ルール改正の度に強まるゴールキーパー受難の歴史。今度はピッチクロック?

2025年3月19日(水)14時0分 FOOTBALL TRIBE

鈴木彩艶 写真:Getty Images

国際サッカー評議会(IFAB)は3月1日に年次総会を開催。2025/26シーズンから発効される競技規則中、GK(ゴールキーパー)が6秒以上手でボールを保持した場合に相手に間接フリーキックが与えられる「6秒ルール」について、時間制限を8秒に延長するとともにこれまでよりも厳格に計測し、違反した場合は相手チームのCK(コーナーキック)で再開する改正点を承認した。早ければ、アメリカで開催される6月14日開幕のFIFAクラブワールドカップから適用されるという。


これまでは「6秒ルール」を主審が厳格に計測することは少なかった。筆者も数多くの試合を観戦しているが、このルールが適用された場面に遭遇したのはただの1度だけだ。しかもJリーグ創設間もないはるか昔のことで、選手はもちろん観客も「今の何?」といった微妙な空気に支配されたことだけは覚えている。


IFABは、アクチュアルプレーイングタイム(APT)増加の一環として、新ルールの試験導入を2024年7月から実施していた。GKがボールを持つことで時間が浪費されている現状を踏まえ、一部の国の下部リーグで制限時間を8秒に増加させた上でこれを厳格に計測し、8秒を超えた場合は相手のCKかペナルティーマークの延長線上からのスローインでの再開とされる。テストは効果があったと結論付けたIFABは、新競技規則から「8秒ルール」に変更するとともに再開方法はCKとすることを正式決定したのである。


このルール変更に際し、主審は残り5秒から片手を挙げつつ指でカウントダウンする方式が採用されるという。まるでプロレスのレフェリーが行う反則カウントのようだ。メジャーリーグベースボール(MLB)が試合時間短縮のために採用している「ピッチクロック」にも似ている。ここではルール変更の度に不利益を被り続ける、GKの受難の歴史について考察していきたい。




フランク・モス 写真:Getty Images

1992年の「バックパスルール」の変更


信じられないかも知れないが、サッカー黎明期の1882年に結成されたIFABは、1912年までGKがピッチ上の自陣全体で手を使うことを許していた。フィールドプレーヤーとのバランスを取るため、このルールが改訂され、手を使える範囲がペナルティエリア内に限定された結果、GKの守備範囲が大幅に狭められている。DFの重要性が増し「守備戦術」が生まれる契機となった。


そしておそらくGKにとって最も劇的な影響を及ぼしたルール変更が、1992年の「バックパスルール」の変更だろう。それまではリードしている展開ともなれば、勝っているチームが足でGKにボールを戻し、GKが手で拾って時間を稼ぐことが当然のように行われており、サッカーの魅力を削ぐとして問題視されていた。これを解消するため、IFABは「味方から意図的に足で蹴られたボールをGKが手で扱うことを禁止する」とルールを変更した。


これにより、GKに足元の技術が求められるようになり、それまで手で対応していた状況で足を使わざるを得なくなった。足元の技術に問題のあるGKは、ミスが即失点に繋がるリスクが高まり、徐々に淘汰され、加えて時間稼ぎも難しくなったことで、DFとの連携がより重要になった。




鈴木彩艶(左)ストラヒニャ・パヴロビッチ(右)写真:Getty Images

1997年に廃止された「キーパーチャージ」


1997年に廃止された「キーパーチャージ」もGK泣かせのルール変更といえよう。フィールドプレーヤーによるゴールエリア内でのGKへの過度な接触を禁止する「キーパーチャージ」が廃止され、GKに対してもフィールドプレーヤーと同じ基準での競り合いが認められるようになった。


これにより、GKがボールをセーブ、あるいはキャッチする際に相手からの激しいチャージを受ける。失点のリスクが高まると同時に、負傷するGKが続出する結果を招いているのも事実だ。


2000年には、前述した「6秒ルール」が明文化された。GKがボールを手で保持できる時間を「6秒以内」に制限するもので、それまでは「4歩まで歩くことが可能」という曖昧な基準があったが、時間稼ぎを防ぐためのルールとして明確な秒数が設けられた。


