充実一途の東京五輪世代。長期的な強化プラン、リオ五輪とは違う森保ジャパンの本気度

3月14日(水)11時49分 フットボールチャンネル

東京五輪世代がJリーグでも台頭

 南米パラグアイ遠征(3月19日〜28日)に臨むU-21日本代表のメンバー23人が、13日に日本サッカー協会(JFA)から発表された。2年後に迫った東京五輪を戦う世代となるホープたちのなかには、開幕した今季のJ1でコンスタントに出場機会を得ている選手も多く、サンフレッチェ広島を3度のJ1王者に導いた森保一監督(49)も表情を綻ばせている。育成が長く課題とされてきた日本サッカー界で、10代を含めた若手選手の“当たり年”になっている舞台裏を探った。(取材・文:藤江直人)

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 確率は何と94%に達している。日本サッカー協会(JFA)から13日に発表された、南米パラグアイ遠征に臨む23人のU-21日本代表メンバー。そのなかで17人を数えるJクラブ所属選手のうち、実に16人が開幕したばかりの今季の公式戦でピッチに立っている。

 しかも、第3節までを終えた明治安田生命J1リーグで、7人が3試合続けて先発の座をゲット。DF板倉滉(ベガルタ仙台)、立田悠悟(清水エスパルス)、MF市丸瑞希(ガンバ大阪)、三好康児(北海道コンサドーレ札幌)の4人がフル出場を続けている。板倉と立田は勝利につながるゴールまで決めた。

 所属クラブでコンスタントに試合に出る。それも高いレベルで、なおかつプレー時間が長いほど、2年後の東京五輪の出場資格をもつ1997年1月1日以降に生まれたホープたちの成長が促される。

 都内で記者会見に臨んだU-21日本代表を率いる森保一監督は、日本サッカー界のなかで力強く脈打ちつつある理想的なサイクルに、表情を綻ばせながら「非常に大きな財産になっていくと思う」とこう続けた。

「選手個人にとっても、Jクラブにとっても、そして代表チームにとっても、若い年代の選手たちがJリーグの公式戦の場で経験を積んでいること、現段階で自分のポジションを獲得して、それを維持するためにプレーし続けることができているのは、非常にいいことだと思っています。

 そして、代表活動において我々のチームに招集させていただいて、短い期間のなかでいい経験を積んでもらって、さらに成長してほしいという思いももっています。大切なのは日常のなかで、どれだけパフォーマンスをあげていけるか。こういう点にも、代表の経験からつなげてもらえれば」

 JリーグとJFAが長く抱えてきた課題のひとつに、若手の育成があった。たとえば2008年には、JFAの犬飼基昭会長(当時)がヤマザキナビスコカップ(現YBCルヴァンカップ)を、23歳以下の大会に変更してはどうかと提案。Jリーグの鬼武健二チェアマン(当時)と対立したことがあった。

リオ五輪の教訓。世界と対峙した経験値

 直近の2016年リオデジャネイロ五輪へ向けた強化策のひとつとして、2014シーズンから創設されたJ3にJリーグ U-22選抜を参戦させた。週末のリーグ戦でベンチに入れなかった22歳以下の選手たちから、文字通り“寄せ集め”的なチームを編成して真剣勝負に挑ませた。

 それでも、なかなか成果が得られなかった2015年9月23日には、リーグ戦における公平さを損なうことを承知のうえで、Jリーグ U-22選抜にU-22代表(当時)の主力選手を招集。レノファ山口とJ2昇格を争っていた、FC町田ゼルビアとのJ3第30節で対戦させている。

 それまでのJリーグ U-22選抜は、勝ち点の“草刈り場”的な存在だった。そこへDF植田直通(鹿島アントラーズ)やMF大島僚太(川崎フロンターレ)、中島翔哉(当時FC東京)ら、J1クラブの所属選手たちでチームを編成することには、当然ながら批判の声があがった。

 しかし、4ヶ月後の2016年1月には、リオデジャネイロ五輪のアジア最終予選を兼ねたAFC U-23選手権が迫っていた。6大会連続の五輪出場を果たすためにも、中途半端なパフォーマンスが続いていたU-22代表を覚醒させるためには、まさになりふり構っていられなかった。

 笛吹けども踊らない原因は、一部を除いた選手たちが所属クラブでコンスタントに出場機会が得られていない点にあった。だからこそ、森保ジャパンが船出したばかりのいま現在において、21歳以下の選手たちが濃厚な経験を積んでいる状況はいい意味で異彩を放つ。

 背景には何があるのか。最も大きな影響を与えた要因として、昨年5月のFIFA U-20ワールドカップ(韓国)、同10月のFIFA U-17ワールドカップ(インド)に日本代表が出場したことが挙げられる。前者は5大会ぶり、後者は2大会ぶりの出場で、ともにベスト16進出を果たした。

