佐々木、奥川より早くブレイクか。オリックス宮城大弥には制球力、分析力がある

3月27日(土)11時0分 Sportiva

特集:We Love Baseball 2021

 ついに2012年プロ野球が開幕した。8年ぶりに日本球界復帰を果たした田中将大を筆頭に、捲土重来を期すベテラン、躍動するルーキーなど、見どころが満載。スポルティーバでは2021年シーズンがより楽しくなる記事を随時配信。野球の面白さをあますところなくお伝えする。

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 楊舜臣(よう・しゅんしん)----。

 野球マンガ『ダイヤのA』(作者・寺嶋裕二)に登場する右ピッチャーである。台湾から明川学園へ語学留学でやってきた、メガネが印象的なクールキャラだ。正確無比なコントロールから「精密機械」と呼ばれる右ピッチャーの名前を、バファローズの若きサウスポーが「理想」として挙げたから驚いた。19歳の宮城大弥はこう言っていた。

「真っすぐはキャッチャーが構えたところにピタッと投げられることが大前提だと思うんです。だからまずは制球力が一番、そこに球威を加えるみたいなイメージで言うと『ダイヤのA』の楊舜臣さんが理想です」


開幕ローテーション入りを果たしたオリックス2年目の宮城大弥
 キャッチャーの構えたところへ投げ続けることで、ボール一個分外れたコースでも審判に右手を上げさせてしまう楊舜臣----宮城もまた、コントロールを武器にオープン戦で好投を続け、高卒2年目にして開幕2戦目の先発を任された。

 最後のオープン戦となった3月20日のタイガース戦でも宮城は緩急を巧みに使って6回で11個の三振を奪い、しかも無四球という圧巻のピッチングを披露して、今シーズンのブレイクを予感させている。宮城はこうも言っていた。

「ここまでケガもなく、先発として少しずつでもいい感じできているのかなと思っています。課題はアウトコースの真っすぐかな。右、左バッターともにアウトコースの真っすぐを正確に投げられるよう意識して投げています」

 バファローズは今シーズン、敵地でのライオンズ戦で開幕を迎える。所沢でのライオンズ戦といえば、宮城に蘇るのは昨年10月18日の記憶だ。

 プロ初勝利を目指して先発のマウンドに立ったものの、2回に金子侑司、源田壮亮にタイムリーを打たれて3失点を喫した。しかし3回からは立ち直り、4イニング続けて3者凡退に斬って取るなど、6回を投げ切っている。結果、プロ初黒星を喫したこの試合、宮城にとっては打たれた記憶か、はたまた立ち直ることができた記憶か、どちらがより強く脳裏に刻まれているのだろう。

「1軍では初めてのビジターゲームだったので、緊張して周りが見渡せなかったことが印象に残っています。点は取られてしまいましたけど、いい感じで投げられたボールには手応えがありました。でも強く残っているのは、打たれたイメージのほうかな。キャッチャーの構えたところへいった球は抑えられた、キャッチャーの構えと逆の球はほぼ打たれてしまった......そこをしっかり修正できれば1軍相手でもゼロに抑えられるはずだ、という手応えを感じられた試合でしたね」

 プロ1年目の宮城はウエスタン・リーグで自己最速の153キロをマークするなど、2軍で好投を続けた。最終的には2軍で13試合に登板し、6勝2敗、防御率2.72という好成績を収め、ウエスタン・リーグの最多勝利投手賞、優秀選手賞、殊勲賞、ビッグホープ賞など、軒並み賞を獲得した。

 シーズン終盤には1軍でのマウンドも経験し、11月6日のファイターズ戦では12球団の高卒新人として一番乗りのプロ初勝利をマークしている(1軍では3試合で1勝1敗、防御率3.94)。宮城はプロ1年目をこう振り返った。

「去年はあまり考えすぎないように、あとは周りのすごい先輩方と自分を比べないようにしようという感覚でやっていました。周りにいるのは山岡(泰輔)さんとか(山本)由伸さんですから......僕、気になるのは右ピッチャーなんです。そもそも左ピッチャーのことは見ないようにしていますから......だって、どうしても気にしちゃうじゃないですか。ほかの左ピッチャーを気にすると(自分のピッチングが)ブレる気がするんです。

 子どもの頃は三振の取れる左ピッチャーに憧れました。甲子園で投げていた花巻東の(菊池)雄星さんとか、桐光学園の松井裕樹さんとか、すごく速い球を投げていてカッコいいなと思っていました。えっ、島袋(洋奨)さんですか? もちろんすごかったんですけど、島袋先輩とは高校時代、あまりに比べられて(甲子園で春夏連覇を果たした時の興南のエース左腕)、僕のほうがダメなことだらけでしたから、憧れというよりもかなりリアルな存在なんですよね(苦笑)」

