JR東日本・伊藤将司「目指すは社会人ナンバーワンピッチャー」 2020ドラフト候補に聞く

2月16日(日)6時0分 SPAIA

JR東日本・伊藤将司ⒸSPAIA

ⒸSPAIA

「周りからエースと認められる投手に」

——社会人1年目だった昨年(2019年)を振り返って自己採点したら何点になりますか?

「30点くらいじゃないですか。20点から30点の間。半分もいっていないですよ」

少し厳しめな自己採点が彼のストイックな性格を表していた。

JR東日本・伊藤将司のことである。

2015年に横浜高から国際武道大学に進み、JR東日本には2019年に入社。大学時代は、2016、17年の日米大学野球、2017年のユニバーシアード大会と大学日本代表に3度選出。さらに2017年、18年には国際武道大で2年連続全日本大学野球選手権準優勝。正に折り紙付きの実績で社会人野球に飛び込んできた。

そんな伊藤が、自身にそこまで辛口の評価をするには理由がある。

昨年6月の都市対抗野球東京都二次予選の第3代表決定戦(対明治安田生命戦)。この日、先発した伊藤は初回に2つ、2回に2つの三振を奪う上々の立ち上がりを見せたが、3回に突如乱れて、3本のヒットと2つの四球で3失点して降板。チームの大一番で先発の役目を果たすことが出来なかった。

「初回から力が入り過ぎて、ペース配分で間違ったところがあったと思います。それが3回にハマってしまって…。疲れなのかは分かりませんが、何かが変わった感じはありました」

この日のストレートの最速は145キロ。日頃の伊藤のボールを知る者からすればむしろ立ち上がりは良いように感じた。それがあの3回に突如として崩れる。

社会人野球、とりわけ都市対抗予選の厳しさをまざまざと感じた試合だった。

JR入社時、チームから託された背番号は「18」番だった。

そのことからもチームの彼に対する期待の大きさを感じる。伊藤当人も、1年目から「自分がエースでやる」という強い自覚を持って、社会人野球最初のシーズンに臨んだ。

「昨年は(メディアで)太田がエースと言われていたと思うんです。だけど、自分の中では勝手にそのつもりでいたし、みんなの中では『エースは太田』ってなっていたと思うんですけど、自分は自分で『俺がエースだ』って気持ちで常にやっていました。

その中で(都市対抗野球の)本戦の先発が出来なかったのは本当に悔しかったですし、だからこそ今年は、自分だけでなく周りからも『(伊藤が)エースじゃないか』と言われるくらい、先発で勝てる投手になってやろうと思うんです」

その言葉に強い決意を感じた。

今年は「9回の最後まで」

目指すイメージは出来ている。2017年夏の都市対抗野球で、3試合に投げ2試合で完封した同社のOB・田嶋大樹のような存在だ。

年齢も一緒、高校2年秋の関東大会で対戦経験もある同期のライバル。伊藤本人は「意識していない」というが、先々の目標を見据える上ではインパクトの部分でも負けるわけにいかない。

「だから今年は自分が9回まで投げ切るのが当たり前のようにしたいです。(JR東日本は)西田(光汰)をはじめ後ろに良いピッチャーがたくさんいます。だけどトーナメントを戦う上で、後ろを投げる投手の連投が続かないよう、自分が先発した試合は完投、完封したいです。そうでないと上まで勝ち上がるのは難しいと思うので…。その部分でもチームを助けられる存在になれたらいいと思っています」

そんな‶絶対的エース″となるために、今季は自身の投球スタイルの見直しも考えている。

「大学までは全イニング0で抑えないと勝てないって感じで投げていました。一人一人の打者に、常に全力で投げている感じだったので長いイニングでも8回がギリギリって感じでした。それがJR東日本に入って、浩司さん(山本コーチ)と出会って、『(9回まで投げるには)どこかで手を抜くのも必要だよ』と教えてもらって」

大学時代まで使用していた曲がりの大きいスライダーも「社会人では見極められる」とあえて封印を決めた。代わりに打者の手元で鋭く曲がるカットボールを自身の武器に取り入れる。実際には昨年の都市対抗予選から実戦でも投げ始めているが、相手打者の反応から見ても上々の出来だ。さらにはツーシーム、カーブ、チェンジアップも磨いて、先発完投型のピッチャーを目指す。

昨秋の日本選手権最終予選(対東京ガス)では、6回1/3、打者24人を83球でまとめて4安打無失点と、結果も残したが、それではまだ満足出来ないと彼は言う。

「あの試合も結果は0では抑えたんですけど、試合は勝てていないので…。結果は満足出来るものではなかったですし、自分が9回の最後まで投げられる投手にならないとダメなのかなと感じています。なので今年はその自覚でいます」

目標は社会人ナンバーワン、そしてその先へ

社会人野球で誰もが認める圧倒的投球をしたその先に、見据えているものがある。

大学卒業時は叶わなかったプロ入りだ。

「(指名漏れしたのは)4年の春の大事な時期に怪我をしてしまって結果を出せなかったのもあると思います。ただ、その不安な気持ちのままプロに行っても、おそらく結果は残せなかったと思うので、逆に切り替えられた部分もありましたし、そのときは社会人でもう一度頑張ろうと思いました」

山本コーチと出会い、仲間達と出会い、大学時代よりもひとまわり大きくなった自分の成長も感じている。だからこそ彼はこうも言った。

「とりあえず社会人ナンバーワンのピッチャーにならないと上位では選ばれないと思うので。今は栗林良吏(トヨタ自動車)が社会人ナンバーワン投手だと思うので、彼は右ですけどそこに負けないように自分もやりたいと思っています」

そう語る彼の姿に確かな自信のようなものを感じた。

SPAIA

「JR東日本」をもっと詳しく

「JR東日本」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