井川慶投手がオリックス入団を報告「岡田監督を胴上げしたい」。

3月28日(水)14時47分 ナリナリドットコム

昨年ヤンキースとの5年契約が切れ、今季はまだ所属球団が決まっていなかった井川慶投手(32歳)が、オリックスに入団することが正式に決まった。日本球界への復帰は6年ぶりとなるが、公式サイトではファンに入団を報告すると共に、今季への強い意欲をつづっている。

公式ブログの3月28日付けエントリー「オリックス入団が決まりました from Osaka」では、まず、「2007年から昨年までの5年間、アメリカで野球をしてきましたが、日本球界に復帰し、オリックス・バファローズでプレーさせていただくことになりました」と報告。開幕目前のこのタイミングでの契約となったのは「アメリカで野球を続けたいという自分の希望をご配慮いただいていたから」と説明し、現在は「アメリカ挑戦には一区切りつけて、オリックス優勝のために貢献できれば」との思いだという。

また、「岡田監督に熱心にお誘いいただいたこと、この時期までお返事を待っていただいたこと」について、オリックスに感謝の言葉をつづり、「自分がプロ入りした年から、ファームで自分のプレーを見てくださっていました。そこから2007年にメジャーへ行くまで、自分が最も長くご指導いただいた指導者です。また、メジャー挑戦という夢を応援してくださり、快くアメリカへ送りだしてくださいました。そんな岡田監督のもとで再びプレーできることを、とても嬉しく思っております」と、岡田監督への想いも明かしている。

そして「岡田監督が掲げる優勝という目標に貢献できるよう、全力を尽くし、精一杯頑張りたいと思っています。自主トレをしてきて体の準備は万全ですし、あとは実戦感覚を取りもどして、一日でも早く、一軍のマウンドに立ちたいです」「阪神時代に優勝したときには、トレーニングをしていて岡田監督の胴上げに参加しそこなってしまったので、今年の秋こそ、自分の手で岡田監督を胴上げしたいです」と、今季への決意をつづった。

井川投手は1979年生まれの32歳。1997年のドラフト2位で阪神に入団し、主に先発で5年連続2けた勝利を挙げるなど、左腕エースとして活躍した。2006年オフにポスティングシステムでヤンキースに移籍。しかし在籍5年間で思うような結果を残すことができず、大半をマイナーリーグで過ごし、昨年オフに退団した。プロ野球通算成績(8年間)は190試合に登板し、86勝60敗1セーブ、防御率3.15。メジャー通算成績は13試合に登板し、2勝4敗0セーブ、防御率6.66。日本時代には最多勝1回(2003年)、最優秀防御率1回(2003年)、最多奪三振3回(2002、2004、2006年)、MVP1回(2003年)、沢村賞1回(2003年)、最優秀投手1回(2003年)などのタイトルを獲得している。


☆2005年の「井川がいない事件」プレイバック

井川投手がブログで言及している「阪神時代に優勝したときには、トレーニングをしていて岡田監督の胴上げに参加しそこなってしまった」件は、2005年9月29日の出来事。巨人との一戦で優勝を決めた阪神は、試合終了後のグラウンドで岡田監督(当時)の胴上げや、優勝フラッグを持ってグラウンドを一周、選手全員による記念撮影などが行ったが、その場に井川投手の姿はなかった。

この日、優勝の喜びをチームメイトと分かち合うため、登板予定のない投手や1軍登録を外れている一部の選手も甲子園球場に駆けつけ、優勝の瞬間を待っていた。しかし、井川投手は前日に登板していたためにベンチ入りメンバーから外れる“上がり”だったことから、球団側に「試合中は別の施設でトレーニングしたい」と申請。球団側もこれを認め、西宮市内のジムでトレーニングしていたところ、チームの優勝が決まってしまい、胴上げの瞬間に間に合うようタクシーを手配していたものの、乗り遅れてしまったために甲子園でのセレモニーに間に合わなかった——とされている。

この試合は優勝セレモニーも含めテレビで生中継されていたため、井川投手の姿がないことに気が付いた阪神ファンの間で話題に。また、井川投手は2003年の優勝時にも、「翌日の登板に備える」との理由で祝勝会(ビールかけ)を欠席、オーストラリアへの優勝旅行も行かなかった“前科”があったことから、ちょっとした騒動になった。


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