米6年目の元巨人・村田が激白 オフに阪神が獲得の報道も「もう1度挑戦を」

3月21日(月)16時21分 フルカウント

イ軍3A村田透、巨人を戦力外となった苦労人はなぜ米国で野球を続けるのか

 インディアンス傘下3Aコロンバスの村田透投手が独占インタビューに応じた。2007年の大学生・社会人ドラフト1位で巨人から指名を受けた右腕は、3年で戦力外となり、米球界に飛び込んだ。1Aから1つずつ階段を上がり、昨年6月28日のオリオールズ戦で5年目にして遂にメジャーデビュー。大きな一歩を踏み出した。

 昨季終了後には阪神が獲得に動き、入団が決定的との報道もあったが、米国で6年目のシーズンに挑むことを決断。今季も3Aからの昇格を目指し、スプリングトレーニングからアピールを続けている。

 米球界でどのように階段を上がってきたのか。なぜ過酷とされるマイナーで挑戦を続けるのか。日本復帰は選択肢になかったのか。そして、米球界6年目の今年にかける思いとは……。どん底から這い上がり、アメリカンドリームをつかもうとしている男の胸中に迫った。

——9日から始まったスプリングトレーニング。ここまでは順調ですか?

「ちょっとずつ良くなっているかなというのもありますし、やっと環境に慣れてきたというか、時差ボケも取れてやれるようになってきたので、あとはちょっと技術的な面を上げていかないといけないな、というもあります」

——13日の試合でメジャーのバックアップに呼ばれた。去年、メジャーで1試合投げたことで、周りの目が変わっている部分はありますか?

「立場的には、マイナーでも優位な位置にいるというのは確かだと思いますけど、特にこれという意識はしてないです。意識しても無駄ですし、ただ今やることをやるだけという気持ちがあるので、それだけです。意識しても一緒ですし、最善の準備をするだけです」

——15日の紅白戦で初実戦だった。米国は実戦までは早いですね。

「本来ならもうちょっと段階を踏ませてくれるんですけど、バックアップに行ったりという立場なので、どうしてもその兼ね合いで。でも仕方ないですよね。どうこう言える立場でもないですし、ましてや若い20歳、25歳のプロスペクト(若手有望株)の選手とも違いますし、それは気にしないようにしてます。そんなのを気にしていたらこの世界で生きていけないので、何とも思ってないですよ」

——去年のメジャーでの投球は忘れられないものですか?

「自分にとってターニングポイントというか、忘れられないものではあります。でも、この1回で終わるわけにはいかないという気持ちが自分の中にあるので」

——メジャーの舞台で投げる気持ちよさを感じましたか?

「投げた気持ちよさというか……夢に思った舞台でもあるので。このマイナーでやった気持ちがあるからこそ、『すごいな』って思える部分はあるでしょうし、この4年間、5年間で積み重ねたことがフラッシュバックしたというか……。そんなのもあるから(メジャーに)行きたいと思います。マイナーでしんどい思いをして、最高の舞台で投げられるというのはいいことだと思うので、そこで投げたいなという気持ちは強いです」

——今でも投球を思い出すことはありますか?

「特にそんな思い出さないですね。あまり後ろを振り返りたくないですし、過去を振り返っても仕方ないかなというのはあるんで、前に前に進んでいきたいなと。そこは考えないですよ」

「芯をボキボキ」折って適応、「僕は今、半分アメリカ人だと思ってる」

——米国での経験で一番の苦労は何でしたか?

「苦労というのか、苦労じゃないのか分からないですけど、自分が好きなこと、野球をやれているので、そこは苦労じゃないのかなと。ただ、やっぱり最初は言葉の壁じゃないですかね。何も分からないままで来て、環境に入っていかないといけないわけなので。ましてやアジア人で、アジアの中でも日本は少し異質な国だと思うので。島国ですし。そういった文化、風習というか、普通が普通じゃない。僕はこっちの普通を受け入れるのが難しいということもありましたし、逆に僕の行動がこっちの人に理解してもらえないこともあったので、そこは慣れるまでは大変だった。自分の中の芯をボキボキ折ることができたので、こっちに馴染むことができましたけど、やっぱりそこになじめない人はいっぱいいると思うので。特にメジャーでやっている選手とかは」

——こっちにいると、自分からどんどん飛び込んでいかないと駄目だといろいろな選手から聞きます。

「それはそうですね。僕は通訳がいないので、周りからも接してもらいやすいですし、自分からも行けました。でも、最初の方はずっとそんなことばっかり考えてました。行きたくもない酒を飲みに行ったりしましたし。やっぱり1年目はすごく行きましたね。試合終わってから『行くぞ』って言われて、『行きたくない。寝たいって』と思いながらも行ってましたよね。クラブみたいなところに行っても、音楽がガンガンなってるから何も聞こえないんですよ。ただでさえ分からないのに。そんなところでガーっと話されて、2回くらい聞き返したら(相手は)諦めてました(笑)。3回目はないなって。

 みんなスポーツバーとかに行ってごはんを食べるのは好きなので、そういうのも積極的に行くようしました。そこで断ってしまったら終わりかな、というのもあったので。友達もできなくなりますし。でも、そのおかげで友達もたくさんいますし、ウインターリーグもベネズエラ、パナマと行かせてもらったので、いろんなチームにいろんな国の友達がいますよ。そこはすごく楽しいです」

——周りから見たら、この5年間はすごい道のりだと思います。自分ではどう振り返りますか?

