「肩の荷が下りた」神野大地。東京五輪を目指す心境に変化あり

3月12日(火)10時55分 Sportiva

神野プロジェクト Road to 2020(26)

東京マラソン(前編)

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 東京駅を背にしたゴールライン。

 フィニッシュに至る直線コースに入ってきた神野大地はサングラスを頭にズラし、最後の力を振り絞って走る。ワイルドカードでのMGC(マラソン・グランド・チャンピオンシップ)出場の権利が与えられる制限タイムは2時間1142秒。あと200m、そのタイム内にはゴールできるだろうが、神野の表情は苦しさで歪んでいる。それでも足は動き、腕も振れている。

 そして、そのままゴールを駆け抜けた。タイムは、2時間1105秒(総合8位)。


5度目のマラソンでMGC出場の権利を得た神野大地

 腕時計でタイムを確認すると、小さなガッツポーズが出た。多くの注目と大きな期待を背負い、なかなか手に入れることができなかった切符をようやく手に入れたのだ。その気持ちが無意識のうちに自然なポーズになって表れた。

「いろんな思いがこもってのガッツポーズでした」

 神野は、レース後、そう言って笑顔を見せた。底冷えがする雨空のなか、神野は、ついにMGC出場権を獲得したのである。 

 東京マラソンに向けた準備は、年明けのケニア合宿から始まった。当初は10日に出発する予定だったが、体調を崩し、1月17日に出発した。出発前、現地での練習メニューを2部練習にするか、3部練習にするか迷っていたが、合宿に入るのが大幅に遅れたため、3部練習にした。東京マラソンで最高の結果を得るために「攻めの合宿」を実践することにしたのだ。

 3部練習は、朝5時半に集合し、真っ暗のなか、グループで15キロを走る。後方から車のライトが足元を照らしてくれるが、遅れて車のうしろに行くと真っ暗になるので必死についていく。終わって朝食を摂り、午前中は10キロの各自ジョグ、昼食を挟んで午後は15キロから18キロ走った。ポイント練習が午前中にある場合は、2部練習にした。ケニアではやることもないので夕食を摂ると夜8時半にはベッドに入った。

「3部練習は、それほどキツくなかったです。距離走は、ケニアでは30キロしかやっていなくて、それを3週間で5本こなしました。ペースを決めての30キロ走ではなかったですが、アップダウンの多いところを走りました。前回はフラットな場所があったので1時間45分、3分半ぐらいのペースだったんですけど、今回は1時間5253分、3分52秒ぐらい。ペースは早くないですけど、標高2300mの高地でタフなコースをしっかり走れたのは、東京マラソンにつながったと思います」

 1カ月間の練習は、非常に密度が濃く、昨年の夏に初めて行った時よりもこなせる練習が増えた。確実に自分のレベルが上がっているのを実感できたという。

「たとえばスピード練習なら、100010本のインターバル走を3分切りでいくんですが、前回は4〜5本で切れなくなったんです。でも、今回は9本目まで2分57秒でいけた。これは前回と同じ場所でやったので、確実に自分のレベルが上がったなと感じましたね」

 充実した練習をするために環境も変えた。前回はホテル暮らしで、ホテルの食事にプラス日本食を摂るかたちだった。だが、今回は家を借りて、食事は栄養士と相談して現地で調達できる食材でメニューを考え、髙木聖也コーチが3食の食事をつくった。もちろん日本食も大量に持ち込み、「いい練習をして、いい食事を摂ることができた」という。

「2回目というのが大きかったですね。ジョグに行くにもいくつものコースがわかっていますし、一緒に練習するグループのメンバーとも顔見知りになった。気持ちの余裕があったので、自分が強くなるための練習を選択し、集中して取り組めた」

 カレンダーの日付が進み、2月に入ると東京マラソンまで1カ月になり、カウントダウンが始まった。ケニアでの合宿中、本番へのプレッシャーを感じることはあったのだろうか。

「ケニアで練習している時は、さほどプレッシャーもなく、とりあえず東京で結果を出すために練習するという思いで過ごしていました。本当にこの環境でいいのかなと思うこともありましたが、ケニアは自分が強くなれるところ。ここに賭けたいという思いでやってきたので自分を信じて、最後まで練習をやり切ることができました」

