「アスリート専用の動画サイト」まである、知られざる五輪への強化策

3月27日(金)11時50分 Sportiva

東京五輪で応援したい7人の「ビーチの妖精」

JISS久木留毅センター長インタビュー・後編 (前編から読む>>)(中編から読む>>)

 科学、医学、情報を駆使して競技力の向上をサポートし、オリンピック、パラリンピックにおける日本のメダル獲得増に大きく貢献しているハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)の中核機能「国立スポーツ科学センター」(JISS、東京都北区西が丘)──。東京オリンピック・パラリンピックは2020年夏の開催延期が決まり、代表選手の難しいコンディション調整をサポートするJISSの役割はますます大きくなりそうだ。

 日頃、あまり目立つことのないJISSを率いる久木留毅(くきどめ たけし)センター長にインタビューする企画の最終回は、ITを使った競技力向上の取り組みから聞いてみた。出てきたのは、「JISSnx」というユニークな動画配信システムだ。

「JISSnx は、いわばアスリート版”YouTube”のようなものです。YouTubeとの違いは精密なスロー再生とコマ送りができること。このJISSnx 上にアスリート本人やコーチが撮影した画像でも、JISSスタッフが撮影した画像でもアップしておけば、好きな時に見たい画像を抜き出し、自分のスマホやパソコンにも保存できる。画像解析ソフトも揃っているので、必要であれば自分の良いときのフォームと悪いときのフォームを比較して見ることもできます」


アスリートが利用できる「JISSnx」の画面(一部を画像加工しています)


 もちろん、一般の人はJISSnx にアクセスできず、利用者は日本オリンピック委員会(JOC)、日本パラリンピック委員会(JPC)それぞれの競技団体が申請した強化指定選手・強化スタッフなどに限られる。ちなみに、彼らの多くは「アスリートカード」を所持しており、それ1枚でトレーニングやリハビリの予約ができるほか、入力されている自分の体重、体温などのデータ、食事やトレーニング内容まで一元管理することができる。


 まさにメダル増産”虎の穴”と呼ぶにふさわしいJISSの充実ぶりだが、久木留センター長は「やはり一番は、ものすごい練習をする選手がいて、ものすごい練習を指導できるコーチがいること。我々にできるのはあくまでも支援と、それを裏付ける研究だけ」と念を押す。

「例えば、レスリングではアテネオリンピックのときに、男女全選手にそれぞれ自分の試合、ライバルの試合などを編集してビデオを渡しましたが、女子選手でそのビデオをしっかり観たのは浜口京子さんだけでした。吉田沙保里さんや伊調千春さん、馨(かおり)さんはほとんど観ていなかった。

 なぜか? あの時点で世界のライバルとわずかな差で競い合っていたのは浜口さんだけだったからです。浜口さんはアテネ前年の2003年世界選手権では優勝しましたが、その1カ月後、日本で行なわれたワールドカップ団体戦でアメリカのトッカラ・モンゴメリー選手、カナダのクリスチナ・ノードハーゲン選手に敗れてしまいました。当時、連勝街道を突っ走っていた吉田選手や伊調選手とは違っていたんです。

 でも、2012年ロンドンオリンピックのときには吉田選手も伊調馨選手もビデオ研究を重ね、伊調選手などは携帯電話に必要な動画を取り込んでいたほどでした。世界各国の強化が一気に進み、”絶対女王”と言われた吉田選手や伊調選手といえどもウカウカしていられなくなりましたからね。その結果、伊調選手は女子初、日本選手初のオリンピック4連覇を果たし、吉田選手も3連覇、リオでも堂々の銀メダルですからさすがです。

 当たり前のことですが、練習しない選手は勝てない。我々が科学でどんなに支援しても、かけ離れたライバルとの差を埋めることはできません。埋められるのは、ほんのわずかな差だけ。そのうえで方向が間違っていないか、ケガをしないか、科学に基づくアドバイスをするしかないんです」


トレーニングや体調管理にアスリートカードが使われる


 現在、西が丘一帯のハイパフォーマンススポーツセンターでは対応できない競技について、国は「ナショナルトレーニングセンター競技別強化拠点」を指定している。ゴルフのフェニックス・シーガイア・リゾート(宮崎県)や馬術の御殿場市馬術スポーツセンター(静岡県)など合計41施設がこれにあたる。

 久木留センター長は、こうした全国の競技別強化拠点とハイパフォーマンススポーツセンターを結ぶネットワーク化を新たな挑戦のひとつに掲げている。

「そのために2018年からデータベースの再構築を始めています。JISSを利用している選手のデータを集めただけではたかがしれていますが、競技別強化拠点それぞれのメディカル、映像、フィットネス、栄養に関するデータをかけ合わせれば膨大なビッグデータになりうる可能性がありますからね。

 共有したデータをもとに選手たちは、シーズン中はそれぞれの強化拠点で練習、各地で試合をこなし、オフシーズンになったら東京のハイパフォーマンススポーツセンターに来て、JISSでメディカルチェックを受け、宿泊してトレーニングに励んでいただくというわけです。ネットワーク化に成功したら、間違いなく、夏季・冬季のオリンピック、パラリンピックでメダルは増えていくでしょう」

