“銀行員”からCL16強監督。ナポリ率いるサッリとは何者か?異色の経歴歩む頭脳派指揮官の数奇な人生

3月26日(日)10時0分 フットボールチャンネル

CLではベスト16に進出。ナポリの監督は“元銀行マン”!?

 イタリア・セリエAのナポリは、今季のUEFAチャンピオンズリーグでレアル・マドリーに惜敗するもベスト16進出を遂げた。チームを率いるマウリツィオ・サッリ監督は若手指導において高く評価されているが、実はプロ選手の経験はないどころか、元銀行マンという異色の経歴を歩んできている。一体サッリ監督とは何者なのだろうか。その数奇な人生を辿ってみよう。(文:神尾光臣【ミラノ】)

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 レアル・マドリーに敗れてUEFAチャンピオンズリーグの敗退が決まったナポリだが、その後はきっちり締め直し、格下相手とはいえリーグ2連勝を挙げた。

 第28節クロトーネ戦(3-0)後の記者会見で、マウリツィオ・サッリ監督はこう語った。

「難しい試合だった(コッパ・イタリアで)ユベントス、ローマ、そしてレアル・マドリーと強豪との試合が続いたあとで順位が下のクラブと対戦すると、緊張が途切れる心配もあった。しかし選手たちは成熟したところを見せてくれた。もっともチームは、リーグ戦ではすでに良くやっている。(ゴンサロ・)イグアインがいないながらも、昨シーズンとはわずかの勝ち点しか劣っていないのだ」 

 確かに、今シーズンのナポリは良くやっている。イグアインのユベントス移籍によりCLとリーグ戦の両方で低迷が予想されていたが、蓋を開けてみれば成績は上々だ。

 アルカディウス・ミリクの故障もあってセンターフォワード不在の危機にはドリース・メルテンスをコンバートし、しかも点取り屋に大変身させて危機を乗り切った。そしてCLではグループリーグを首位で通過。レアル・マドリーには戦力差通りに敗れたが、少なくとも一時は相手を驚かせるような内容のサッカーは見せた。

 それにしてもこのサッリ監督、58歳にして実はセリエAの指導経験は今季でやっと3年目だ。もちろんCLへの挑戦は今シーズンが初めてだった。しかもプロ選手としての経験もないどころか、かつては銀行員を本業としていたアマチュア出身。異色の経歴を持つ指揮官は、どのようなキャリアを辿って指導力を磨いてきたのだろうか。

異色すぎる経歴を持つサッリ…どのようなキャリアを辿ってきたのか?

 1959年1月10日、ナポリに生まれる。もっとも父親の仕事の関係で、育ったのはトスカーナ州のアレッツォ近郊にあるファエッラという小さな街だ。地元のクラブでサッカーをしていたが、その時点で選択した進路はプロではなかった。大学に進学し、経済学や統計学を学んだのちに、トスカーナ銀行(のちにモンテパスキ銀行に吸収)で働き出す。仕事が終わった後に練習に行き、週末の試合に臨むような、そんなアマチュアプレーヤーの一人だった。

 しかし当時から頭脳派プレーヤーとして、チームの中では信頼があったという。所属していた地元クラブのスティア(当時第8部)では左サイドバックを務め、戦術上のコーチングをして“ピッチ上の監督”として振る舞う。ある日クラブからはプレイングマネージャーを打診されるが、それを固辞し現役を引退、関心は指導に向いた。

 それが1990年の話で、そこから『銀行員監督』のキャリアがスタートした。銀行では銀行間信用取引や企業間取引を担当し、イギリスやドイツ、スイスにルクセンブルクなどの金融の中心地に赴くことも多数。余暇には、サッカーの指導とその研究に没頭していた。

 対戦相手のビデオはきちんと収集し、戦術は緻密に立てる。試合から逆算してコンディショニングを図り、中長期的なトレーニングプランを練るなどプロ顔負けの指導を行なっていたという。

