「雑誌SK」アーカイブ|ギャレス・ベイル “銀河系”の先にあるもの
2020年3月26日(木)17時50分 サッカーキング
2017−18シーズンの最後、ギャレス・ベイルは驚異的なゴールを決め、レアル・マドリードを13度目の欧州王座に導いた。その9カ月後、レアルのベンチには再びジネディーヌ・ジダンが座ることとなった。彼が指揮を執るチームの中で、ベイルは何を目指し、どこに向かって進んでいるのだろうか。
インタビュー・文=ジェイムズ・モウ
翻訳=加藤富美
写真=ゲッティ イメージズ
魚を焼く匂いがする。どうやらメディア関係者に振るまう昼食を準備しているらしい。
2019年1月、ウインターブレイク明けに設けられた“メディア・デー”のために、クラブには世界各国のジャーナリストが集まっていた。選手たちは分刻みのスケジュールで取材に対応している。
「実を言うと、魚はあまり好きじゃなくて」
ギャレス・ベイルはわざとらしく顔をしかめたあと、気持ちのいい笑顔で我々をインタビュールームに招き入れてくれた。『FourFourTwo』の取材スタッフは、これまでに欧州の様々なクラブの練習場を訪れている。しかし規模という点で『シウダード・デポルティバ』を上回るものはない。欧州フットボール界で他を圧倒する栄冠を手に入れてきた、世界で最も有名なクラブにふさわしい施設だ。
総面積は120万平方メートル。フルサイズのピッチが12面もあり、併設されたクラブハウスにはジム、リハビリセンター、治療所、プール、そして様々なメディア対応施設が並ぶ。その中央には、レアル・マドリード・カスティージャ(Bチーム)が本拠地とする、収容人員6000人のエスタディオ・アルフレド・ディ・ステファノがそびえている。
我々は2015年にもベイルを取材したことがあった。当時、レアルで2シーズン目を迎えていた彼は、スペインでの生活を楽しんでいる様子を聞かせてくれた(「地元のスーパーで輸入物のベイクドビーンズが買えるんだ!」とか)。
「僕も家族も、もうすっかりここになじんでいるよ」とベイルは笑う。すでにレアルで5年半を過ごし、4度のチャンピオンズリーグ制覇を経験した。イングランドでこの回数を超えられるクラブはリヴァプールだけだ。
「本当にハッピーだよ。心からフットボールを楽しめている。トロフィーを掲げる姿もサマになってきただろ?」
2018年夏、クリスティアーノ・ロナウドを失ったレアルの中で、彼は“新しいキング”と見なされていた。もっとも、このインタビューが行われた1月と今とでは、少し状況は違っている。レアルはCLでアヤックスに敗れ、シーズン2度目の監督交代を経験した。ジネディーヌ・ジダンを指揮官に呼び戻し、再スタートを切ることになった。
しかし、そうした“変化”こそ、彼の望むものだろう。2013年の夏、ベイルがトッテナムからレアルへと戦いの場を移したとき、英国籍の選手が海を渡るのは珍しいことだった。慣れ親しんだ環境に固執する選手は多いが、ベイルは違う。彼は異文化への挑戦を求めた先駆者になり、ジェイドン・サンチョ(ドルトムント)のような若者たちのロールモデ ルになった。英国から海を渡ってキャリアを築こうという若手選手は、確実に増加傾向にある。
「スペインのフットボールに驚きはなかった」
英国人選手が国外のリーグでプレーするとき、どんな問題に直面するのだろう。「最初の数年は厳しいね」とベイルは言う。「イングランドの暮らしと違うから。でも、そのうちカルチャーの違いに慣れてきて、楽しめるようになる。スペインの食事は素晴らしいよ。行きつけのレストランがあるんだけど、そこのステーキは本当にうまい」
では、一番の悩みは何だろう?「試合のない日は、イングランドと同じような感じで暮らしている。だけど一番大きな違いは、試合時間が遅いことだ。夜の9時半とか、10時キックオフの試合もある。試合後に眠れないのはキツいよね(笑)」
確かに、夜遅い時間にアドレナリンを出しすぎたら、眠るのに苦労しそうだ。となると、スペインの有名な“あの習慣”には慣れたのだろうか。
「シエスタ(昼寝)のこと? あまり好きじゃない」と言ってベイルは笑う。「チームメートはみんなシエスタが好きみたいだけど、そんなことしたらますます夜に眠れなくなっちゃうよ!」
