練習の6〜7割が筋トレ、直後に500g超の肉を摂取。いわきFCのフィジカル革命【いわきFCの果てなき夢】

2月22日(木)10時19分 フットボールチャンネル

鄭大世が口にした憧憬の思い

 日本のフィジカルスタンダードを変える——2018年はJ1から数えて6部に相当する、東北社会人2部南リーグを主戦場とするいわきFCが掲げる壮大な夢のひとつだ。血液検査で栄養バランスをチェックし、遺伝子検査も導入して個々に合ったメニューを作成し、練習の6割から7割を筋力トレーニングにあてる。昨夏からは「肉トレ」と命名された食事革命も施されるなど、日本サッカー界でも前例のない、異端にも映るチャレンジの跡を追った。(取材・文:藤江直人)

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 何気なく目にしたコメントを読んでいるうちに、嬉しさが込みあげてきた。福島県社会人リーグ2部から挑戦をスタートさせて3年目。戦いの舞台を今シーズンから東北社会人2部南リーグに移すいわきFCが、ピッチの上で具現化させようとしている夢が凝縮されていたからだ。

「フィジカルだけでは勝てないのはわかっているけれども、エスパルス戦後に鄭大世がコメントしていたように、いままでの世界観みたいなものを僕たちは打ち破りたいと思っているので」

 いわきFCの総監督も務める、運営母体・株式会社いわきスポーツクラブの大倉智代表取締役(48)の表情を綻ばせたコメントは、善戦及ばず0‐2で屈し、天皇杯全日本サッカー選手権における快進撃を止められた昨年7月の清水エスパルスとの3回戦後に飛び出していた。

「敵ながらあっぱれでしょう。いい時間帯にウチが点を取れなかったら、正直、どうなっていたか。いやぁ、いいサッカーでした。本当に強かったし、今後を応援したくなりましたよ」

 声の主はエスパルスのエースストライカーにしてキャプテン、鄭大世だった。IAIスタジアム日本平のピッチで初めて対峙したいわきFCの選手たちに、正確に言えばユニフォーム越しにはっきりとわかる筋骨隆々のボディへ抱いた、憧憬の思いを素直に口にしている。

「僕も筋トレをしたいけど、J1だけでなくJ2やJ3を含めたすべてのクラブが、怖がって絶対にやらせてくれないですよ。けがをしたら誰が責任を取るのか、となるから。特に筋肉系のけがなら、必ず筋トレが原因だという話になるので。それをやっていること自体が、すごいと思っています」

 2012年6月に立ち上げられたいわきFCを運営していた、一般社団法人いわきスポーツクラブから運営権を譲り受けた2015年12月に、サッカーというスポーツを通じて実現する3つの夢が掲げられた。その2つ目として、こんな言葉が綴られている。

「日本のフィジカルスタンダードを変える〜魂の息吹くフットボール〜」

 具体的には何を、どのように変えようとしているのか。強化部長、ゼネラルマネージャー、取締役社長、そして代表取締役社長として湘南ベルマーレに11年間携わってきた大倉代表取締役は、心の片隅に忸怩たる思いを抱いてきたと打ち明ける。

「僕自身がもともと、興行とは非日常的な空間のなかでお客様が『えっ』と思うような、大きな体の選手たちがやるべきだという考え方をもっていた。ヨーロッパやアメリカでは当たり前のこととなっているのに、Jリーグにいるとなかなかチャレンジできない環境にあったので」

日本人でも絶対に体は大きくさせられる

 サブタイトルに添えた「魂の息吹くフットボール」に関しては、具現化させる道筋が見えていた。J2が定位置となりかけていたベルマーレが、2009、2012、2014シーズンと3度もJ1に昇格する過程を共有してきた。大倉のサッカー観は、ベルマーレのそれと合致する。

 ならば、実際にプレーする選手たちをもっと大きく、もっと強くするにはどのようにしたらいいのか。アメリカやヨーロッパとピッチは同じ大きさのはずなのに、選手たちの体の大きさゆえに狭く感じられるような光景を提供するにはどうしたらいいのか。