これにより、GKはボールを手にした瞬間に素早くプレーを再開する必要に迫られる。特に試合終盤では、6秒を超えると間接フリーキックが相手に与えられるため、プレッシャーが増大することになるはずだった。しかし実際には、このルールが厳格に適用されるケースは少なかった。


近年では、ディフェンスラインが高いことも一般的で、GKにもフィールドプレーヤー並みの足元の技術も求められているだけではなく、広い視野と戦術的判断力が不可欠となっている。


これらのルール変更は、時間稼ぎの防止やゲームのスピードアップなどを目的とし、全体としてはサッカーの魅力を高めたかも知れない。しかしながらGKにとっては窮屈なプレーが求められ、さらに足元の技術における要求の増大、負傷するリスクの増加という形で不利益を被っている。特にバックパスルールの改正以降、GKは単なる「ゴールを守る人」から「攻撃の起点」としての役割も担うようになり、ポジションの難易度が飛躍的に上昇した。


歴史を振り返ると、GKはルール変更のたびに新たな挑戦に直面し、そのたびに進化を遂げてきたと言えるだろう。現代の一流GKは卓越した足技と判断力を備えた選手が多く、ルール変更がGKの役割を多様化させた一面もある。


サッカーボール 写真:Getty Images

GK泣かせのボール進化も


また、GKを苦しめたのはルール変更だけではない。サッカーボールも進化していく中で、GK泣かせのボールが生まれた。


特に、2010FIFAワールドカップ(W杯)南アフリカ大会の公式球として採用されたアディダス社製の「ジャブラニ」は、いわゆる「無回転シュート」が生まれやすいボールだった。


実際、日本代表FW本田圭佑(当時CSKAモスクワ)は、グループリーグ第3戦のデンマーク代表戦(3-1)の前半17分、右サイドゴール前約30メートルから無回転ブレ球FKをゴール右サイドネットに突き刺し、当時プレミアリーグのストーク・シティの正GKだったトーマス・セーレンセン(現メルボルン・シティ)の壁を破った。本田は、日本の決勝トーナメント進出に貢献しただけではなく、この試合のマン・オブ・ザ・マッチに選ばれた。


しかし、このボールにクレームを入れたのが、当時アルビレックス新潟に所属し、2014シーズンからはジュニアユース時代に所属していたガンバ大阪で活躍するとともに、2011年から2019年にかけて日本代表GKに選出され続けた東口順昭だ。『やべっちFC』(テレビ朝日系)でMCのナインティナイン矢部浩之氏にこのボールの印象を問われると、「キーパーのミス誘ってるだけやん!」とややキレ気味でコメントしている。


虚しいことに、この東口の思いは届かず、2014年のカタールW杯では、「ジャブラニ」からさらに無回転シュートが生まれやすく進化したアディダス製公式球「アル・リフラ」が使用された。


来2026年に開催される北中米W杯(アメリカ・メキシコ・カナダ)での公式球はまだ発表されていないが、さらなる進化を遂げ、無回転シュートがバンバン決まることになるのだろうか。




大迫敬介 写真:Getty Images

「8秒ルール」の厳格化で起こる変化は


2025/26シーズンから始まる「8秒ルール」の厳格化。CKの数が増え、得点(GKにとっては失点)が増えることで、サッカーは変化していくのだろうか。同ルール違反でCKを与え、失点に繋がり勝敗に直結したとなれば、GKは“戦犯”として扱われることにもなってしまうだろう。


現在、日本代表GKに選出されている鈴木彩艶(パルマ)、大迫敬介(サンフレッチェ広島)、谷晃生(町田ゼルビア)は、いずれも足元の技術に長けた選手ばかりだが、W杯本大会では厳格に適用されるであろう8秒ルールにも、すぐにでも対応する必要に迫られるだろう。


これはGK個人の問題ではなく、GKがボールを手に取った瞬間からDFがサポートに向かうなど、チーム全体の協力が必要となる。よって、試合のスピード感が上がる可能性は高い。


GKの受難ばかり示してしまったが、GKは手を使うことが許されるたった1つのポジションだ。時としてチームの勝利を手繰り寄せる花形でもある。GKにとっては度重なるルール“改悪”に苦しめられているのが現状だが、それらの壁を跳ね除け、さらなる技術向上に繋げていって欲しいものだ。

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