「順調でないのは確かですけど、本当に自分も成長させてもらった。インディアンスにすごく感謝してます。まだ終わったわけじゃないですけど、でも、こうやってやらせてもらって、ステップを踏ませてもらったというのは、やっぱり成長させたもらった点じゃないかなと。

 日本が駄目だというわけじゃないですけど、日本には1チーム約70人ロースターがいて、1軍は28人。となると、2軍に残るのは40人くらい。40人弱いて、試合に出られる人は限られてくるので、ローテを5、6人で回せることはまずないですね。中1週間以上(登板間隔が)空くなんて普通なので。でも、こっちでは中4、5日で回れるので、悪くても『悪いなりに次はどうやろう』というのが生まれてくるので、そこは成長できる面でもあるんじゃないかなと。

 日本であるコーチに、僕の特徴を言われたことがあるんです。『お前はいい時はいいけど、悪い時は悪すぎる。それではプロじゃないんだよ』と。その時は分かっているようで分かっていなかったんですよ。その人は多分、僕にヒントをくれたんです。でも、僕の中ではそこまで考える能力がなかったというか、『どうしないといけない』というのを分からずにいた。波をなくすということも。でも、こっちに来てやっているうちに、波をなくすというのが、どういうことか分かって。それで、昨シーズンも成績を残せた」

——波をなくすために一番うまく行った部分とはどこですか?

「技術面もそうですし、精神的な面もそうじゃないでしょうか。やっぱり野球に集中するというか」

——どんどん先発が回ってくれば、そこで改善していけますね。

「そうですね。準備しないといけないですし、変に悪くて引きずるわけにもいかないですし、引きずって練習しすぎてもダメですし。最初に来た時は練習しすぎた感じがあった。引きずってしまって、投げすぎて、次の登板に間に合わないとか。リカバリーできていないこともあったので。そこは年々できるようになってきた」

——日本人にとって一番しんどいと言われる中4日のペースは、村田さんに合っていたということでしょうか?

「どうなんでしょうか。しんどいことはしんどいですけど、そこにマッチしようとしました。マッチするために日本式のものを捨てていかないといけない。僕はそれを切っていけた。芯がクネクネできたので。もちろん、時には譲れないものも持っておかないといけないですけど、僕は今、半分アメリカ人だと思ってるので」

阪神移籍報道の真相は? 「日本に帰ることはチャレンジじゃないわけではないが…」

——オフの日本の報道で、阪神への移籍が確実という情報が出ました。本当に可能性はあったのでしょうか?

「可能性はありましたけど、別に行くとは言っていなかったです。僕もエージェントを介して話していたので、球団と話してたわけじゃないんですけど、やっぱり日本のチームから評価されるのはすごく嬉しい話ですし、日本人ですのでありがたい。色々と考えて、最終的にはアメリカを選びましたけど、悩んだというか、安易に決められないなというのはありました」

——最終的にアメリカを選んだ理由は?

「こっちで去年やれた成績もありますし、自分でやれるという自信もありました。やっとスタート地点に立てたというのは、自分でもすごく大きなことだと思う。5年かけてやっとそこまで上がれた。(メジャーに)上がれていなかったら、スタート地点に立っていなかったら、日本という選択肢もあったかもしれないですけど、もう1度チャレンジしたいなと。日本に帰ることはチャレンジじゃないわけではないですし、逆に違ったチャレンジと思います。でも、(メジャーで)基本というか、基礎ができた。スタート位置に立てたので、そこからまた、もう1回挑戦したいというのがありました」

——巨人を戦力外になり、米国で実績を残してまた日本のチームと契約をしたら、それはそれで痛快な話だとも思いますが。

「そういったことは全然、意識していないですね。巨人にすごく恩があるというか、その3年間があったからここまでやれていると思います。そうじゃなかったら、ここまで来られなかった。仮に僕が大学を卒業してここに来ても、成績を残せなかったでしょうし。ジャイアンツで教えてもらったことが大きいですよね」

——今のインディアンスは若くていい投手が多いですが、当然、今年もチャンスはあります。

「去年以上に難しいのは確かですよね。でも、そんなこと言っていてもしょうがないですし、どうなるか分からない。実際、去年のシーズンが終わってから年末年始にかけて、ピッチャーが多いので、トレードにかけて野手を獲りたがっていたので、(今年の)シーズン中にありえないこともない。若いピッチャーばかりなので、実際に今良くても、どうなるか分からないですし。そう考えたら、チャンスは絶対にあると思うので、その時に自分がちゃんと行けるかですよね。

 巨人時代によく(現巨人投手コーチの)豊田(清)さんから言われたのは、『この世の中にはチャンスに気づくものと気づかないものがおる』と。『チャンスがないと言っている奴は、実際にチャンスの時にちゃんと準備ができてないんだ』と。本当にそうだと思います。チャンスがあっても、その時に準備が出来ていないと、(メジャーには)行けない。この言葉は僕の頭の中に残っています。そのために、いつでも行けるようにしておかないといけないですし、僕はまさに今、その立場だと思うので。そうじゃなければ、僕の立場上、(メジャーに)行けない。実際に去年上がれたのもそういうことができていたからなので」

——まずは今年も去年と同じようにしっかり3Aで結果を残すだけということですね?

「それしかないですよね。そうじゃないと僕の立場上、メジャーには行けないので。きっちり、きっちり、1試合1試合、仕事をする。それだけですよね」

——今年も昇格を目指す。

「それしかないですね。別にマイナーで野球しに来たわけじゃないので。それだけですね」

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