 長く追い求めてきた答えは、株式会社いわきスポーツクラブの親会社で、アメリカのスポーツ用品メーカー、アンダーアーマーの日本総代理店を務める株式会社ドーム(本社・東京都江東区)の安田秀一代表取締役CEOの言葉であっさりと見出すことができた。

「子どものころはアメリカ人も日本人も体の大きさはほぼ一緒だ、と安田は言うんですね。ならば、ある段階から体格の差が出てくるのはなぜなのか。アメリカでは高校生以上になればサプリメントを摂取しているし、大学側は選手たちが食べるということに対して巨大な投資をしていると。

 日本人でも絶対に体は大きくさせられる、だからこそマーケティングのひとつとして、フィジカルスタンダードを変えるという大きなビジョンを掲げようと。練習の6割から7割は、筋トレにあてていますよ。それくらい偏ってやらないと何も変わらない、という思いでトライしています」

 昨年7月に全面開業した日本サッカー界初の商業施設複合型クラブハウス『いわきFCパーク』の2階には、ドームが運営するトレーニングジム「ドームアスリートハウスいわき」が入っている。室内には最新鋭のトレーニング機器が並び、いわきFCの選手たちが体を日々鍛えている。

 プロ野球をはじめとするさまざまなジャンルのアスリートに、専門的かつ科学的な最新情報を提供。トレーニングの方向性をもたせ、競技力を向上させる日本で唯一のパフォーマンス開発機関である「ドームアスリートハウス」に蓄積されたノウハウは、いわきFCにも生かすことができる。

日本サッカー界でもほとんど前例のない遺伝子検査

 選手たちは体重と体脂肪率、そして骨格筋量を毎日測定して、年間を通してデータ化している。しっかりとトレーニングに取り組んでいるか否かが一目瞭然となるうえ、2ヶ月に一度の実施される血液検査を介して、栄養のバランス状態もチェックされる。

 食事はドームによる徹底した栄養管理のもと、一日3食がクラブハウス内で提供されている。それでも不足している栄養分が血液検査を介して確認されれば、その選手に見合ったサプリメントが提供されて補給する。

 もっとも、すべてがサッカー界では初めての試みであり、当然ながら試行錯誤が繰り返される。たとえば2016シーズンはウエイトトレーニングやストレングストレーニングを約2時間、1週間に3回ずつ消化しながら、それでも骨格筋量がまったく伸びなかった選手がいた。

「これだけトレーニングをしているのに伸びない、というのは何か原因があるよねという話になったときに、ドクターから遺伝子検査があると聞かされました。選手個々の筋肉に合ったトレーニングでなければダメなんじゃないか、ならば思い切って検査をしてみようとなったんです」

 強化・スカウト本部長を兼任する田村雄三監督(35)は昨シーズンの始動時に、日本サッカー界でもほとんど前例のない遺伝子検査を、全選手を対象として実施した経緯をこう振り返る。唾液を採取して分析するだけで、3つのタイプに分類されると指揮官は続けた。

「パワー・スプリント系、持久力系、そして両方の要素をもつポリバレント系ですね。タイプごとで筋トレのメニューも全然違ってきます。1年目に伸びなかった選手は持久力系の遺伝子をもっていることがわかりましたが、実はパワー・スプリント系のトレーニングばかり消化していたんです。

 これまではたとえば重さ100キロを連続して5回、素早く上げていたのを、持久力系ならば50キロを10回上げればいい。トレーニングのメニューを変えた結果、昨年だけで骨格筋量が2キロほど増えました。もちろんその選手だけでなく、一人ひとりのメニューを見直しました」

 食事でも試行錯誤が続いた。クラブハウスだけの食事ではどうしても飽きがくるからと、近くにある鳥鍋店へ場所を移したことがある。もっとも、料金と食べる量がなかなか一致しないこともあって、選手たちは白飯をより多く取るように勧められた。

「体を大きくするには白飯という先入観が僕たちにあったんですけど、そうすると体脂肪率が上がってきちゃったんですね。じゃあ白飯は最低限でいいから、とにかくたんぱく質を取ろうとなったときに、アメリカ人やブラジル人に倣って、結局は肉じゃないかという話になったんです」