 ベスト8への扉をこじ開けられなかった悔しさは残ったものの、現時点における世界の同世代のライバルたちとの距離や、彼らに追いつき、追い越すための課題が明確になった。否が応でも鼓舞されたモチベーションが、日々の練習における鍛錬につながっていくサイクルが生まれる。

10代の選手たちの突き上げも。久保建英や中村敬斗らU-17組がJ1へ

 たとえばU-20代表からはMF堂安律がガンバ大阪からフローニンゲン(オランダ)へ、DF冨安健洋がアビスパ福岡からシント・トロイデン(ベルギー)へそれぞれ新天地を求めた。堂安は2017/18シーズンのオランダ1部リーグで6ゴールを挙げている。

 U-20代表には名前を連ねなかったが、2015年夏に柏レイソルU-18からハンブルガーSVへ加入した、1997年生まれのMF伊藤達哉もブンデスリーガ1部でデビューした。

 2000年以降に生まれた10代の選手たちで構成された、U-17代表も“刺激”を手土産にしてインドから帰国した。直後にFC東京U-18からトップチームへ昇格し、21世紀生まれの選手のなかで初めてのプロ選手となった16歳のMF久保建英は、その象徴と言っていい。

 長谷川健太新監督に率いられる今シーズンのJ1で、途中出場ながら久保は3試合すべてでピッチに立っている。そして、ともにインドで戦った17歳のFW中村敬斗は三菱養和SCユースからガンバ大阪へ、いわゆる飛び級で入団。10日の川崎フロンターレ戦では初先発を果たしている。

 U-17代表の最終ラインを支えた菅原由勢(名古屋グランパスU-18)も、風間八宏監督の高い評価を受けて開幕直前にトップチームへ2種登録され、ガンバとの開幕戦ではセンターバックで先発フル出場を果たしている。

 17歳7ヶ月27日でのJ1開幕戦先発出場は、現在は北海道コンサドーレ札幌でプレーするMF稲本潤一が、ガンバ時代の1997シーズンに樹立した17歳6ヶ月25日の最年少記録に次ぐ歴代2位のレコードであり、その後もジュビロ磐田戦、湘南ベルマーレ戦とフル出場を続けている。

 ガンバの中村敬斗と同じピッチで対峙した、フロンターレの37歳、MF中村憲剛は「オレと20歳も違うんだよね」と苦笑いしながら、日本サッカー界に生まれたポジティブな変化を歓迎している。

「他のチームの選手ですけど、頑張ってほしいよね。17歳でこのピッチに立てることは、本当にすごいと思うよ。ただ、世界を見たらざらにいるという意味では、日本はだいぶ変わってきたのかなと。今年は10代の選手がかなり多いですからね」

長期的なチーム作り。素材を発掘し磨いて世界へ

 今回のパラグアイ遠征は1997年および1998年生まれの選手に限定したため、久保や菅原をはじめとする高校生や、同時期にインドネシア遠征を行うU-19代表世代は招集対象外となった。

 そして、そのU-19代表にもYBCルヴァンアップで2ゴールを挙げたDF荻原拓也(浦和レッズ)、常勝軍団・鹿島アントラーズの開幕スタメンを射止めたMF安部裕葵、高卒ルーキーながらファジアーノ岡山の最終ラインでフル出場を続ける阿部海大が名前を連ねている。

 彼らもいずれは、東京五輪を見据えたラージグループのなかに入ってくる。アジア予選を免除される開催国だからこそ可能になる、長期的視野に立った大胆なチーム作りの先に待つ未来を、森保監督も手応えを深めながら見つめている。

「東京五輪へ向けて代表でプレーできる選手をできるだけ多く把握していきたいというところで、私を含めたスタッフ全員で広く見ている段階です。いまは少しでも多くの選手を発掘していき、招集できた選手がレベルアップできるような経験を積んでもらい、本大会が近づいてチームのコアな部分を作っていくときに、広く見たことが大きな成果として現れるような土台作りをしていきたい」

 昨年12月のM-150カップ2017(タイ)、今年1月のAFC U-23選手権(中国)に続く、森保ジャパンとして3度目の活動となるパラグアイ遠征には今月19日に出発。現地時間21日にU-21チリ代表、23日にU-21ベネズエラ代表、25日にはU-21パラグアイ代表と対戦する。

 経由地のヨーロッパでは、森保監督の強い要望を受けたJFAの技術委員会の交渉のもと、初めて招集された前述の伊藤もドイツから合流する。トータルで30時間を超える長距離移動と5日間で3試合に臨む過酷なスケジュールのなかで、心技体をさらに成長させていく。

(取材・文:藤江直人)

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