テロ一掃し国民を一つに。“平和の象徴”としてのシリア代表。思想違えど同じ旗のためプレーする心は同じ

4月1日(金)11時35分 フットボールチャンネル

「国民をハッピーに」シリア代表が掲げる唯一の願い

 去る3月29日に日本代表と対戦したシリア代表。国内情勢が混乱を極めるなか来日した彼らは大きなものを背負っている。サッカーが母国でできることは、“普通の生活”を送ることを意味する。選手・監督の証言を振り返るとともに、駐日シリア大使代理にも話を聞き、シリアが置かれている状況から、代表チームが持つ力に迫る。(取材・文:舩木渉)

——————————

 去る29日、サッカー日本代表はロシアW杯アジア2次予選でシリアに5-0で勝利を収めた。その試合を前にした記者会見でシリア代表のファジェル・イブラヒム監督(当時)は自分たちが戦うことの意味を力説した。

「シリアが今、厳しい状況に置かれていることは誰もが知っていると思う。私たちは国民をハッピーにしたい。それこそがモチベーションになっている。シリアには文明があり、歴史がある。それが今は病んでしまっている。しかし病んでいるからといって決して死に絶えることはない。唯一のメッセージは、とにかく人々をハッピーにしたいということだ」

 彼らはシリア国民の誇りを胸に勇敢に戦い、W杯出場のチャンスを掴みとった。日本に次ぐグループ2位で最終予選進出を決め、国際社会に「死に絶えていない」ことを示した。だが、彼らが戦えているのはある人物に忠誠を誓っているからでもある。

 昨年11月に話題を呼んだイブラヒム監督の行動を覚えているだろうか。W杯予選のシンガポール戦前に同氏と広報のバッシャール・モハメッド氏、日本戦にも出場したオサマ・オマリの3人はある人物の顔写真がプリントされたTシャツを着て記者会見に臨んだ。

 その場でイブラヒム監督は「シリアで殺された人たちには誰も、1秒も立ち上がらない。これを知っておくべきだ。我々シリアはあらゆるテロリストやその集団と戦っている。そして世界中にいる全てのテロリストを壊滅させる」と、フランスで起きた連続爆破テロ事件だけに黙祷を捧げるAFCの判断に疑問を呈しつつ「我々にはどんな時も大統領がついている。彼は我々を支えてくれ、チームは国のために戦う。そして彼も同じく」と語った。

 つまりシリア代表として身の安全を保障されながらサッカーをするには独裁政権を敷くバッシャール・アル・アサド大統領に忠誠を誓わねばならないということを意味する。

 一般的にはサッカーにおいて政治を持ち込むことはタブーとされるため、この記者会見の様子は全世界的に報じられた。彼らは国のため、国民のために戦うには、国際的に非難を浴びる独裁者とともに歩まねばならないという事実を、身を以て示したのだった。

サッカーをできるのが「普通」ではない

 一方でアサド大統領に忠誠を誓わぬ者もシリアには多くいる。独裁政権打倒を目指し武器を取ることを選択した若者を描いた『それでも僕は帰る 〜シリア 若者が求め続けたふるさと〜(原題:Return to Homs)』という映画をご存知だろうか。

 この作品の主人公はアブドゥル・バセット・アル・サルートという青年だ。彼はかつてシリアU-20代表に選ばれた経験もある、国内で将来を嘱望された優秀なGKだった。しかし、故郷ホムスを政権側の愚かな支配から救うため立ち上がる。

 当初は歌を用いて民衆の先頭に立ち抗議運動の象徴となったが、しだいに過激になり仲間たちに担ぎ上げられる形で武器をとった。現在はIS(Islamic State)に忠誠を誓い、行動をともにしているとされる(ドキュメンタリー映画で記録された後の動向に関する情報は少なく、何度も死地をくぐりぬけて生存しているとする説や、死亡説も存在する)。

 バセットはサッカー選手としてのキャリアを捨てざるをえなかった。(本意でなかったとしても)アサド政権に忠実な姿勢を示せば身の安全を保障され、今回の日本遠征にも帯同していたかもしれない。

 日々報じられているようにシリアは内戦状態にある。アサド政権側につくもの、政権打倒を目指しゲリラ活動を展開するもの、ISの構成員としてテロを主導するもの…国内ではあらゆる勢力が互いの利益のために戦っている。他にも上空からはアメリカやロシア、フランスなどのヨーロッパ諸国も迫り、世界中の様々な組織が絡んだ複雑な利害関係が生まれてしまった。いまや戦況を正確に語れる者は極めて少ないだろう。

「自分の国の旗のためにプレーする心は全員同じ」

 これだけ悲惨な状況でも選手たちは命をかけて国民のためにスパイクを履きピッチに立つ。アサド大統領の顔写真入りTシャツで記者会見に現れたオマリは今年2月に『FIFA.com』で公開されたインタビューで自らのキャリアについて次のように語った。

「僕は19歳のときに兵役に就かねばならなかった。普通は2年間のところ、あんな状況だからそうはいかない。多くのチームメイトたちは海外のクラブと契約して国を出たけど、僕は行くことができなかった。まずは兵役を終えなければならないから、たくさんのオファーを断ったよ」

 オマリは今でもシリア国内の強豪アル・ワフダでプレーしている。日本戦でも左足のフリーキックは脅威になっており、代表でも屈指の好プレイヤーだ。しかし国外には出られていない。その現状を「昔は国内リーグも強かった。今とはまったく違う。以前はチームですべての都市に遠征できた。今では多くのクラブが完全に消えてしまい、多くの選手たちが影響を受けている」と分析し将来を憂いている。

