ロバート・エドワーズ、プロボウル期間中の怪我でキャリアを棒に振った悲運のRB

1月25日(土)6時0分 SPAIA

悲運のランニングバック、ロバート・エドワーズ

Ⓒゲッティイメージズ

祭りのようなプロボウル期間中に起きてしまった悲劇

今週末におこなわれるNFL2019プロボウル。そのシーズンに活躍したスター選手が一堂に会し、さながらお祭り気分でおこなわれるNFLのオールスターゲームだ。今年の開催地はフロリダのキャンピングワールド・スタジアムだが、以前はハワイのアロハ・スタジアム開催だったため、まるで選手が休暇に来ているような、そんなのんびりした雰囲気を醸し出しながらおこなわれていた。

しかし1999年2月におこなわれたプロボウルには、幾ばくかの緊張感が漂っていた。その理由はプロボウルに先立っておこなわれたイベントにおいて、1人の選手が大きなアクシデントに見舞われていたからだった。

プロボウル期間中のイベントとしておこなわれていたルーキー選手による「ビーチボウル」。ハワイの美しい砂浜でおこなわれていたこの余興のようなフラッグ・フットボールの試合で、ニューイングランド・ペイトリオッツのランニングバック(RB)、ロバート・エドワーズは、膝に怪我を負ってしまう。しかしそのとき事態の深刻さを理解している者は誰もいなかった。

ペイトリオッツ未来のスター候補

1997年シーズン終了後、フリーエージェントでエースRBカーティス・マーティンを失っていたペイトリオッツは、その後継者を探す必要があった。そのため、1998年のドラフト1巡指名権をRBに充てることを決める。白羽の矢が立ったのは、ハーシェル・ウォーカーやテレル・デイビスなど多くのNFLで活躍するRBを輩出する名門ジョージア大学のエース、エドワーズだった。

大学入学当初はコーナーバックを務めていたほどのスピードスターだったエドワーズは、ルーキー年からその俊足を活かし活躍。1年目ながら全試合に出場し、ラン獲得1,115ヤードを記録する。その活躍が認められ、彼は冒頭のビーチボウルに出場していたのだった。

失われたNFLでの未来

彼が負った怪我は、左膝の3つの靭帯断裂。神経系にまでダメージが及ぶ重傷で、加えて動脈まで千切れるという酷いものであった。足を切断する可能性まであったというこの大怪我により、順調なスタートを切っていた若きRBの輝かしい未来への扉は閉ざされてしまう。

それでも必死のリハビリを続けたエドワーズは、それから2年以上の時を経た2001年シーズン前、再びフィールドに立っていた。大怪我を乗り越え、もう一度NFLの試合に出場をする目標を叶えるために。

だがキャンプ中に股関節を痛めたエドワーズは、開幕前にチームから解雇されてしまう。チームのヘッドコーチは、彼をドラフトしたピート・キャロルから、その後ペイトリオッツで王朝を築くビル・ベリチックに代わっていた。

新たなる道を模索して

彼はそれでもNFLでのキャリアを諦めなかった。翌2002年、マイアミ・ドルフィンズはそんな彼にチャンスを与え、ついにエドワーズはNFLの試合に出場することとなる。最後に彼がNFLの試合に出場してから3年半以上の月日が経っていた。

エドワーズはデトロイト・ライオンズとの開幕戦で、4回20ヤードのランと4回のパスキャッチを記録。そして2つのタッチダウンをあげ、チームの勝利に貢献したのだ。しかしリッキー・ウィリアムズというエースが君臨していた当時のドルフィンズに彼の居場所はなく、結局シーズン通算20回のキャリー、獲得ヤード僅か107ヤードという結果しか残せなかった。そしてエドワーズのNFLキャリアは、この年で終わりを告げた。

その後2005年から4年間カナダのプロフットボールリーグCFLで活躍。現在は高校のフットボールチームでコーチを続けるエドワーズ。約束されたかのように見えたNFLでの輝かしいキャリアを取り戻すことはできなかったが、それでも彼はフットボールを諦めず、20年経った今もフットボールに関わり続けている。

SPAIA

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