平野とホワイトの異次元エアが描くスポーツの理想像

2月15日(木)10時26分 日刊スポーツ

高いエアを決める平野(撮影・黒川智章)

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 スノーボード男子ハーフパイプ決勝は、まるで世界最高峰のサーカスを見ているようだった。だからサーカスの観客気分で大トリのショーン・ホワイト(米国)にも、私は最高のパフォーマンスを期待した。平野歩夢のメダルの色を左右する最終演技。もちろん日本の19歳の金メダルを強く願っていたが、主役の異次元技だって見たい。愛国心むき出しで観戦してきた、これまでの五輪競技とはちょっと違う気持ちになった。

 選手たちの繰り出すスペクタルなエアは、体をつかったアート作品のようだった。縦2回転、横4回転と言われても、複雑すぎてよく分からないが、空中ブランコを見ているようでほれぼれする。「どうだ、オレの演技を見たか」と言わんばかりの彼らの自慢げな顔は、スポーツの起源が「遊び」であることを思い出させてくれる。だから見ている側も心底楽しめる。
 体制に抵うような、自由な空気も心地よかった。ジャンプ回数が5〜7回と選手任せで、タイムに縛られるわけでもない。他の競技に比べると、自己主張に対する規制がずっと緩いのだ。ボクシング好きのジェームズ(オーストラリア)はボクシンググローブを模した手袋をしていて笑えたし、興奮してヘルメットを観客席に投げ込んだホワイトは、反体制の象徴と言われたロックスター、ミック・ジャガーに見えた。
 もちろん選手たちは血のにじむような地道な鍛錬を重ねたに違いない。だが、ひたすら陽気で、悲愴(ひそう)感のない彼らの顔には、体育会特有の泥臭ささがない。卓越した技は相手を倒す武器というより、自己表現のための作品、創造力と勇気の証しなのだ。ひょっとするとこの競技が体罰、しごきといった日本のあしきスポーツの慣習を変えてくれるかもしれない。そんな希望の光も感じた。

 ホワイトに最後の演技で逆転され、わずかな差で金メダルを逃した平野は、「楽しかった。ホントに。今までイチ(一番)の大会だったんじゃないかな」と、まずは達成感を口にした。ホワイトも「平野をとても誇りに思う」とライバルをたたえた。選手たちはお互いに敬意を払い、心底楽しんでいたのが分かる。試合後の光景も心地よかった。
 五輪競技に採用されて20年。技の進歩は加速して、危険と隣り合わせになった。この日も戸塚優斗が壁の縁に落下、腰をしたたか打ち付けて病院に搬送された。ホワイトも昨年10月、練習中に顔を62針も縫う大けがをしている。平野も同3月の大会で肝臓損傷の重傷を負っている。素晴らしい競技だが、親として子供にはやらせたくない。その気持ちもサーカスを見たときと同じだった。【首藤正徳】

日刊スポーツ

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