 興南の宮城といえば早熟かつ、若くして老獪なイメージのあるピッチャーだった。中学時代は侍ジャパンのU−15に選ばれて、福島県で行なわれた第3回WBSCベースボールワールドカップに出場、侍ジャパンの準優勝に貢献した。

 その頃からコントロールに定評があった宮城は、興南に入学するや"スーパー1年生"と期待され、春からベンチ入りを果たす。夏の沖縄大会では初戦からリリーフで全試合に登板し、決勝で初先発。1失点完投、13奪三振、無四球という見事なピッチングで、1年生ながら甲子園出場の切符を手にしたのである。

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 その1年夏の甲子園では智辯和歌山にノックアウトされて初戦敗退を喫したものの、2年の夏にも甲子園へ出場。最後の夏は沖縄大会の決勝で沖縄尚学と対戦、延長13回、押し出しのフォアボールを与えて力尽き、3年連続夏の甲子園出場は叶わなかった。ストライクゾーンを外れた無念のボールは、その試合で宮城が投げた229球目だった。

「あの夏は、試合をしていることがしんどかった記憶しかありません。我喜屋(優)監督からはよく投げ切ったと言ってもらいましたけど、最後はああいう(押し出しでサヨナラ負け)形だったので、自分としては納得いかなかったし、悔しさしかありませんでした。229球......けっこう投げてますね(笑)。でもプロに入ってからも、投げる体力はあの時のまま落ちてないなと感じていますし、あれが自信になっていると思います」

 夏の甲子園出場は叶わなかったものの、宮城はふたたび侍ジャパンのメンバーとして、佐々木朗希、奥川恭伸、西純矢、前佑囲斗らとともにU−18に選ばれ、韓国で行なわれた第29回WBSCベースボールワールドカップに出場している。

 高卒2年目の19歳とはいえ、宮城は大舞台を何度も経験してきた実戦派だ。達者なマウンド捌き、細かいプレーをこなす能力、器用な駆け引きなど、若くして老獪に見えるのは、そうした経験がもたらしているからなのだろう。実際、今もマウンド上で高いレベルの試行錯誤を続けている。

「去年の8月くらいから、左バッターに対してプレートの三塁側を踏むようにしています。ピッチングをしていたら左バッターのインコースへの投げづらさを感じて......その話を酒井(勉/当時は育成コーチ)さんにしたら、『プレートを踏む位置をずらしてみたらどうか』と言われました。

 実際にやってみたら、意外とストライクゾーンが広く見えたんです。一塁側を踏んでいるときは左バッターの身体が邪魔をしてストライクゾーンがアウトコースしか見えなかったのに、三塁側に立ったらインコースも見える。小さく見えていたストライクゾーンが大きく見えて、これならインコースを使えるなって思いました。バッターの人に訊くと、インコースを見せられると、アウトコースがより遠く感じるらしく、そこは自分の思いどおり、幅が広がったなと思います」

 オープン戦の宮城は3試合に先発して2勝、防御率は1.13。できる準備はすべて終わらせて、プロ2年目のシーズンを迎えようとしている。宮城はこう言った。

「どのチームでも、クリーンアップを打つような人は、ピッチャーにイヤだな、と感じさせる雰囲気を出してきます。どのボールでも打てるよ、という感じで打席に入ってくるんです。だからこそ、そういうバッターとの駆け引きは大事になってきますし、自分自身、周りを見渡す力がまだまだ足りていない。だから今年は、もっと精神面で余裕を持って投げていきたいなと思っています」

 新人王の資格も残るプロ2年目----球史を紐解くと、高卒2年目にブレイクしたピッチャーは何人もいる。

 1983年にはジャイアンツの槇原寛己が12勝(9敗)を挙げて新人王を獲得、2006年にはファイターズのダルビッシュ有が12勝(5敗)をマークして日本一に貢献した。同じ2006年にはライオンズの涌井秀章が12勝、2008年にはカープの前田健太が9勝、2014年にはファイターズの大谷翔平がピッチャーとして11勝を挙げて、ブレイクを果たした。そして1987年、ジャイアンツの桑田真澄は宮城と同じく高卒1年目にプロ初勝利(2勝)を挙げて2年目に15勝と大きくステップアップ、沢村賞まで獲得した。

 高卒2年目のブレイクは決して現実味のない話ではない。2ケタ勝利へ、今の宮城にも彼らと同じ匂いが漂っている----。


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