 充実した練習を終えた神野は、2月21日に帰国した。

 標高2300mの高地で1カ月のトレーニングをしてきた体の状態を調べるために、翌日に血液検査をした。検査項目すべてで過去の4レース前よりもいい数値が出た。とりわけ重要なヘモグロビンの数値が、神野の狙いである高地トレーニングの成果が上がったことを示していた。レースウィークに入ってもジョグの走り始めの感覚がよく、「状態はすごくいい」という手応えを感じていた。

 しかし、マラソンはレース前の状態がいいからといって必ずしもいい走りができるわけではない。神野もベルリンマラソンの時は「過去最高のコンディション」だったが、腹痛が起きて人生初の棄権を経験した。

また、レース前はいろんな重圧が両肩にのしかかる。プロになれば結果を出さないといけない責任、そして使命感がある。しかもMGCが獲れていない神野にとって、東京マラソンは国内レースではラストチャンスになる。そのプレッシャーがどのくらい大きなものか想像に難くない。

「帰国して、空港でメディア対応をしたり、昨年の東京マラソンのビデオを見たりしていくなかで、プレッシャーは半端なく大きくなっていきました。MGCの出場権を獲得できなければ、僕が言い続けてきた東京五輪出場の可能性が低くなってしまう。それに自分がやってきたことを結果が出ないまま終わりにしたくなかった。しんどかったですけど、今回は気持ちというか、レースに入る前の心の持ちようがいつもと違ったんです」

 神野の言葉が引っ掛かった。この「心の持ちよう」とは具体的に言うと、どういうことなのだろうか。

「昨年の福岡国際の時は、タイム、順位、遅れてはいけないということがずっと頭にあって、マラソンを楽しむ余裕がまったくなかったんです。でも、今回は100%楽しむところまではいかないですが、50%ぐらいは楽しむという気持ちで臨むことができたんです」

 神野がそういう境地に至ったのは、トレーナーの中野ジェームズ修一の助言が大きかったという。昨年の福岡国際が終わった後、結果を出せずに落ち込んだ神野は今後について相談するために、初めて中野の自宅を訪れた。そこで神野は、中野に素直な気持ちをぶつけた。

「東京マラソンまでガムシャラにやりたい。とにかく頑張って、ケニアで自信をつけたいです」

 中野は、神野の切実な声に首を振って、こう答えたという。

「アスリートはみんな同じように頑張っている。神野がやっていることはアスリートとしては普通なこと。でも、神野は自分がこれだけ頑張っている、結果を出さないといけないと強く思い過ぎている。日々の練習を頑張ってやるのか、それが当たり前だと捉えるのかでレースに臨む気持ちが変わってくると思う」

 中野の言葉を神野は、すぐには受け入れることができなかったが、よく考えてみると「そうだな」と思えるようになったという。

「僕は朝起きて頑張って走ろう、今日も頑張ろう、やらないといけないという思いが強すぎて、自分でプレッシャーをかけていたんです。中野さんに、そう言われて肩の荷が下りたというか、『そんなに気を張らなくてもいいんだな。もっと心に余裕を持ってやろう』って思えたんです」

 ケニア合宿で昨年の夏よりもレベルアップした自分を実感し、メンタル面では中野の助言から自分を追い込み、過度なプレッシャーをかけることをやめた。それでもレース前日は緊張したが、心に余裕があった。

 そして、3月3日、レース本番を迎えた。

 冷たい雨が降り、気温5度程度。アップの前に体全体にオイルを塗り、スタート前に戻ってきた。神野は、雨が強く、気温が思った以上に低いため、不安になって「もう1回塗ってもいいですか」と中野に聞いた。しかし、中野はもう1度塗って雨が止んでしまうと逆に体温を上げてしまうリスクがあったのでためらった。中野は、ギリギリまで天気情報を確認し、「よしやろう」と再びオイルを塗ったのは、スタート直前だった。

「中野さん的にはギリギリの判断だったようですが、塗ってよかった」

 準備は整った。神野は、冷たい雨が降りしきるなか、スタートラインに立った。自らの運命を決める大事なレースが始まった。

(つづく)

Sportiva

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