テロ事件後はじめてサンドニに戻ったフランス代表。EURO開催国が築くスタジアムの警備網

3月31日(木)10時1分 フットボールチャンネル

テロ事件で試合会場が変わったベルギーの試合

 3月29日、サンドニにあるスタッド・ド・フランスに、2015年11月13日のテロ以来はじめてフランス代表チームが戻ってきた。ユーロ開催を控えるフランスは、このビッグイベントを安全に開催するためにどのような策を講じているのだろうか。それを探るべく、ピッチ内外を通じての予行演習となったフランス代表の試合に足を運んだ。(取材・文:小川由紀子)

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 昨年11月13日のテロ事件から数ヶ月が経ち、その後の様子を……と思っていたところの3月22日、ベルギーの首都ブリュッセルで大規模な爆発テロ事件が起きた。

 ちょうど国際マッチデーに向けて合宿中だったベルギー代表は、この日の練習を中止して、犠牲者へ追悼メッセージを送った。

 ベルギー代表は、11月13日のテロ直後の17日にブリュッセルで予定されていたスペイン戦をセキュリティ上の理由でキャンセルしている。そして今回29日に行われたポルトガル戦も、当初はブリュッセルで予定されていたが、市が「安全を保障するだけの十分な警備は厳しい」として開催を断っていた。

 結局リスボンで試合は開催されることになったが、そうでなければベルギー代表はユーロ本戦前の合宿まで、7ヶ月も試合なしで過ごすところだった。

 開催国のフランスでの反響も当然ながら大きかった。

 すぐに「最悪の場合ユーロの中止も?」というニュースが流れた。だが、マニュエル・ヴァルス首相はラジオのインタビューで「中止することは我々の負けを意味する。テロリストの思う壺だ。このようなスポーツイベントを成功させることが彼らへの意思表示になる」と強く主張した。

 安全性を優先すべく無観客試合の可能性を語るメディアもあるが、ユーロ2016実行委員長のジャック・ランベール氏も、UEFAのスポークスマン、ペドロ・ピント氏も、「無観客試合は想定外」とコメントしている。

 大会自体の面白みが激減するだけでなく、すでに契約しているスポンサーも無観客試合となれば同じ金額は出さないだろうから、金銭面の問題が浮上する。

 同じ理由で、中止や延期も難しい。チケット収入だけでなく、ホテル、レストラン、グッズの売り上げなどからくる大会特需を見越してスタジアムを増改築した開催地も多く、中止になどなったら経済的な損失は計り知れない。

 折しもブリュッセルでテロ事件があったその日、フランスではベルナール・カズヌーブ内務大臣、パトリック・カネール都市・青少年・スポーツ大臣、開催地の一つボルドーの担当者らの間でユーロのセキュリティ対策について会合が行われた。

化学兵器テロを想定した訓練も実施

 今回のテロを受けて「過去に類を見ない規模の警備態勢になる」ことが決定したとのことだが、とくに懸念事項となっているのは、街中に設置されるパブリックビューイングなどのいわゆる“ファンゾーン”での警備だ。

 こういったスペースを設けることは、少しでも多くの人たちが参加して大会を盛り上げるためにUEFAが推奨していることでもあり、フランス全土に10ヶ所、リヨンでは2〜3万人、マルセイユでは8万人、パリのエッフェル塔前のシャン・ド・マルス広場では10万人規模の来場が予想されている。

 200万ユーロ(約2億5000万円)を投じてビデオ監視システムを導入するほか、莫大な人数の警備員を投入するなど、一開催地あたりの出費は1700万ユーロ(約21億円)に上るというが、これはボルドーでの金額だから、パリやマルセイユならその2〜3倍にはなるだろう。

