シリア代表が戦う意義。日本とは異なる“背負うもの”。明日なき人々の希望に

3月29日(火)8時29分 フットボールチャンネル

「国民をハッピーにしたい」

 今日29日、日本代表と対戦するシリア代表。国内が混乱するなか、わずか17名で来日した彼らは何を背負うのか。日本とは異なる、シリア代表が戦う意義とは。(取材・文:植田路生)

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「英語で問題ない。英語でいいんだ」

 会見場に入るなり、シリアのファジェル・イブラヒム監督はそんなようなことを口にし、日本サッカー協会(JFA)関係者を制した。JFAがアラビア語の通訳を用意しようと気を利かせたことに「大丈夫だ」と伝えたのだろう。

 私は冒頭でピッチ外のことを質問した。

——シリアは今、国内が大変な状況にあります。シリアを代表する人々として今国内に住んでいる人々、国を離れざるを得なかった難民、そして世界中でシリアに注目している人々に対して、シリアの代表する人物として伝えたいメッセージは?

「来日できたことを、とても嬉しく思っている。シリアが今おかれている状況はとても厳しいということは誰もがわかっていると思う。私たちは国民をハッピーにしたい。それこそがモチベーションになっている。

 シリアは文明があり、歴史がある国です。それが今、病んでしまっています。しかし病んでいるからといって決して死ぬ、死に絶えることはない。私からの唯一のメッセージとしてはとにかく人々をハッピーにしたいということだ」

 イブラヒム監督は私から目を離さずに、丁寧に1つひとつの言葉を噛みしめるように、ゆっくりとした英語で話した。

 シリアのサッカーについて知っている人は多くはないはずだ。だが、シリアという国名を知らぬ人は少ないだろう。アサド政権と反体制派の対立が激しく、それに周辺国や米露が関係し、混乱を極めている。さらに過激派組織・ISが跋扈し、国を離れる人が続出した。欧州に大量に押し寄せて社会問題にまでなった難民だ。

 シリアについては残念ながらネガティブなイメージが先行してしまっている。国内でサッカーができる状況にはない。昨年10月のシリア対日本の一戦は、中立地であるオマーンで開催された。

国内情勢不安のなかチームは団結、そして躍進

 そんななか、シリア代表は躍進している。W杯アジア2次予選では日本に次ぐグループ2位。ここまで6勝1敗の好成績で、3次予選進出は確実な状況だ。

 国内情勢が厳しいなかでの快進撃は、2007年アジアカップでのイラク代表を想起させる。2003年より続いたイラク戦争の影響で国内情勢は混乱の極地に達し、大会中も自爆テロで多くの国民が亡くなったばかりか選手の親族にも被害者が出たという。

 そのような状況下でイラク代表は団結し、オシムジャパンがベスト4に終わった大会で初優勝を遂げた(もちろんアジア屈指の名手ユニス・マフムードやアテネ五輪ベスト4のメンバー、ナシャト・アクラムらクオリティの高い選手が揃っていたことは忘れてならないが)。

 皮肉なもので、ピッチ外で大きな問題が起こると代表チームが強固なまとまりになることはしばしばある。2006年ドイツW杯でイタリアが優勝したとき、セリエAは八百長スキャンダルで揺れていた。

 日本代表ハリルホジッチ監督も警戒する。「罠にかかってはいけない。シリアは我々のリズムを壊してくる。演技もするだろう。シミュレーションもある」。

 これは冗談ではなく本音だ。オマーンでの前回対戦時に取材したが、シリアの選手たちは日本のリズムを壊すかのようにわざと単調なロングボールを放り込み、またファウル覚悟の激しい当たりで止めに来ていた。結局3-0で日本が勝利したが、前半は思うようなリズムがつくれず苦戦を強いられた。先制点が遅ければ、すさまじい時間稼ぎ攻勢をくらったかもしれない。

卑劣なプレーが頻発するかもしれないが……

 ファウルすれすれのプレーやシミュレーションなどダーティな行為には否定的な意見も多いだろう。私もそれらのプレーは肯定できない。だが、100%の否定もできない。シリアの場合、日本とは背負っているものの種類が違うからだ。

 日本とシリア、どちらも試合では勝ち点3を目指す。W杯出場も目標であり、将来的にはW杯優勝も視野に入れている。ここまでは共通しているが、その先を見据えた場合、大きく異なる。

 国内でのさらなるサッカーの普及や豊かなサッカー文化の醸成を見据える日本に対し、シリア代表はぐらぐらと揺れる国そのもののを支え、国民の生きる希望を与える存在になろうとしている。

 東日本大震災直後に多くのJリーガー、日本代表選手が「国民に希望を」と口にしたが、それと同様の気持ちを常に彼らは持っているのだ。

 オマーンのゼファルでプレーするDFのハムディ・アルマッスリは語る。「良い結果を出したいという強いモチベーションを持って日本に来ている。その結果で国民と国を幸せにしたい」。

 日本がベンチ外も含めて24人のメンバーなのに対し、シリアは17人しか来日していないが、イブラヒム監督は意に介さない。「今日はフォーメーションや戦術について話すつもりはない。もっと重要なことがある。それは秩序や規律だ。良いチームには秩序・規律が必要だ」。果たしてこれは誰かに向けてのメッセージなのだろうか。

 お互いに勝利を目指しつつもまったく異なるものを背負い、まったく目指す先の異なるチームが対戦する。それもまた代表戦の醍醐味である。今日、シリアは死ぬ気で戦うだろう。ハリルジャパンがチーム強化を見据え、選手たちは生き残りを懸けたアピールに必死ななか、シリア代表は国を背負い、明日なき人々に明日を見せようとしている。

 危険なタックル、シミュレーション、時間稼ぎがあるかもしれない。それらは卑怯、姑息と呼ばれるプレーである。だが、シリアにとってそれは、非常に些末なことなのだ。

(取材・文:植田路生)

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