FC東京・徳永悠平、ルヴァン杯で放ったいぶし銀の存在感。背番号変更に込められた思い

3月16日(木)12時9分 フットボールチャンネル

若手の登竜門としての位置づけが濃くなったルヴァン杯

 21歳以下の若手を1人以上先発で起用することが義務づけられた、YBCルヴァンカップが15日に開幕した。ホームにベガルタ仙台を迎えたグループリーグ初戦を6‐0で圧勝したFC東京は、リオデジャネイロ五輪の代表候補にも名前を連ねた20歳のDF小川諒也を「若手育成枠」で起用した。若手の登竜門としての位置づけがさらに濃くなった舞台で、いぶし銀の存在感を放った33歳のベテラン、DF徳永悠平の背番号の変更に込められた思いを追った。(取材・文・藤江直人)

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 39人に対して31人——。15日に開幕した国内三大タイトルのひとつ、YBCルヴァンカップでベンチに入った21歳以下の選手と、そのなかで実際にピッチに立った選手の合計を比較した数字だ。

 この日はグループリーグの6試合が午後7時にいっせいにキックオフ。総勢216人の選手がベンチ入りを果たしたわけだから、約18.1パーセントを「21歳以下」の若手が占めたことになる。

 なかには公式戦デビューを果たした清水エスパルス戦の開始わずか3分にプロ初ゴールを決めて、柏レイソルを勝利に導いた20歳のMF手塚康平のような新星もいる。

 YBCルヴァンカップには今シーズンから、決勝戦を除いて21歳以下の若手、正確に言えば「1996年1月1日以降に生まれた選手」を1人以上、先発で起用することが義務づけられた。

 2020年の東京五輪をにらんだリーグとしての強化策であり、一方で大会開幕時に23歳以下で、準決勝までの間に最も活躍した選手に贈られる「ニューヒーロー賞」は今シーズンも継続される。

 若手の登竜門としての大会の位置づけがさらに濃くなったなかで、ベテランと呼ばれる選手たちも躍動している。たとえばオフにクラブ史上で最大となる補強を敢行したFC東京は、ホームの味の素スタジアムにベガルタ仙台を迎えた一戦で、33歳のDF徳永悠平と35歳のFW前田遼一を先発させた。

 すでに3試合を終えたJ1で、ともにベンチでキックオフのホイッスルを聞いている。ようやく巡ってきた公式戦初先発のチャンスで、ゴールに絡む渋い仕事をしっかりと完遂した。

すすんで「22番」を背負った理由

 両チームともに無得点で迎えた前半27分。右サイドを駆けあがった徳永のもとへ、MF中島翔哉から絶妙のサイドチェンジのパスが通る。流れるようなトラップからさらに前へ運んだ徳永は、体を捻りながらノールックで右足を振り抜いた。

 ゴール中央へ走り込んだ前田に数人の選手が引きつけられたペナルティーエリア内には、大きなスペースが生じていた。そこへフリーで入り込んできたMF阿部拓馬のゴールをアシストしたマイナス方向へのパスを、徳永は「ずっと(阿部に)呼ばれていたので」と謙遜しながら振り返る。

「もっとアシストできるチャンスがあったので、そちらのほうを課題としてやっていきたい。相手があまりプレッシャーに来なかったこともあって、楽にボールを運べたというか、その点では割と苦労しなかった。ただ、(前田)遼一さんがずっと前で駆け引きをしてくれていたので、もっとそこに合わせないと」

 右サイドバックとして、タッチライン際を何度もアップダウンする姿は昨シーズンまでと変わらない。ただひとつ、昨シーズンまで7年間にわたって背負ってきた「2番」が「22番」へと変わっていた。

 FC東京には今シーズン、左サイドバックのスペシャリスト・太田宏介がフィテッセから復帰。2015シーズンまで背負ってきた「6番」の持ち主となり、明治大学から加入して2年目のリオデジャネイロ五輪代表、DF室屋成が「6番」から「2番」へと変わった。

 徳永が「22番」を強く希望したからこそ、スムーズに実現した背番号の変更。徳永自身は「憧れる選手」と「尊敬する選手」に続いたと、すすんで「22番」を背負った理由を明かす。

「自分が憧れる選手がダニエウ・アウベスで、彼が『2番』を『22番』に変えたのを意識していたのと、あとは羽生さんをリスペクトしているので。羽生さんの後には自分がつけたいとずっと考えていたので、そういう2つの思いから変更しました」

元同僚・羽生直剛の立ち振る舞いに抱いた畏敬の念

 ユベントスでプレーするDFダニエウ・アウベスは、バルセロナ時代の2013‐14シーズンから、それまでの「2番」を「22番」に変えている。モナコへ移籍した無二の親友、DFエリック・アビダルが背負っていた番号で、理由を「アビダルに捧げるためだ」と後に説明している。