 彼のいとこであるオマル・ハリビンもまた代表選手だ。だがオマリと状況はまったく違う。現在UAEでプレーしており、家族は内戦状態にある首都ダマスカスに今も住んでいる。愛する者たちを危険な場所に置いてまで国を出る必要があった。

 このように全く境遇が違う選手たちでも、ロッカールームでの話題は一つだ。オマリは「もちろん僕らは戦争の話をする。シリアの人々が毎日我慢しなければならない悲しみについてだ。それぞれが意見を持っているが、自分の国の旗のためにプレーする心は全員同じ。そこに社会的な立場や思想、行動の違いは関係ない」と述べる。国民の笑顔のため、それが彼らのすべてだ。

駐日大使代理が語るサッカーの大切さとは

 現在駐日シリア大使代理を務めるワリフ・ハラビ閣下は日本戦の後、「国連の報告ではテロリストたちは100もの国からやってきているといいます。日本も例外ではありません」と指摘し「メディアはその目で見たことを報じないことがあります。人々が対峙しているのは政府だけではないのです。そのことがテロリストを育ててしまっています」と大衆に真実が伝わらないことに憤慨していた。

 それでもサッカーがシリア国民にとって重要なものであることを強く主張する。

「シリアの人たちはサッカーが大好きなんです。子供のころからストリートや広場でずっとプレーしています。いまは非常に困難な状況にありますが、それでも人々はスポーツの動向をSNSなどで追っています。悲惨な情勢でもその習慣は続いています。これは非常に重要なことです」

 現在国のために身を捧げる選手たちも、政府のために戦う軍人も、革命のために立ち上がった戦士たちも、皆根本は同じところにある。ハラビ閣下は「スポーツが国を一つにする力がある」と信じている。

 イブラヒム監督も過去に中東メディア『マスカット・デイリー』で祖国の悲惨な状況を案じ、募る思いを吐露していた。

「ホームに帰りたい。チャンスをくれ。シリアではサッカーが最も人気のあるスポーツ。我々は皆それが恋しくてたまらない。遅かれ早かれ状況が改善され、またホームで試合ができるようになると確信している」

 内戦が続くシリア最大の都市アレッポには7万5000人収容のナショナルスタジアムがある。もちろん現在はそこで試合を開催できる状態ではないが、平和になれば代表チームに声援を送るファンで溢れかえるはずだ。

シリア代表がバラバラになった国民の心を一つにする

 シリアにはW杯出場の可能性が残されている。非常に厳しい戦いだが、選手たちは自分たちが世界の強豪と戦う姿を見せることが祖国の平和への道標になると信じてピッチに立ち続ける。

 オマリは言う。「こんな状況では外国人監督を招くことなんてできない。ゆえに新しいアイディアを手に入れることは不可能だ。それでもシリアサッカー界には魂と覚悟を持ったタレントたちがいる。もちろん僕ら全員が戦争の早期終結を願っているが、今は成し遂げるべきことのために力を尽くさねばならない」。どんな困難な状況だろうと選手たちの決意は固い。

 退任を表明したイブラヒム監督も母国シリアのW杯出場を信じて疑わなかった。彼らがサッカーをする理由はただ一つ「祖国の平和のため」だ。いまや内戦による犠牲者は25万人を超えたとされ、国民の半数は土地を捨てて国外へ逃げ出したとも言われる。そんな彼らの心が一つになれる数少ない機会が「サッカーシリア代表」なのだ。

 そして彼らにも当然愛する者たちがいる。現在はレバノンに逃れてプレーし、代表では10番を背負うアブデルラザク・アル・フセインは「僕らはホームの観衆や友人たち、家族のみんなの前でプレーできない。また家に帰って、シリアでサッカーをする日がくることを本当に強く願っている」と溢れる思いを口にした。やはり彼らは平和な世界の実現だけを望んでいる。

「我々シリア人は責任をもってテロリストを追い出さねばなりません」

 ハラビ駐日大使閣下はサッカーに希望を見出している。「シリア全土が大変な状況で、スポーツの情報を手に入れるのは簡単ではありません。それは国内にいようが国外にいようが同じです。私たちに選択肢はありません。ベストを尽くし立ち上がらねばならないのです。

 国の中でも外でも皆戦っています。我々シリア人は責任をもってテロリストを追い出さねばなりません。国際社会全体がテロリスト打倒のため共に戦ってくれています」と力強い口調で語った。

 様々な考えを持つ人々がいても、シリア代表だけは国民全員のためにあるチームということを改めて感じさせる言葉だった。

 ただ結果だけを見て「日本に5点も取られたんだ、弱いじゃん」ではなく、彼らがどんな思いを胸にボールを蹴っていたのか、彼らはどれほど大きなものを背負ってサッカーに打ち込んでいるのか、どんな状況に置かれているのか、目に見えるものの後ろにある本当の意味を見つめることで様々な景色が見えてくる。

 今年9月に始まる最終予選を勝ち抜けば、シリアにとって悲願のW杯出場を叶えられる。日本とも再び相見えるかもしれないが、彼らがシリア国民の「平和の象徴」として、再び国を一つに束ねる大きな力になる日を心から願ってやまない。

(取材・文:舩木渉)

フットボールチャンネル

テロをもっと詳しく

BIGLOBE
トップへ