チーム練習のあと、彼はシエスタではなくゴルフでリフレッシュするという。そう言えば我々が到着したときも、ベイルはチームメートと熱心に話し込んでいた。あれはフットボールの話題ではなく、最近回ったラウンドについての話らしい。彼が抱く夢の一つは、フットボールとは全く関係がない。
「あとちょっとでホールインワン、ということがあってさ……達成するには運も必要なんだろうなあ」
ベイルはその夢をまだ実現していない。しかしフットボールに関してなら、ほとんどの選手にとっての“夢”は、もうかなえている。彼がレアルで大きな栄冠を手にしたのは、移籍1年目のことだった。
13−14シーズンのコパ・デル・レイ決勝、バルセロナ戦。レアルは85分にベイルが挙げた決勝点で2−1と宿敵を破った。左サイドでマルク・バルトラを振り切り、ホセ・マヌエル・ピントが守るゴールに強烈なシュートを突き刺した。スピード、パワー、テクニックを融合させた見事なゴールだった。
その1カ月後、CL史上初の“決勝ダービー”となったアトレティコ・マドリードとの一戦でも、彼は大仕事をやってのける。延長戦の後半、アンヘル・ディ・マリアのシュートをティボー・クルトワが弾くと、そのルーズボールを押し込んだ。待望の勝ち越し点を手にしたレアルは、マルセロとC・ロナウドが追加点を挙げて4−1の大勝。12年も待った“ラ・デシマ”(10度目の欧州制覇)を達成した。
「正直なところ、スペインのフットボールにサプライズはなかった。移籍前もずっとテレビで見ていたから」
彼は移籍当初をそう振り返る。「プレミアリーグよりも技術は高いし、ショートパスを多用する。だけど、フィジ カルの強いプレミアリーグで鍛えられてきた経験は、ここでも役に立ったと思う」
ベイルはすぐに結果を出した選手にありがちな“2年目のジンクス”とも無縁だった。リーグ優勝、CL3連覇、UEFAスーパーカップ、そして3度のクラブワールドカップ制覇。彼の首には次々と優勝メダルが掛けられた。「僕は自分自身を成長させるためにスペインに来た。イングランドにいた頃は粗削りで、力任せにシュート打つことも多かった。でも、スペインでは違うスタイルを身につけたし、今でも日々、成長を実感している。プレーヤーとして、より完成に近づいている気がするんだ」
スペインで「完成に近づいている」間、ベイルは英国のことを忘れていたわけではない。イングランドとスペインで十分な経験を積んだ彼は、両国のリーグを比較するのに最適な人物と言えるだろう。彼はプレミアリーグの“欠点”を鋭く指摘する。イングランドのコラムニストが喜びそうなネタだ。
「ウインターブレイクを導入すべきだ」と彼は力説した。シーズン途中で休養を取れるかどうかで、シーズンのクライマックスにおけるパフォーマンスには大きな違いが出るという。
「年末年始の時期、プレミアリーグの選手は6試合も詰め込まれる。そこで2、3週間の休みを取ることができれば、本当に助かる」と彼は言う。「シーズンの終盤で違いを感じるはずだ。気分も一新できるし。シーズンは長いから、途中で1週間でもフットボールから離れることができれば、メンタルはかなり回復する。でも、現状では放映権料の金額が大きすぎて、放送局の意向が優先されている。放送する側は、年末年始に試合がないなんて考えたくもないだろうから」
おそらく彼は正しい。18−19シーズンのレアルは12月22日から1月3日まで試合がなかった。一方、同じ期間にトッテナムは4試合も戦っていた。ケガ人が続出したのも無理はない。
「プレミアリーグとラ・リーガでは、ファンの声援も違う。プレミアリーグのファンはスタジアム全体でチャントを歌って、最高の雰囲気を作る。でもスペインでは、声を出すファンの場所はだいたい決まっていて、他の場所では静かに試合を見る。アウェーの試合まで追いかけるファンもあまりいないね。イングランドより国が広いせいかもしれないけど」
もちろん、それがCL決勝となれば話は違う。2018年5月、欧州王者を決するリヴァプール戦のために、レアルのファン向けに用意されたチケットは1万2800枚。そして、ウクライナのキエフまで駆けつけた1万人を超えるファンの労力が、無駄になることはなかった。
怒りが生んだスーパーゴール
CL3連覇という快挙で幕を閉じた17−18シーズンは、ベイルにとって苦しい1年でもあった。ラ・リーガでは開幕から5試合で2ゴール1アシスト。幸先のいいスタートを切ったように見えたが、ほどなく状況は悪化する。