 さらに、東京オリンピック・パラリンピック開催を機に日本のスポーツが大きく変わっていくなかで、「JISSにとって最も重要なことは、これまで培ってきた知見を国民に還元すること」だと久木留センター長は強調した。


「例えば、トレーニング方法やリカバリーの方法をパッケージにする。そして、研修を受けた方をJISSが認定、承認する。東京オリンピック・パラリンピックでメダルを獲得するために培った情報、機能を横展開して、国体レベルやインターハイレベル、その先の中学生、小学生にも役立ててもらう。オリンピックのマラソンやサッカーなどのための暑熱対策を学校で利用してもらえば、真夏でも小学生が安全に体育の授業をできる。そのためのパッケージづくりです。

 もともと我々のコンセプトとしては、支援と研究は両輪なんです。レスリングをサポートすることによって水分補給という課題が出てきたら、それを研究して解決する。すると、テニスでも同じように水分補給が問題となったので、レスリングでの解決方法を当てはめる。課題が出てきたら、研究しようね。それでわかったことを競技現場へ返しましょう、そして横展開しましょうとやってきました。そこには好循環が生まれ、深まり、広がっていく。それを今後は国民のみなさんに還元していきます。

 F1で培った技術が一般車に還元されたり、宇宙開発のための技術が人々の暮らしをよくしたりするのと同じこと。『オリンピック・パラリンピックが終わったのに、なんでまだ予算が必要なのか?』と言われることに対して、国の機関としてはきちんと説明責任を果たさなければなりません。
 
 つまり、『ハイパフォーマンススポーツセンターネットワークの構築』ということで、ハイパフォーマンススポーツセンターが実施するアスリート向けの各種支援をパッケージ化し、国内の地域スポーツ医・科学センター、ナショナルトレーニングセンター競技別強化拠点、大学等がパッケージを用いて支援するためのプラットフォームを整備。同時に、それらを推進するスポーツ科学・医学・情報分野等の人材育成機能を強化していきます」

 
 最後に、久木留センター長に東京オリンピック・パラリンピックの日本選手団の活躍を予想してもらった。ズバリ、メダルは何個!? 
 
「オリンピックはJOC、パラリンピックはJPCの専権事項ですからね、メダルの数まで予想することはできませんが、いけるんじゃないかという手応えは感じています。

 日本と連携協定を結んでいるイギリス、フランス、ドイツ、オランダ、ブラジルなどは、ずっとオリンピックでアメリカ、ロシア、中国に次ぐ第4位から第10位ぐらいのグループでした。そのなかで、近年最も成功した国はどこか。個人的な意見ですが、私はイギリスだと思っています。

 イギリスは1996年アトランタオリンピックで金メダル1個と大惨敗しましたが、そこからがらっとシステムを変え、4年後のシドニー大会で金メダル11個、アテネ大会で金メダル9個。2005年に地元ロンドンでの2012年大会開催が決まると、さらに力を入れ、2008年北京大会で金メダル19個と伸ばし、2012年の自国開催は金メダル29個を獲得し、アメリカ、中国に次ぎ第3位となりました。そして、2016年リオデジャネイロ大会でも金メダル27個を獲得。中国の26個を抜いて、なんと第2位になったんです。

 日本もイギリスと同じくらいやれないことはない。オリンピックでは日本が有利とされる柔道、レスリング、競泳、体操、バドミントン、卓球、フェンシングがそれぞれ複数メダルを獲り、新種目の空手も複数メダルいけそうですし、スケートボード、クライミング、サーフィン、復活した野球、ソフトボールもやってくれるはずです。そうなると、前回の東京大会、アテネ大会の金メダル16個を上回る17個以上、総メダル数もリオの41個を超えるのも夢じゃない。

 パラリンピックも金メダルはソウルとアテネ大会の17個、総メダル数もアテネ大会の52個を超す活躍が見られるのではないでしょうか。我々も全力でサポートしますので、選手のみなさん、ぜひがんばってください!」




【プロフィール】
久木留毅(くきどめ・たけし)
1965年12月28日生まれ、和歌山県出身。専修大学文学部教授。
和歌山県立新宮高校でレスリングをはじめ、専修大学でも活躍。卒業後はサンボ日本代表として世界選手権などに出場。
筑波大学大学院で体育学修士、法政大学大学院で政策科学修士、さらに筑波大学大学院でスポーツ医学博士の学位を取得。
日本オリンピック委員会情報戦略部長・ゴールドプラン委員、日本レスリング協会ナショナルチームコーチ兼テクニカルディレクター、国際レスリング連盟サイエンスコミッションメンバー、スポーツ庁参与などを歴任(一部、現職)。
2015年から経済産業省・文部科学省のクロスアポイントメント制度におけるスポーツ界第1号として専修大学から日本スポーツ振興センターに出向(ちなみにスポーツ界第2号は東京医科歯科大学から2020東京オリンピック・パラリンピック組織委員会へ出向している室伏広治)。
2018年10月、国立スポーツ科学センター長に就任し、現在に至る。

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