「生活をスノボと共有した4年」/平野歩夢一問一答

2月15日(木)12時22分 日刊スポーツ

男子ハーフパイプから一夜明け、会見に臨んだ平野(撮影・河野匠)

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 平昌冬季五輪(ピョンチャン・オリンピック)スノーボード男子ハーフパイプで、14年ソチ五輪に続く2大会連続となる銀メダルを獲得した平野歩夢(19=木下グループ)が、メダル獲得から一夜明けた15日、平昌で会見を開いた。
 平野は「これ以上の回転というのが、ハーフパイプの競技は限界に来ているというのも現状」と語る一方で「出来ることの高さだったり完成度だったり…プラスアルファが必要」と、さらなる進化への飽くなき思いも口にした。主な一問一答は、以下の通り。
 −一夜明けた心境は
 平野 昨日は、銀メダルで終わってしまって…。目の前まで金メダルの可能性がある中、結果がリザルトになったので、素直に受け入れる部分と悔しい思いが残っているので、結果を生かして、またリベンジする4年後に出られれば。
 −金メダルに足りなかったものをあえて挙げるなら
 平野 金メダルに足りなかったものと言えば、細かく言うと、本当に着地の完成度。高さも、もうちょい出せるところだと思うので、そこがもう少し点数を伸ばせたところなのかなと思うところと、あと3本目が、さらにもう1ヒット、プラスアルファで違う技が入れば、点数が変わったところもあると…悔しさがある感じです。
 −ショーン・ホワイトの最終滑走を見ていた時の思い
 平野 何と言えばいいか…自分よりも、さらにプレッシャーがある中、最終滑走で、あの場で決めてくるメンタルの強さにビックリしたのと、自分もコケて欲しいとか、そういう願いは、特にしていなかったので、彼の滑りに集中し、見守りました。3ヒット目くらいで、あぁ…これを決めてきたら抜かされるかもと…。会場の雰囲気と滑走順も、関係していると思うので。彼のベストだと思う。
 −今後、どう進化させていきたい?
 平野 これから、自分自身で競技のレベルを、これ以上、上げていくのは相当、難しくなると思うですけど、それは自分でも今、何をしようか組み立てている途中というか。これ以上の回転というのが、ハーフパイプの競技は限界に来ているというのも現状なので、今、出来ることの高さだったり完成度だったり…プラスアルファで「DC14」3つ…さらに今後、勝ち続けるためには必要だと思います。
 −高さを追い求めたのはいつから?
 平野 高さを僕は自分の1番の武器として…スピンより、自分の滑りというものに魅力というか、1発で、あぁ、あれがアイツだという、1つの自分のスタイルとして追求しているので、そういう意味で小学校3〜4年くらいから1発目のヒットには必ず、誰よりも高く飛べるエアターンを用意してきた。スケートボードでも、幼い頃からやっていて、ハーフパイプと同じような形をした練習場が新潟県内にあるので、スノーボードと共有さえながらやってきて、それが高さとして認められて大分、いい表現が出来ている。これからも変えずにやりたい。
 −「DC14」3連続は体力、技術も必要。どう伸ばせば、もっと厳しいところに到達するのか?
 平野 フロントサイドとバックサイドという方向で2連続、やっているんですけど、バックサイドで、まだ「DC14」でハーフパイプ(HP)の中でやった人がいないのが現状なので、可能性があるとしたら、バックサイドのダブルを最後のヒットに入れれば、また新しいマニュアルが出来るんだろうなと思います。
 −生まれ育った新潟、小学生時代に技を磨いた福島、山形のスキー場がある。応援した方に一言。ソチ五輪の後にはスケートボードをする子どもとも交流があった
 平野 新潟で生まれ、ずっと育ってきて…日本で海外と同じ大きさのハーフパイプというのが、なかなか、今もないんですけど…その中でも海外の設計に近づけたものは、自分が練習していた山形のスキー場だったり、福島もそうですし、いろいろな人たちが協力してくれ、五輪前もプライベートでもやってくれ、用意してくれる施設もあった。時間があれば、いつも顔を出させてもらっていますけど、今回もそうだと思うんですけど、五輪をテレビで見ていたと思うので、自分から贈るものとしては、感謝と今回、自分が五輪で見せた滑りが周りの人たちに届いていれば、1番うれしいという思いでいっぱいですね。
 −東京五輪への出場の可能性もある。次の世代の子どもたちにどういう存在になりたい?
 平野 東京五輪に関しては、すごい…こう、ここから目指すことというのは、すごく時間の中での、すごいハードなトレーニングになると思うので。自分は、まだはっきり決めていない部分もある。その部分を、これから、しっかり整理して考えられたら…当然、可能性があれば、という形で考えてはいます。
 −非常に苦しい4年間、自分を駆り立てたものは?
 平野 ここまで五輪の4年間は、自分にとっては1日1日が試練のような…小さい、小さい、自分の中での地道なトレーニングだったり。自分のフィールドとか、自分1人の空間をすごく大事にしていて、生活の習慣も、4年間の中でいろいろ変えてきたことだったり、自分のやりたくないことに、どちらかというとチャレンジしてきた4年間だったので。スノーボードにも、やっぱり自分の苦手な弱点の磨きをかけてきた…本当に生活からスノーボードまで共有できた4年間だったと思うので、そういうところに自分は1番、力を入れてこれたことが、これからもさらに高め続けなければ…自分の大事なことですね。
 −一夜明けて、1番最初に湧いてきた思いは何? 何か、やりたことは?
 平野 五輪が終わって…自分は五輪の先のことまで考えて出たつもりだったので、その先に向けて少し体のコンディションが回復すれば、また自分が目指す方向に戻って、次々と目指せればいいなと思いました。これからは、やっぱりスノーボードで頂点を取り続けることは簡単じゃないことを、あらためて今回も実感したので。人一倍、先のことをするなら…人のやっていないことを自分の考えた式と答えの中で、人と違う…先に上のものを目指しながら行ければなと思います。自分のこだわっているものだったり勝ち方にこだわって、また頑張っていきたいと思います。
 平野は「本当に生活からスノーボードまで共有できた4年間だったと思うので、そういうところに自分は1番、力を入れてこれた」と、今回の五輪に全てを注いできたと吐露した。【村上幸将】

日刊スポーツ

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