9月末のCLグループステージ、ドルトムント戦で豪快なボレーシュートを決めた数日後、以前から痛めていたふくらはぎのケガが再発した。さらにハムストリングにも問題が見つかり、3カ月もの間、ほとんどピッチに立つことができなかった。CLでは古巣のトッテナムと同じグループに入ったが、ベイルは2試合とも出場していない。
「難しい時期だった。でも、自分でコントロールできないこともあるからね」。彼はそう振り返った。2017年最後の試合は、ホームでのバルセロナ戦。レアルは宿敵との“クラシコ”に0−3と完敗した。72分から投入されたベイルは試合の流れを変えられなかった。
この敗戦で、レアルはラ・リーガの4位に転落する。バルセロナとの19ポイントという勝ち点差は、事実上、タイトル争いからの脱落を意味していた。必然的に、チームの目標はCL制覇——優勝すれば3連覇という偉業だ——に切り替えられた。
CLの決勝トーナメントが始まる2月頃には、ベイルはコンディションを上げていた。そして3月末のラス・パルマス戦を皮切りに、公式戦9試合で7ゴールと大暴れした。レアルは順調にCLを勝ち上がり、リヴァプールとの決勝戦を迎える。前年のCL決勝、生まれ故郷のカーディフで行われたユヴェントス戦で途中出場を余儀なくされていた彼は、誰よりもこの試合に意気込んでいた。
「ケガから復帰したあとは、かなりいいプレーができていた。ラ・リーガでは最後の5試合で5ゴールを決めた。だからCL決勝でも先発でプレーするつもりでいたんだ」
しかし、ジダンは違う考えを持っていた。カリム・ベンゼマとC・ロナウドが2トップを組み、その後方にイスコを配置した。ベイルは……ベンチスタートだ。「本当に悔しかった」と彼は言う。アスリートとしての正直な気持ちだろう。やがて試合が始まり、リヴァプールのモハメド・サラーが肩を負傷してピッチを去り、ベンゼマがGKロリス・カリウスのミスを突いて先制点を奪い、直後にサディオ・マネがスコアを1−1に戻す。そして残り30分となったとき、ジダンは背番号11を呼んだ。ベイルの気持ちはまだ静まっていなかった。
「ピッチに出たときも、怒りは消えていなかった。それがあのプレーにつながったのかもしれない」
「あのプレー」とはどのプレーを指すのか、と悩むファンはいないだろう。彼が見せたこの世のものとは思えない、 一生に一度しか見られないレベルのスーパーゴールのことだ。
「一瞬の判断が必要だった。ターンして枠に飛ばすのは無理かもしれない、と思ったんだけどね」。ベイルは地球の重力を無視したようなバイシクルシュートの瞬間を、そう説明する。「練習では何度か、同じようなシュートを試したことがあったんだ。まあ、一度も決めたことはなかったんだけど」
本当だろうか。練習で決まらないシュートが、なぜCL決勝で決まるのだろう?
「それは……ストライカーの本能かな」と言うと、彼は冗談っぽく笑った。いや、冗談ではなく、それが真実なのかもしれない。
「あのときは完璧にボールを捉えた。『ハマった!』と思ったよ。完璧にインパクトすれば、ボールは狙ったところに飛んでくれる。あとはGKがスーパーセーブしないように祈るだけだ(笑)」
「僕の役割が変わったとは思わない」
ベイルのキャリアには、数多くのハイライトがある。10−11シーズンのCLインテル戦でのハットトリック。前述のバルセロナ戦で決めたスーパーゴール。ユーロ2016でウェールズを準決勝に導いたゴール。しかし、あのバイシクルシュートと比較すれば、どの場面も印象は薄くなる。彼自身はどう思っているのだろうか。
「あれがベストゴールかどうかは分からないな。“最高”の定義はいろいろだ」。まるで哲学の問題について聞かれたように、彼は神妙な顔をする。
「カーディフでのCL決勝は感無量だった。足首のケガがひどくて、決勝でプレーできないかもしれないと思っていたからね。だけど会場は僕が育ったカーディフだから、諦めたくなかった。ゴールは決められなかったけど、ピッチに立てただけで自分を褒めたい気持ちだったよ」
ベイルの言葉には不思議な感覚がある。CLの決勝について、こんなにもサラッと語れるものだろうか……。フットボール界最高峰の舞台も、毎年繰り返せば慣れてしまうのだろうか?
