スタジアム自前建設を考える。長崎や今治に出来てなぜ他に出来ないか
2025年2月28日(金)17時0分 FOOTBALL TRIBE

J2リーグに所属するV・ファーレン長崎の新本拠地「PEACE STADIUM Connected by SoftBank」が、昨2024シーズンから本格運用され活況を呈していることで、他のJクラブの本拠地でも「我が街にもサッカー専用スタジアムを!」という声が上がっている。
しかしそのほとんどが自治体に対する要望であり、税金を投入することを求める“おねだり”に過ぎない。サッカーに興味などない一般市民にとっては単なる“箱もの”に過ぎず、そこに血税が使われることについて反発が起きていることも確かだ。
ここでは自前でホームスタジアムを建設させることに成功した長崎、FC今治などの例を参考に、そのメリットを提示し、逆になぜ自治体がサッカー専用スタジアム建設に二の足を踏むのかを検証。今後の展望を示していきたい。

長崎と今治の自前スタジアム
長崎の場合、通販大手の株式会社ジャパネットたかた、株式会社V・ファーレン長崎を傘下に収める株式会社ジャパネットホールディングスが約1,000億円を投じ、JR長崎駅近くの東京ドーム約1.5個分にも及ぶ土地を取得した上でサッカースタジアムのみならず、プロバスケットボールBリーグ・長崎ヴェルカの本拠地「ハピネスアリーナ」やホテル、商業施設などを併設した「長崎スタジアムシティ」を完成させた。
ジャパネットHDは非上場企業だが、高田旭人社長兼CEOは自らグループ全体の売上高を2,621億円(2023年12月期)と明かしている。そのうち長崎スタジアムシティでの年間売上を、グループ全体の約5%にあたる約100億〜150億円と見積もっており、25〜30年間での回収を見込んでいるという。単なるサッカースタジアム建設のみならず、1つの“街”を作ることによって投資に見合う回収をしようと、キチンとそろばんを弾いている。
また、今2025シーズンからJ2を戦っているFC今治のホーム、アシックス里山スタジアム(竣工当初は「今治里山スタジアム」)も民間資金で建設された。運営会社の「株式会社今治. 夢スポーツ」の会長を務める岡田武史元日本代表監督が音頭を取り、約40億円の建設費用をふるさと納税制度による寄附、企業版ふるさと納税による寄附、 里山プレートの購入による寄附、および運営会社の第三者割当増資なども実施し、資金調達した。
2016年に開場したガンバ大阪のホームスタジアム、パナソニックスタジアム吹田(市立吹田サッカースタジアム)のような自前でのスタジアム建設に近い前例もある。寄付金などを含む独自の資金調達で建設した上で、吹田市に寄贈するという形で、クラブとサポーター、企業が協力した。
大口スポンサーがついている長崎はいざ知らず、竣工時にはJ3にいた今治でさえも「民設民営」という自前でのホームスタジアムを完成させた。にも関わらず、J各クラブのサポーターは依然として、新スタジアム建設を自治体頼みにしている。

浦和の自前スタジアム建設の可能性について
現状、Jリーグ全60クラブの中で自前のスタジアムを所有しているのは、前述の2クラブ以外では、ジュビロ磐田(ヤマハスタジアム)、柏レイソル(三協フロンテア柏スタジアム)くらいだ。
その他は自治体所有のスタジアムを「借りている」状態にある。スタジアムの運営や管理を請け負う指定管理者制度の適用を受けているのも、鹿島アントラーズ(県立カシマサッカースタジアム)とガンバ大阪(パナソニックスタジアム吹田)くらいだ。
日本一のビッグクラブ浦和レッズでさえも、日韓W杯の“遺産”(2002年日韓W杯の開催場として建設された埼玉スタジアム2002)を使わざるを得ない状況だ。
浦和は同スタジアムの指定管理者に名乗りを上げたにも関わらず落選した。従前までの指定管理者「埼玉スタジアム2002公園マネジメントネットワーク」という団体が野外ライブなど多目的化を目指す姿勢に反発した浦和が、同団体から脱退した上で「サッカーのみでの使用」にこだわった末、その主張が埼玉県に届かなかったというのが事の真相のようだ。
元々、浦和の前身の三菱重工業サッカー部はJリーグ立ち上げの際、読売クラブ(現東京ヴェルディ)とともにホームを東京にしようとギリギリまで粘ったものの、川淵三郎初代Jリーグチェアマンに蹴られ続け、縁もゆかりもない浦和市(現さいたま市浦和区)に“飛ばされた”形となり、駒場スタジアムをホームに定めた経緯がある。
現在、クラブは浦和の街にしっかりと根を降ろし、社会インフラといっても過言ではない存在感を示している。仮に浦和が埼玉スタジアムを捨て、浦和区内での新スタジアム建設に挑もうとするならば、約4兆6,571億円(2023年度)もの連結売上収益を誇る三菱重工業と、サポーターの力があれば可能に思える。その収益力はジャパネットたかたの比ではない。問題は土地の取得だが、買収ではなく借地権の形を取ればクリアできよう。