 ブラジル代表の右サイドバックとしても一時代を築いた、アウベスと同じ1983年生まれだったこともあって、徳永はダイナミックなプレースタイルに自然と魅せられた。

 そして、早稲田大学から2006シーズンに加入したFC東京で、いつしかその立ち振る舞いに畏敬の念を抱くようになったMF羽生直剛の背中には、常に「22番」が誇らしげに揺れていた。

 37歳の羽生がこのオフ、延べ8年間プレーしたFC東京を去り、2002シーズンにプロのキャリアをスタートさせたジェフユナイテッド千葉へ移籍した。つまり、「22番」が空くことになる。徳永は迷うことなく変更を申し出た。

「人間的にも素晴らしいし、常にチームのために行動できる選手として、いろいろな意味でバランスの取れた人だった。ずっと尊敬していたので」

 昨シーズンの羽生は14試合の出場で先発はわずか4度、500分間をわずかに超えた出場時間に甘んじていた。それでも決して腐ることなく、いつ出番が訪れてもベストのパフォーマンスを発揮できるように、常に万全の準備を整えていた。そうした姿が、いかに周囲の選手たちを刺激していたか。

代表クラスの選手揃うサイドバック。ハイレベルな競争

 図らずも今シーズン、徳永自身もリーグ戦で先発のチャンスをつかめていない。昨シーズンの出場30試合はプロのキャリアで2008、2010シーズンと並ぶ最少で、2533分間のプレー時間は最も少なかった。ただ、右ひざの内側じん帯を痛めたこともあって、セカンドステージの最後の3試合を欠場している。

 翻って今シーズンは、コンディションもいい。しかし、左サイドバックにはセットプレーのキッカーも務める太田が君臨。右サイドバックには2年目の室屋が、さらなる成長の跡を見せている。

「先発を勝ち取れるように、しっかりと毎日アピールすること。いつ『行け』と言われても出られるように準備をしておくこと。だからこそ、今日のようなカップ戦でチャンスをもらったときに、いいプレーをしてみんなで競争できるように。そういう環境を作ることを意識しています」

 左右両方のサイドバックに加えて、センターバックやボランチでもプレーできるユーティリティーさを兼ね備える徳永は、特に自ら「2番」を譲ったかたちになる11歳年下の室屋へ、エールを込めた挑戦状を送ることも忘れていない。

「もちろん同じポジションのライバルだし、それでもリスペクトしながら常に競争して、お互いに成長していければ。それがチームのためにもなると、信じてやっています」

「まずはピッチのうえで貢献したい」(徳永悠平)

 ベガルタ戦では流通経済大学柏高校から加入して3年目の左サイドバック、小川諒也が21歳以下の「若手育成枠」として先発フル出場。後半16分からはFC東京U‐18から昇格して2年目の19歳、柳貴博が右MFとしてトップチームでデビューを果たし、システムも3‐4‐2‐1に変更された。

 柳は昨シーズンからJ3に参戦しているU‐23チームで、右サイドバックおよびセンターバックで経験を積んできた。特に前者で勝負したいと抱負を語るホープは日々の練習や試合で、同じポジションの大先輩である徳永の一挙手一投足を脳裏に焼きつけてきた。

「徳永さんが何度もアップダウンして攻撃に参加して、守備でも1対1の部分で負けないところを見てきました。目標とする選手ですし、学ぶことが本当にたくさんありました。少しでも早く近づいて、いつかは追い越せるように頑張っていきたい」

 昨シーズンまでの羽生のような存在感を放ちつつある徳永は、柳の投入とともに3バックの右に移行。キャプテンの森重真人、今シーズン初出場の吉本一謙とともにベガルタを零封している。

 そして攻撃陣は、徳永のアシストによる阿部の先制弾を皮切りに大量6ゴールをゲット。11日のJ1でガンバ大阪に完封負けを喫し、連勝を止められた嫌なムードを完全に払しょくし、ホームに川崎フロンターレを迎える18日の「多摩川クラシコ」へ大きな弾みをつけた。

「自分の考えとしては、まずはピッチのうえで貢献したいという気持ちがあります。ただ、試合に出られないとき、あるいは先発ではないときにもやれることはあると思うので、そこでの立ち居振る舞いや日ごろの練習をしっかりやっていくことが大事だと思っています」

 胸のすくような快勝劇に貢献しても、徳永が見すえる視線は変わらない。FW大久保嘉人をはじめとする5人の日本代表経験者に昨シーズンの得点王、ピーター・ウタカまで加入した新生・FC東京を、いぶし銀の輝きを放つベテランがしっかりと縁の下から支えている。

(取材・文:藤江直人)

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