「確かに最初のトロフィーはスペシャルだった。ビッグイヤーはすべての選手の夢だし、決勝でプレーする感覚なんて、経験するまでは想像もつかない。だけど、何度か経験してみると、試合の流れや雰囲気をイメージできるようになってくるんだ」
そこまで言うと、慌てたようにつけ加える。「特別な感情がないと言うつもりはないよ。他の試合とは全く違う」。タイトルの重みは理解している、とベイルは強調した。「で も、努力して成果を得るたびに、それが楽になっていくとは言えるよね。この2シーズンのCL決勝戦について言えば、レアルのメンバーにはあまりプレッシャーがなかった」
リヴァプール戦では、それが勝敗を分けたのかもしれない。「決勝戦のあとにアダム・ララーナと話す機会があってね。彼が言うには、リヴァプールの選手はみんな緊張していて、前の晩もよく眠れなかったらしい。それに比べたら、僕たちは決勝戦がどんなものか知っていたし、リラックスして感情をコントロールできていた。これは大きなアドバンテージだったと思う」
レアルはそのアドバンテージを生かした。彼らはCL3連覇を実現し、そして—重要なパーツを失った。
2018年7月10日。C・ロナウドが1億ユーロ(125億円)の移籍金でユヴェントスに加入することが発表された。それは大々的に報じられたが、誰も予期しないニュースというわけでもなかった。数週間前から、このスターの動向はフットボール界の話題を独占していた。
しかし、いざ本当に決定してみると、これはやはり重大な事件だった。C・ロナウドはレアルで公式戦438試合に出場して450ゴールを決め、バロンドールを5回も受賞した。そんな選手を失って、何も変わらないわけはない。
「ベイルに代わりを担ってもらう」と語っていたのは、サンティアゴ・ソラーリ前監督だ。彼は18−19シーズン、開幕からわずか2カ月あまりで解任されたジュレン・ロペテギのあと、4カ月間だけチームを指揮して、ロペテギと同じ運命をたどった。では、ベイルを信頼したソラーリの判断は間違いだったのだろうか? リーグ戦の成績で言えば、第30節終了時点でチーム最多得点はベンゼマの15ゴール。ベイルの8ゴールは物足りなく見えるが、出場試合数はベンゼマより6試合も少ない。つまりソラーリは——彼自身の言葉に反して——ベイルに十分な出場機会を与えていなかった。
本人はどう感じているのだろう。C・ロナウドが去ったことで、何が変化したのだろう? 「僕の役割が変わったとは思わない」。彼は落ち着いた様子でそう答えた。「どの選手もクラブのために自分ができることをしている。僕も同じだ。仲間を鼓舞する立場にあるとも思っていないしね。レアルのドレッシングルームは落ち着いていて、オーガナイズされている。自分のすべきことを全員が理解している」
確かにドレッシングルームには歴戦の猛者が集まっている。レアルの所属選手のうち、4度のCL優勝すべてに立ち会った選手は10人。ベイル、ナチョ・フェルナンデス、カゼミーロ、ラファエル・ヴァラン、ダニエル・カルバハル、ルカ・モドリッチ、ベンゼマ、イスコ、マルセロ、そしてキャプテンのセルヒオ・ラモスだ。実際のところ、C・ロナウ ドを失ったことを除けば、レアルはCLを3連覇したチームから何も変わっていない。だとしたら、今も歴代最高のレアルと言えるのだろうか?
ベイルは一瞬考えて、こう答えた。「それは僕が決めることじゃない。でも、僕らが手にしたトロフィーを見れば、そう言えると思う」
フットボール界の時間の流れは早い。18−19シーズンのレアルはコパ・デ ル・レイ準決勝2ndレグでバルセロナに敗れ、3日後のリーグ戦でも再びバルセロナに及ばなかった。さらに3日後、CL決勝トーナメント1回戦2ndレグでは、アヤックスに1−4と敗れて大会を去った。そして3月11日、ソラーリの解任とともに、ジダン元監督の復帰が発表された。就任会見でジダンが残した言葉は印象深い。
「我々は残りのシーズンをいい形で終え、来シーズンの準備をしなくてはならない」
ジダンは新しいシーズンと、新しいサイクルを見据えていたのだ。そのなかで、ベイルはどんな役割を担うのだろうか。ベイルはこのクラブで、フットボール選手にとっての夢をほとんどかなえてきた。心機一転、新天地を望んでも不思議はないし、レアルで再びトロフィーを目指すのもいいだろう。「ホールインワン」を目標にして生きるのは、まだ早い。
※この記事はサッカーキング No.002(2019年5月号)に掲載された記事を再編集したものです。