バルサ、歴史的逆転劇生んだ一大変化。“スタイル”以上の勇気、遠ざかった悲観主義【バルセロナ記者が読む】

3月14日(火)9時59分 フットボールチャンネル

取り残されようとしている悲観主義者たち

 12日のデポルティーボ戦では敗れてしまったが、UEFAチャンピオンズリーグのラウンド16では奇跡の逆転突破を決めたバルセロナ。0-4をひっくり返すという偉業は数字上でも歴史的なものであるが、数値化できない部分で大きな変化があったことも見逃せない。「スタイル」という“ドグマ”からの脱却とでも言えるだろうか。そんなバルセロナの変貌を、スペイン・パネンカ誌の編集記者が読み解く。(取材・文:ルジェー・シュリアク【バルセロナ/パネンカ】、翻訳:フットボールチャンネル編集部、協力:江間慎一郎)

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「僕らが今までやってのけた中で一番大きなことだ」

 欧州サッカー史上最大の偉業を成し遂げたあと、ジェラール・ピケはカンプ・ノウのピッチ上で仲間たちと抱き合いながら口にしていた。パリ・サンジェルマン(PSG)との2ndレグの数日前、バルサのCBはソシオに向けて「スタジアムに来た方がいい。逆転を見逃せばきっと家で悔しがることになる」と呼びかけていた。予言を実現させて満足げなピケは、ミックスゾーンでも次のように語った。

「今までなら、3-1になったところで観客は去っていたはずだ。だが今日は最後まで残って助けてくれた。新しいサポーターたちの方がチームのことを信じていて、あまり信じていなかった者たちも団結させることができたようだ」

 ピケの(いつも通り)興味深い発言は、明らかになりつつあった兆候をさらに深く印象づけている。バルサは変わりつつあるということだ。というより、バルサのファンが変わりつつある。

 進化の過程における自然選択と淘汰の合間で、バルサを取り巻く社会集団の中のある一団は取り残されようしている。それが何者かといえば、悲観主義者たちだ。

 歴史的に、疑念と不信の空気を纏ってカンプ・ノウの観客席に居着いていた彼らは、美しいプレーにその満腹感を満たされながらも、ボールがワンタッチで回らなかったり空中を行き交う時間が長かったりすると辛辣になりがちであった。大量点を奪えばすぐにウェーブを起こすが、不利なスコアに立ち向かう状況になると反応が鈍るサポーターたちだ。

優雅で甘美なプレーと結び付けられた近年の成功

 FCバルセロナのDNAは移り気なものだ。スポーツ面に関して、特にヨハン・クライフの監督就任以降には顕著だが、チームが最高の状態にある時にこそ勝てることに慣れていた。近年の成功は常に優雅で甘美なプレーや完璧性や覇権と結び付けられるものだった。

 欧州制覇を果たした時、それが単発の事象として解釈されることは決してなかった。データもそのことを物語っている。バルサが誇る5度の欧州制覇のうち、3回はリーガとの2冠、残りの2回はリーガおよびコパとの3冠として達成されたものだ。

 典型的なクレ(バルセロナサポーター)が自然に見せるブルジョワ感もそこから生まれたものかもしれない。彼らは歴史的に、叫びを上げる革命家であるよりもオペラの観劇客であるとみなされてきた。

 敗者であったバルサの遺産も存在し、他の多くの世代に直接的影響をもたらしている。ベルンでエウゼビオ擁するベンフィカに敗れた61年のチャンピオンズカップ決勝や、ステアウア・ブカレストのGKヘルムート・ドゥカダムにPK戦のシュートがすべてセーブされた1986年のセビージャでの悲劇…。86年の試合後には、ベトナム戦争からの帰還兵のように、多くのソシオたちが何も信じられないような虚ろな目をして帰途に就いたと言われている。

 世界のサッカーから参照される存在になり得た時こそ、バルサはその頂点に達する。我々はそう言っていたが、メッシの時代であったこの10年間にも、過去の癖が時折顔を出し続けていた。ピケの弁舌や、勝利への貪欲さを失わない選手たちの競争心によって幸いにも残りカスくらいのものになっているが。

レアル、ミラン、リバプールなどとは全く異なる組成

 バルササポーターの感情を完璧に言い表す一つの小さな都市伝説が存在している。チームがゴールを決め、そのゴールを祝った後、不安を抱き始めてこう口にするという。「次に決められたら同点にされる。注意すべきだ」と。それがクレの態度だ。

 先週水曜日のカンプ・ノウではその態度が完全に消え去り、希望を込めたチャントや信頼を表現する横断幕が支配的だった。チームとファンの間には異例の一体感が生まれていた。

 レアル・マドリーもミランもリバプールも、欧州で最も栄冠を手にしてきた3つのクラブではあるが、大陸を制覇するために美しいプレーを必要としたわけではなかった。

 彼らはいかなる相手であれ逆転して粉砕し打ち負かすことができる力を持った闘争心の権化だ。少なくとも過去にはそうだった。同時にそれぞれの国内リーグの支配者たることは必ずしも必要としてはいなかった。

 バルサは全く組成の異なるチームであり、盲目的なほどに良いプレーを追求するあまり、自分たちのスタイルで勝てないのであれば立ち上がる力を持たないと世界に向けて叫んでいるかのように思えることも多々あった。

 PSG戦の6-1というスコアは数字の上でも歴史的なものだ。数字にならない部分ではそれ以上かもしれない。バルサは立ち上がることができたからだ。プレー以上に勇気で、パスワーク以上に信じる気持ちで、牙を研いで敵陣を侵していた。そして何よりサポーターが信じており、相手を恐怖させていた。かつてないほど強い楽観主義と、かつてないほど弱い悲観主義で。

(ルジェー・シュリアク【バルセロナ/パネンカ】、協力:江間慎一郎)

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