羽生結弦、プログラム変更の理由 整体師離脱で母との衝突も

2月6日(木)16時0分 NEWSポストセブン

FPの『SEIMEI』は4分半から4分へ(時事通信フォト)

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 この日の最低気温は氷点下10℃を下回った韓国・ソウル。その寒さとは裏腹に熱い闘争心を隠すようにポーカーフェースで会場入りする男がいた。羽生結弦選手(25才)だ。2月5日、羽生は3年ぶり4回目の出場となる「四大陸フィギュアスケート選手権」(2月4〜9日)の公開練習に姿を見せた。


 北米、南米、オセアニア、アジアの各国代表が集う今大会。羽生最大のライバルで、昨年12月のグランプリファイナル男子シングルを過去最高得点で制したネイサン・チェン選手(20才)は大学での学業を優先させるため不参加だ。宇野昌磨選手(22才)も、3月の世界選手権に照準を合わせるため欠場する。


 ライバル不在のこの大会において、羽生の初優勝を疑う声は聞こえない。しかし、羽生自身はその声に耳を塞ごうとしている。


 異変が起きたのは、開幕を5日後に控えた2月1日の夜だった。国際スケート連盟(ISU)の公式サイトにある羽生のプロフィール欄から、今季使用していたショートプログラム(SP)『秋によせて』、フリープログラム(FP)『Origin』の記載が消えて、SP『バラード第一番』、FP『SEIMEI』に変更されたのだ。突然のプログラム変更に、関係者は騒然となった。


「シーズン途中のプログラム変更はただでさえ珍しいうえに、羽生選手にとっては初めてのこと。『SEIMEI』は2018年の平昌五輪で使用したもの。羽生選手にとって過去の演目で勝負するのは屈辱の部分もあるはずです。“このままでは頂点に立てない”という苦悩と“何がなんでも世界選手権でネイサン選手に勝って優勝したい”という強い決意を感じます」(スケート連盟関係者)


 絶対王者のなり振り構わない姿——その裏には辛酸をなめる戦いの数々があった。昨年3月の世界選手権ではネイサンに及ばず銀。同年12月のGPファイナルでも40点以上の大差をつけられた。


 さらに全日本選手権では宇野に逆転優勝を許した。羽生が日本人に負けたのは実に5年ぶりだった。


「“ネイサン選手との戦いしかない”と言い切っていた羽生選手にとって、全日本で宇野選手に敗れたことはなかなか認められない現実だったようです。“負けは死も同然”が口癖で勝ちにこだわってきただけに、張り詰めていた糸が切れたようで放心状態でした」(前出・スケート連盟関係者)


 全日本選手権後、「引退」を報じるメディアもあった。それだけ、昨年の羽生は追い詰められていたという。


「不調の原因の1つは、信頼していた整体師Aさんが彼の側からいなくなったからだといわれています。Aさんは小学2〜3年生の頃から羽生選手を見守り、平昌五輪をはじめ海外にも必ず帯同していましたが、平昌五輪後に『チーム羽生』を離れたのです。理由は羽生選手の母とAさんの諍いだと報じられていますが、真相はわかりません。ただ実際、この騒動後に羽生選手とお母さんの関係にも微妙に溝ができてしまったようです」(スポーツ紙記者)


 Aさんが「チーム羽生」を去った直後の2018年8月。羽生は“トロントのゴッドハンド”と呼ばれるカナダ在住の日本人鍼灸師のもとで、肉体的不調と精神的不調を改善する治療「オステオパシー」を受けている。しかし同年11月のロシア杯後に右足首の靭帯を損傷し、以降は思うような演技ができていない。


「本人も精神的支柱だったAさんがチームを離れたから不調になったと考えるようになっていった。それで羽生選手はお母さんに心ないことを言ってしまうこともあったとか。そんな最中のファイナルと全日本。羽生選手は心身ともに相当追い詰められていたと思います」(前出・スケート連盟関係者)


※女性セブン2020年2月20日号

NEWSポストセブン

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