他に自前の新スタ建設が現実的なクラブは?
そもそも柏や磐田がなぜ自前のスタジアムを所有しているのかといえば、親会社が所有する土地があったからだ。現在、柏スタジアムがある場所は、かつて日立グループの社員が集い運動会が開かれていたグラウンドがあり、ヤマハスタジアムがある土地は、ヤマハ発動機本社工場の敷地内である。
柏については一時、柏市主導で柏の葉公園総合競技場への移転計画が持ち上がったが、サポーターの猛反発に遭い引っ込めざるを得なくなった。キャパシティーの違いはあるものの、今となってはサッカー専用スタジアムから陸上トラック付きの競技場への移転を断固として認めなかった柏サポーターの判断は正しかったといえるだろう。ヤマハスタジアムについても、ジャパンラグビーリーグワンの静岡ブルーレヴズと共用している。
ジャパネットたかたとの比較で言えば、町田ゼルビアのオーナー企業・株式会社サイバーエージェント(年商約8,000億円/2024年9月期)、鹿島のオーナー企業・株式会社メルカリ(年商1,900億円/2024年6月期)、FC東京のオーナー企業・株式会社MIXI(年商約1,500億円/2024年3月期)、清水エスパルスのオーナー企業・鈴与グループ(年商約1,600億円/2024年8月期)、SC相模原のオーナー企業・DeNA(年商約1,300億円/2024年3月期)、ヴィッセル神戸のオーナー企業・楽天グループ(年商約5,600億円/2024年11月期)などがこれに迫る。
この中、鹿島の新スタジアム建設計画を明かしたメルカリの小泉文明社長に対しサポーターは「新スタジアム造るより強化費に回せ」との横断幕を掲出し、“新スタ反対”を表明した。この意見がファン・サポーターの総意とは断言はできないが、猫も杓子も「新スタ造れ」と叫び続けるJリーグのサポーター界隈の空気をいさめた。

自治体にとっての建設リスク
名古屋グランパスのホーム、豊田スタジアムの土地購入費含め約603億円の建設費用は、豊田市およびトヨタ自動車とその関連企業、豊田自動織機などが負担している。豊田市を所有者に定めた上で、管理者を株式会社豊田スタジアムとしているが、同社の主要株主にはトヨタ自動車も名を連ねている。
昨2024シーズン最終節とラリージャパン(ラリー競技の世界選手権の日本ラウンド)がバッティングしてしまい、結果、名古屋はJ1最終節を岐阜の長良川競技場で戦うことになった。この出来事によって、「豊田スタジアムはトヨタ自動車のもの」というイメージが固定化された。
実際問題として、自治体主導でサッカー専用スタジアムを建設するにはリスクも伴う。シーズン中でもせいぜい月2〜3試合のために何百億円もの建設費とともに、年間数億円にも上る維持管理費が掛かる。試合がない日でも「芝の養生期間」という名目で市民に開放されることはない。
例え税金を使ってサッカー専用スタジアムを完成させたとしても、そこをホームとするJクラブとそのクラブのサポーター以外には何のメリットもないのだ。サポーターが良く口にする「新スタ建設によるアウェイサポーターの来場に伴う経済効果」など、完成からせいぜい1〜2年で消え失せてしまうものだ。

Jクラブが公共財と認められるには
現在進行形で新スタジアム建設計画が具体的に進んでいるのは、いわきFC(福島県いわき市)や、南葛SC(葛飾区新スタジアム)、代々木公園内に計画されている新スタジアムくらいだが、これらすべてが自治体主導によるものだ。
しかも代々木スタジアムについては、1928年アムステルダム五輪の三段跳びで日本陸上競技初の金メダルを獲得した織田幹雄氏の名を冠した「織田フィールド」跡地に建設される予定とあって、陸連(日本陸上競技連盟)が陸上トラックの設置を“決して譲れない条件”として首を縦に振らない強硬姿勢を崩していないという。
サッカー界と陸連とのせめぎ合いはJ発足以来続いているが、稼働率を考えれば陸上トラック付きの方に軍配が上がるのは必至であり、自治体もそちらの方になびくのも致し方無いところだ。自治体も「サッカースタジアムを建設するカネがあるなら、老朽化によって陥没事故まで起きた上下水道の整備に回せ」と納税者から要求されることも百も承知だ。
ならばクラブ自前で専用スタジアムを建設するしかないのだが、サポーターの新スタ要望は自治体へ向かい、なぜかクラブの親会社に向かうことはない。
なにもJクラブ全てに長崎の真似をせよとまでは言わない。しかし、計画段階ではJ3中位にいた今治の例は大いに参考に出来るのではないだろうか。
税金で建てたスタジアムを減免された施設使用料で使わせてもらっていながら、「ピッチが遠い」と文句を言う前に、クラブもサポーターもするべきことがあるはずだ。自前でスタジアムを建て、そこに賑いの空間を創出し、憩いの場を市民に提供してこそ、Jクラブが公共財と認められるのではないだろうか。