 いわきFCの練習は午前中に行われる。そして、昨年の夏場から週に2度、基本的には水曜日と木曜日に練習が終了する頃合いを見計らい、アカデミーのスタッフたちが練習場のすぐ横に用意された大きな鉄板のうえで、大量の肉を焼き始める光景がいわきFCのルーティーンに加わった。

「お前、スクワットに人生をかけていない。だから甘いんだ」

 チーム内でいつしか「肉トレ」と命名された、壮観な昼食の意図を田村監督は笑顔で説明する。

「練習が終わってすぐに肉を食え、と。一人あたり、だいたい500グラムから600グラムでしょうか。霜降りなどではなく赤身の多い、ブラジル料理でいうシュラスコですね。焼きながらちょっと脂身を落としたものを、フェジョンという豆や白飯と一緒にかき込みます。

 なかには気分が悪くなる選手もいるかもしれない。Jクラブにはできない、斬新なトライかもしれませんけど、何とか体を大きくしよう、それでいて速く動けるようにしようと思っているので。正しいかどうかはわかりませんけど、実際、筋量と体重は増えているのに体脂肪率は下がっているんです」

 最も体つきが変わった選手の一人として、田村監督は駒沢大学出身の24歳で、昨シーズン選手会長を務めたFW菊池将太をあげる。177センチ、77キロのサイズながら空中戦を得意とする、典型的な「剛」のタイプの点取り屋は昨年6月の天皇杯2回戦で、いわきFC関係者を驚かせるシュートを決めている。

 舞台はJ1の北海道コンサドーレ札幌と対峙した、大雨が降り続く札幌厚別競技場。延長戦に入っていわきFCが3‐2と1点を勝ち越して迎えた114分に、カウンターから芸術的なループシュートをネットに吸い込ませた。

 J1から数えて7部に相当する福島県社会人リーグ1部を戦っていた、無名のアマチュア軍団による歴史に残るジャイアントキリングを決定づけた一発は、ドームの安田代表取締役CEOの間でちょっとした議論を呼び起こしたと、大倉代表取締役が苦笑いしながら明かす。

「あんなプレーをできる選手じゃないので、なぜだと安田と2人であれこれ話していたら、彼が面白いことを言うんですね。スクワットを上げる瞬間に一気に高まる、『ガッ』という集中力のなせる業だと。万が一、落とせば命に関わるという集中力と、シュートの瞬間が一致したんだと。

 よくわからない話だけど、何となく納得できたというか。安田はアメリカンフットボールの選手だったので、僕とは対照的に学生時代からそれこそ筋トレばかりしていた。いまでは僕がたまにやると『お前、スクワットに人生をかけていない。だから甘いんだ』と言われますけどね」

筋トレから生まれる好循環

 ともあれ、見た目にもはっきりと体が大きくなったことで、日々の練習や試合に臨むうえでの気持ちも変わってくる。おのずとパフォーマンスにも好影響を与えてくる。

「男って不思議なもので、たくましくなった体を鏡で見始めるじゃないですか。そのたびに自信がつくし、決してスピードが落ちるわけでもないし、けがもしないし、ピッチを離れても堂々と振る舞い始めるし、さらに筋トレに励もうというサイクルが生まれる。悪いことじゃないですよね」

 生き生きとした表情を浮かべる選手たちに大倉代表取締役が目を細めれば、田村監督は日本サッカー界に衝撃を与えた天皇杯における躍進が未来へ相乗効果を及ぼすと指摘する。

「体を大きくすることに、もしかすると半信半疑だった選手もいたかもしれない。そのなかで結果がついてきたことで、『当たり負けしない』とか『走り負けしない』と思えたはずですし、負けはしましたけど、清水戦を通して『対等に戦えた』という自信がさらに膨らんだんじゃないでしょうか」

 前例のないフィジカル革命の先に、果たして何が待っているのか。いわきFCの選手たちの目をさらに輝かせた、昨シーズンの快進撃の出発点となった遺伝子検査は昨春に発足したアカデミーのU-15にも実施され、チームの未来を担う子どもたちを対象とした育成をも加速させている。

(取材・文:藤江直人)

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