 しかしそれでも前述のように中止にするよりは採算がとれるのだ。

 ビデオでの監視のほかに徹底するのは、ボディチェックだ。来場者は手ぶらに近い形で来ることが原則になる。

 去年の夏にアメリカのデトロイトでアメフト観戦した際、スタジアムにはカバンの類は一切持ち込めなかった。自分の体以外に認められたのは、女性用の小さいポシェット(といってもスマホも入らない、リップスティックがせいぜい入るくらいの超小型サイズ)と、望遠レンズの厚みが6cm以下のカメラだけ。他に荷物がある人は有料のクロークに預けなくてはいけなかった。

 警備当局は「安全優先のため、必ずしもフレンドリーな対応ができなかったとしてもご容赦願いたい」と理解を訴え、カネール大臣も「大会中は250万回のボディチェックが敢行されるだろう」と述べた。1試合、観客1人あたり2回はチェックを受ける計算だという。

 この夏フランスへユーロ観戦に来る予定のある方は、ファンゾーンや会場にはなるべく手ぶら、さらにたっぷり時間の余裕をみること、を記憶にとどめておくと良さそうだ。

 ファンゾーン以外の、スタジアムや選手の宿泊施設などの警備はUEFAの管轄で、11月のテロ後は7%の増員を決めて1万人が警備に当たる。6月の本番までには、警備の模擬訓練が各地で行われる予定で、3月18日には、南仏のニームで化学兵器テロを想定した本番さながらの訓練が行われた。

 観衆役として2000人が集められ、『バーン!』という爆発音を合図に観衆役が悲鳴をあげながら逃げ惑う中、警備員、メディカルスタッフらがそれぞれの動きを確認。

 参加者の話によると、ガスを浴びたと思われる人物には、まず服を脱がせて熱いシャワーを3分浴びせ、症状に応じて患者を整理……等々、かなりリアルな処置が行われたそうだ。

自爆犯の入場を防いだ警備員

 スタジアムの警備といえば、11月13日に標的となったスタッド・ド・フランスでは、自爆犯の入場を食い止めてくれた警備員がいたおかげで最悪の事態が免れた。

 彼がうっかりその男をスタジアム内に入れていたとしたら、男はスタンドで自爆スイッチを入れていただろう。

 この殊勲ものの警備員、サリーム・トゥーラバリー氏が先日のレキップ紙で、その日スタジアムでプレーしていたフランス代表の一人、ブレーズ・マティディとの対談という形で紹介された。その中で42歳の警備員トゥーラバリー氏は生々しく事件当時の様子を振り返った。

「この日は朝から変だったんです。15歳の娘が、『パパ、今日は特に気をつけて。昨日ドイツ代表の宿舎で爆弾騒ぎがあったらしいから』とSMSを送ってきて……」

 トゥーラバリー氏はこの夜、入場ゲートの配置されていた。

 そして、キックオフの40分ほど前に、他の客の背後に隠れて入ろうとしている男に気づいた。トゥーラバリー氏がチケットを見せるように言うと男は「友達が持ってくるはずだったのに来ない。でもどうしても自分は中に入りたいんだ」と主張したという。

 トゥーラバリー氏はチケットがないなら入れられない、と取り合わなかった。男はその後、あたかも隙を伺うかのように彼の脇に10分ほど立っていたが、その後違うゲートからの侵入を試みた。

 しかしトゥーラバリー氏はすかさず仲間に警戒するよう合図を送り、男はそこでも止められた。それで諦めたのか、男は違う男と合流してどこかへ行ってしまったのだという。

 そうして試合が始まり、20分くらい経過した後、最初の爆発音が鳴った。トゥーラバリー氏は長年の経験から「爆竹にしては音が大きい」と不審に思った。続いて2発目が鳴ると、いよいよおかしいと感じたトゥーラバリー氏は、スタジアムの外をうろついていた観客を安全のため中へ誘導した。

 その直後、嫌な予感は的中し、トゥーラバリー氏は足から生肉がむき出しになった怪我人を発見する。救助員の資格も持つ彼は、メディカルスタッフが到着するまで、計3人の怪我人の介抱にあたった。