 当然、高水準の指導を受けたクラブは好成績を挙げた。サッリはスティアを率いたのち、地元クラブのファエッレーゼを9部から7部に上げ、7部にいたカブリーリアやアンテッラを6部に昇格させる。そして2000年から所属した当時6部のサンソビーノの監督に就任すると、1年目にしてなんと第5部相当(当時。カテゴリーの改変により現在は4部)のセリエDに昇格させたのだ。

アマチュアのカップ戦で162チームの頂点に。セリエBクラブへと飛躍

 セリエDはアマチュアの最高カテゴリーであり、ブロック別だが全国選手権扱いとなる。そうなると、さすがに本業と兼ね合いは難しくなる。サッリは最初の1年間こそ銀行員を続けながらクラブをグループFの6位に導くが、そこから銀行を辞して監督業に専念する決断を下した。

 そして就任3年目の2002/03シーズンにはプレーオフに進出、クラブ史上初のセリエC2(当時の4部)昇格をもたらし、さらにはアマチュア最高峰のカップ戦であるコッパ・イタリア・セリエDで優勝。参加162チームの頂点に立った。

 当然このころには、サンソビーニのサッカーは関係者の間ですっかり評判となっていた。セリエDに参加する全162チームのうち、5番目に平均年齢の若いチームを編成して昇格に成功したことも注目され、セリエAクラブの下部組織などの視察の対象となった。

 そんな中で、スカウトマンたちに「一番の発見は監督だった」と報告したのがサッリだったという。戦術は緻密で、33のセットプレーを駆使する男として全国紙にも紹介された。緻密に対戦相手を研究した上で、非常に高い位置からボールを奪って速攻を展開する機能性も評価されたし、選手のフィジカルコンディションを高次元に整えるトレーニング法も評価が高かった。

 コッパ・イタリア・セリエDの優勝で、プロクラブの特別指導許可も貰えたサッリは、2003年からついにプロへ挑戦。2年後にはペスカーラでセリエBに初挑戦し、3戦を残して堂々とチームを残留に導いた。その後複数のクラブを渡り歩くが、途中解任も少なからず経験した。

 内容をさておいても結果が求められるような上部カテゴリーにおいて、継続的なトレーニングを通して結果を出すタイプの彼は苦労したのだ。それでも評価は落ちず、2010年にはサンソビーノ時代に強化部門を担当していたナリオ・カルディーニSDに請われて3部のアレッサンドリアを指揮し、経営譲渡で揺れ動くクラブを年間3位でフィニッシュさせた。

再びセリエBクラブの監督に就任。セリエA昇格へと導きナポリへ

 そして2012年には、再びセリエBのエンポリから声が掛かる。サッリがキャリアを培ったトスカーナ州にある同郷のクラブとして、評判を聞きつけた格好である。そして充実した下部組織を持ち若手中心の選手編成にするエンポリの方針は、まさに緻密な指導を旨とするサッリのスタイルにも合致した。

 彼は、エンポリを2年でセリエA昇格へと導く。そして2014/15シーズン、ダニエレ・ルガーニ(現ユベントス)やミルコ・バルディフィオーリ(現トリノ)、そしてのちにナポリへ連れて行くことになるエリセド・ヒサイなどセリエA初挑戦の若手を擁して、内容で格上を食う見事な戦いぶりを見せた。 

 サッリは2015年にナポリの監督に就任して今に至るわけだが、チーム自体にも若手の多かったナポリの力をさらに引き上げることができたのは、長い下積みを通して彼自身に選手の育成能力が備わっていたからだ。現在ナポリは2020年まで契約を結んでおり、続投の可能性は高いと見られている。

 地元記者の話では、サッリは“元銀行員”というレッテルを貼られるのを好んではないという。ただそんな彼自身も「銀行員の経験を通して組織の運営ノウハウと決断力が培われた。そこはプラスアルファになっている」とラ・レプッブリカ紙のインタビューに答えている。

「グラウンドで仕事するのに結婚式に出るような格好をするのはおかしい」と試合ではジャージ姿を貫く一方、読書好きで内面の研鑽を怠らない努力家は、今後どういう成功譚を描くのか。

(文:神尾光臣【ミラノ】)

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