ノムさん逝去から1年。息子・克則が明かす長嶋茂雄との最後の会話

2月11日(木)6時35分 Sportiva

 2020年2月11日に野村克也氏が84歳で逝去して1年が経った。現役時代、戦後初の三冠王に輝き、プロ野球歴代2位の通算3017試合出場、同2位の657本塁打を記録。監督としても南海、ヤクルト、阪神、楽天を率い、歴代5位の通算1565勝を挙げた。「名選手にして名監督」と呼ばれた父に育てられ、現在は楽天で育成コーチを務める息子・克則氏に「野村克也」の偉大さを語ってもらった。

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2006年に現役を引退した克則氏(写真左)と当時楽天監督だった野村克也氏
 正直、まだ『東京の家に帰ったらいるんじゃないかな』って思うんです。1月24日に1周忌を執り行ないまして。その時に「おふくろ(沙知代)がそろそろ寂しくなるんじゃないか」と思って、このタイミングで納骨を済ませました。でも、まだオヤジが亡くなったという実感がないんですよ。

 1年前のあの日は、本当に突然のことでしたから。それまでは毎月、定期検診を受けていましたし、医者からも「お体の問題はございません」と聞いていました。去年、僕が楽天の一軍作戦コーチとして、沖縄の久米島キャンプへ行く直前にあいさつした時も元気でしたし、「一軍は厳しい戦いばかりだけど頑張れ」と激励を受けました。他愛もない会話でしたが、握手を交わして見送ってくれました。

 僕自身、それまでバッテリーコーチをすることはあっても、作戦コーチは初めてで。オヤジがテレビなどの解説で、楽天の戦いをどう評価してくれるかと楽しみにしていただけに、キャンプ中に訃報を聞いた瞬間は「まさか......」としか思えませんでしたね。

 もっともっと"野村監督"からいろんなことを教わりたというのが本音ですが、今までたくさんのことを勉強させてもらいましたし、オヤジがいたからこそ今の自分がいる。それだけは胸を張って言えます。

 現役時代、ヤクルト、阪神、そして楽天でオヤジのもとでプレーさせていただきました。「野村克也の息子」と言われ続け、葛藤やプレッシャーはありました。それでも、僕としては精一杯、現役生活をやり切ったと思っています。

 現役引退した翌年(2007年)、オヤジのもとでバッテリーコーチとなって、最初に言われた言葉が「コーチは根気が一番」でした。「根気強く指導することで、コーチは選手に対して情熱と愛情が生まれてくる。そこから選手にいろんなことを気づかせ、いい方向へ導いてあげることが大事なんだよ」と。

 その根気こそ、オヤジの教えにあった「キャッチャーとは」の探究にも大きく関係してくるわけです。

 キャッチャーというポジションは、ピッチャーのボールを受け、最適な配球で相手バッターを抑えることが大きな役割ですが、それと同じぐらい大事なのが視野を広く持つことなんです。

 ピッチャーの様子、内・外野のポジショニング、相手バッターやランナーの動き......いろんな情報に枝葉をつけて細分化しながら、観察力や洞察力、分析力を養っていかなければいけません。そこからベストな答えを導き出し、決断する。それがキャッチャーの本分なのだと、オヤジから叩き込まれました。

「キャッチャーは扇の要であり、守りの中心でなければならない。監督の分身なんだから、使命感と責任感を持って、試合に臨まなければいけない。そのためにはいろんなことに興味を持つ。日々、感性を磨いていかないと務まらない」と。

 この教えは、キャッチャーとしては当然ですが、コーチになっても共通するものだと気づきました。

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 練習から選手の動きに目を凝らし、試合では流れを読んだうえで最適な作戦、適材適所の選手起用を監督とともに考えていかなければなりませんでした。一昨年までは、極端に言えばバッテリーだけを見ておけばよかった。それがチーム全体を注視しなければならなくなったわけです。指導者として勉強させていただいた1年でしたし、あらためてオヤジのすごさを思い知らされました。

 本当なら、シーズン後に「どうすればよかった?」と聞いてみたかった。小言やボヤキを散々言われたでしょうね(笑)。

 亡くなって1年経っても、こうやって取り上げてくださる。オヤジが「野村克也」として野球界に残した功績、影響力はあまりにも大きかったと、息子として誇りに思います。それに今でもみなさんの記憶に残していただいているのは、オヤジが野球人として最後の最後まで活力を失わなかったからだと思います。

 そう思わせる印象深い出来事がありました。

 あれはオヤジが亡くなる20日ほど前の昨年の1月21日。2019年に逝去された金田正一さんのお別れ会でのことでした。参列していたオヤジと僕が、会が終わって帰ろうとした時に、大勢の参列者がいるなか偶然にも長嶋茂雄さんと鉢合わせたんです。

「おう、長嶋! オレはまだ元気に生きているからな!」

「おぉ、ノム! 元気そうだねぇ」

 あいさつ程度の短い会話でしたが、オヤジは本当にうれしそうで......あの光景が今でも忘れられません。

「オレはまだまだ生きるからな。おまえも頑張れよ。でもな、長嶋。おまえより先には絶対に逝かんぞ!」って言っていたようで......「打倒・巨人」「打倒・ON」のライバル関係はオヤジのなかでは続いていたんです。


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