『トヨタ・スープラ(2005年)』王座獲得で締め括った12シーズンの集大成【忘れがたき銘車たち】

2025年3月26日(水)17時30分 AUTOSPORT web


 モータースポーツの「歴史」に焦点を当てる老舗レース雑誌『Racing on』と、モータースポーツの「今」を切り取るオートスポーツwebがコラボしてお届けするweb版『Racing on』では、記憶に残る数々の名レーシングカー、ドライバーなどを紹介していきます。今回のテーマは2005年のスーパーGT GT500クラスを戦った『トヨタ・スープラ』です。



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 全日本GT選手権(JGTC)の開始初年度である1994年のシーズン途中からスーパーGTへとシリーズ名称が変わった2005年まで、のべ12シーズンに渡りGT500クラスへ挑むトヨタの主戦車であり続けたJZA80型の『トヨタ・スープラ』。


 2002年に3度目の王座を連覇で手にしたスープラは、2003年にレギュレーションの“穴”をつく大排気量エンジンを投入するも3連覇は叶わず、2004年もチャンピオンを逃していた。


 そこでトヨタ/TRDの開発陣は、2005年に向けてスープラに大改良を加える。改良の主眼は、重量配分を改善し、重心を下げ、重量物を車体の中心に集めるというレーシングカーの基本をさらに突き詰めることであった。


 それを実現すべく、ドライバーの着座位置を前寄りにし、トランスアクスルに組み込まれていたギヤボックスを横置きにするなどの改良が加えられた。


 しかし、2005年1月末のシェイクダウンテストではトラブルが頻発し、これらのモディファイがすぐに機能した訳ではなかった。特にステアリングフィールの過敏さやロングラン時にリヤの挙動が不安定になることなど、問題への対策が急務となっていた。


 それらの対策は開幕には間に合わず、ホームコースである富士スピードウェイでの第2戦から2005年型のスープラが投入された。すると軽量化によって性能そのものも向上したエンジンやリヤセクションの軽量化などにより、徐々に本領を発揮。シーズン中には、全車ではないもののトラクション確保を目的としたリヤタイヤの17インチ化といったモディファイやニューアイテム投入が進み、それがリザルトにも現れた。


 シーズンを終えた時には、2005年型のスープラは全8戦中4勝をマーク。開幕戦の岡山国際サーキットラウンドでは、土屋エンジニアリングの走らせるECLIPSE ADVAN スープラが2004年型で制した1勝を入れるとスープラ勢としては計5勝となった。


 さらには、シーズン3勝を記録したZENTセルモ スープラの立川祐路/高木虎之介組がドライバーズチャンピオンに輝いた。


 トヨタ陣営は、翌2006年からレクサスブランドのSC430をGT500クラスへ新たに投入する。トヨタ・スープラは、12シーズンに渡る戦いの集大成を王座獲得という最高のかたちで締め括ったのである。



2005年のスーパーGT第4戦スポーツランドSUGOを制したDYNACITY TOM’S SUPRAの37号車。片岡龍也と山本左近がステアリングを握った。


2005年のスーパーGT第2戦富士スピードウェイを戦ったイエローハットYMSスープラ。服部尚貴と脇阪薫一がドライブした。


2005年のスーパーGT第8戦鈴鹿サーキットを戦ったエッソウルトラフロースープラ。脇阪寿一と飯田章がステアリングを握った。


2005年のスーパーGT第4戦スポーツランドSUGOを戦ったデンソー サード スープラGT。アンドレ・クートとロニー・クインタレッリがドライブした。

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