マテュイディが語った、選手にとっての「あの日」

 ハーフタイムには、やはり爆音を不審に思った観客が何人かスタンドから降りてきて、「何が起こったのか?」と聞きに来たが、パニックを避けるべく「何もない」とだけ告げてスタジアム内に返した。その頃から、スタジアム付近の3G電波は警備当局によって切られていたという。混乱を防ぐために外部と接触できないようにする警備上の作戦だ。

 トゥーラバリー氏を含め、警備方針が適切だったために、7万の観衆は試合後もパニックに陥ることなく会場を後にすることができたのだった。

 トゥーラバリー氏が、爆発したのは自分が入場ゲートで止めた男だったと知ったのは、後日、警察での取り調べに協力した時だったという。彼はその後もスタッド・ド・フランスで仕事を続けているが、あの日以来、スタジアムに近づくと涙が溢れ、爆発時の匂いが蘇るというトラウマに苛まれ、今はスタジアム内の警備に配置換えになっているらしい。実行犯が自分の横で自爆していたら、と考えたら身震いすることだろう。

 あの試合に両親や妻、子供も会場に招いていたというマテュイディは、「ヒーロー以上の存在。あの状況でのあなたの冷静な行動に、心から感謝する」と称賛を惜しまなかったが、あの会場にいた筆者としても、トゥーラバリー氏には心底お礼を言いたい気持ちだ。

 しかし彼はこうも言っている。

「同じようなことがまたあった場合、不審者がゲートを通過できる確率は50−50」

 警備に「完璧」はないし、もしチケットを持っていたなら、ボディチェックを通過できていた可能性もあったかもしれない。

 また、マテュイディの口から語られた、選手目線の「あの日」も興味深かった。

 試合が終わるまではとにかくゲームにだけ集中していたが、スタンドの様子がおかしいことには気がついていたこと、試合が終わった後モニターに映されたニュースで事件を知ったこと、デシャン監督はショックに打ちひしがれ、選手たちに言葉をかけられる状態ではなかったこと、彼らは朝の3時までスタジアムに残り、クレールフォンテーヌの宿舎に帰った後も選手たちの話題は事件のことばかりで、その後皆が眠れない夜を過ごしていたこと……。

警備側にとっても予行演習となったロシア戦

 そして3月29日、フランス代表は、事件後初めてスタッド・ド・フランスに戻った。このロシア戦はユーロ本戦前の最後となる同会場での試合、つまり警備側にとっても本番前最後の実戦での予行練習だ。

 以前と違ったのは、地下鉄駅からスタジアムに向かう途中でもボディチェックと荷物検査があったこと。ゲートの所でチェックはいつも通りだった。

 ただ車で来た仕事仲間は、「プレスルームに到達するまでに5回荷物とボディチェックがあった」とややお疲れ顔だった。車のトランクを開けてカーペットの下まで剥がして見せたらしい。

 前回はあんなことがあっただけに、ゲートで警備に当たっていたスタッフに、「ここで働くのは怖くない?」と聞いてみると「なぜ? だってそのために自分たちがいるんだし、みんなに危険が及ばないよう自分たちが一生懸命務めないと、という気持ちでいる」と真剣な眼差しで返され、少し胸が熱くなった。

 ファンたちも、何事もなかったように和やかだった。スタンドは満席ではなかったが、声をかけると「全然怖くなんてない! なんで人生を楽しむのを制限されないといけないんだ?」という答えが返ってきた。頼もしい。

 フランスサポーター全員がそうではないだろうが、怖いと思う人はスタジアムには近づかずにテレビ観戦すればいいのだし、平気な人は会場に足を運べばいい。

 開幕まで2ヶ月半。

 6月10日、無事に開幕戦を迎えられることを祈りつつ。

(取材・文:小川由紀子)

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