揮しようと思っていました。空中戦対策をとるのか、それとも自分たちのビルドアップ(の改善)をとるのか。この判断を私が行い、ポジションチェンジをしました」
「サンプソン選手に関しては、膝の不調により制限時間45分(前半のみ出場させる)と決めていました。彼女を残す(先発させた)ことでセットプレーから点を取れたのは良かったと思います。ただ、サンプソン選手が中盤へ上がり、土光選手が最終ラインに下がったことで、高橋はな選手にボールを収められる場面が何度か見受けられました。そこでやられた感(高橋に自由にプレーされた感)はありますね」

緻密だった浦和の守備
ボール運搬があまり得意ではないサンプソンに、浦和はあえてボールを持たせたのではないか。この筆者とフェロン監督の考察は、試合後に筆者の取材に応じてくれた浦和GK池田の言葉で確信に変わった。
ーフェロン監督も言及していましたが、サンプソン選手にわざとボールを持たせて、そこにプレスをかけていく意図が窺えました。INACから見て右サイド(浦和の左サイド)へパスを誘導しようとしていたように私も感じたのですが、そのような狙いはありましたか。
「INACの三宅選手や土光選手は足下(でのボール捌き)が上手ですし、どちらかと言えばサンプソン選手のところから(パスコースを)限定していくのが良いかなと。それは試合前から(チームメイトと)話をしていました。(特に)前半はみんなで共通意識を持って守備をできたので、そこは狙い通りだったと思います」
浦和は最前線の高橋、トップ下を務めた塩越、右サイドハーフとして先発した島田の3人でINACの3バックによるボール運びを妨害。この3人でINACのパス回しを片方のサイドへ追いやり、柴田華絵と伊藤の両MF(2ボランチ)、栗島と遠藤の両サイドバック、左サイドハーフ高塚がボール奪取を狙う。この構図を試合全体を通じて作れていた。

栗島が感じたINACの弱点とは
この日の浦和は自陣で無理にパスを繋がず、空中戦に強い高橋へのロングパスを多用。高橋は幾度となく前線でボールを収め、攻撃の起点となっていた。
浦和のロングボール攻勢に対するINACの守備は緻密さに欠け、浦和の最終ライン付近でボールを奪おうとしているわりには、最前線の選手によるプレスにボランチや最終ラインの選手が連動できていない場面がちらほら。ゆえにINACの最前線、中盤、最終ラインの3列が間延びし、これが高橋にボールが収まる要因となっていた。
このINACの弱点は、試合後に筆者の取材に応じた栗島のコメントからも窺える。今回の準決勝は浦和のゲームプラン共有力と、相手の戦術の不備を見逃さない強かさ(したたかさ)が際立った一戦だった。
ー高橋選手へシンプルにロングボールを預けようという意図が、今日の戦いぶりから窺えました。やはりこれは、チーム全体で共有されていましたか。
「試合の入り(序盤)は簡単にやろうという話はしていました。INACの前線の選手の守備は速い(出足が鋭い)と思ったんですけど、高橋選手の前にはスペースがありました。彼女ならアバウトなボールでも収めてくれるだろうと思って、そういうボール(ロングパス)を多用しました」
ーINACの前線の選手の守備には勢いがあるけど、それに後ろの選手(ボランチや最終ライン)が連動できていない感じがしたということですか。
「はい、そうです」
ー高橋選手、塩越選手、島田選手の3人をINACの3バックに当てて、相手のパスを片方のサイドへ追いやる守備をしていましたよね。
「はい。相手のFWスアレス選手へのパスのこぼれ球を拾われるのも怖かったので、ボランチの柴田選手と伊藤選手に後ろのスペース(最終ラインと中盤の間)を気にしてもらいながら守っていました。うちら(栗島を含む最終ライン)と味方FWで距離ができてしまうのは良くないので、ハイプレスというよりかは、お互いに距離感良く守備をしていました」
この試合の終盤には、昨年1月の皇后杯準決勝で左膝前十字靭帯を損傷したMF猶本光が、約1年ぶりに実戦復帰。悲願の皇后杯制覇に向け、浦和の視界は良好だ。