【コラム】歴史と感情が交錯した初対戦 権田と吉本、青赤育ちが紡いだ熱いストーリー

4月3日(月)20時31分 サッカーキング

J1初対戦となった権田修一(左)と吉本一謙(右)[写真]=三浦彩乃

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東京を強くしていこうと誓い合った仲間であり、親友
 カズとシュウイチ——。

 そう呼び合うかつてのチームメイトで、親友の2人が、初めてピッチで別々のエンブレムの入ったユニホームを着て対面した。FC東京の吉本一謙もサガン鳥栖の権田修一も、きっとこれから先ずっと、その日のことを忘れないだろう。

 吉本は試合前、こんな言葉を吐き出していた。

「中学時代から常に同じチームでプレーしてきたので違和感はあります。東京を出ていったいろいろな選手が活躍しているのは複雑だけれど、やっぱりうれしい。シュウイチは同期でこれまでターニングポイントではいろいろな話をしてきた、ついこの前も電話で話をした。シュウイチは東京を愛しているし、今でも恩も感じている。それが分かっていたから……。移籍の仕方や見え方はいろいろあると思うし、人それぞれに思うことがあるのも分かる。でも、個人的にはシュウイチと彼の決断をリスペクトしている。親友だし、ピッチで再会できたら、こんなにうれしいことはない。シュウイチは東京でもいつも100パーセントを出し切ってきた。初めて一緒のピッチに立って勝ったときに、最初に抱き合ったのもシュウイチだった。これからも仲間だし、親友。試合は、もちろん東京が勝たないといけないですけど」

 そう言って、「お互い、今でもサッカーを続けられていることに喜びを感じる」と続けた。

 彼らが、2種登録でトップチームの練習に帯同していた2006年。当時チームを率いた倉又寿雄監督が「将来、必ず東京を引っ張っていく選手になるよ」と、2人の明るい未来を喜々として語ったことを今でも思い出す。

 しかし、29歳を迎えようとする2人が歩んできた道は決して平坦ではなかった。時期は違えど、互いに引退を考えたことさえあったのだ。

 同世代最高のディフェンダーとして鳴らした吉本は、プロ入り後、度重なるケガに何度も泣かされ続けた。ひざの手術を繰り返し、かつてのスピードや、跳躍力は失われた。それでも弱音を吐かず、必死に前を向き続けてきた。だが、いつも前向きだった彼も、2013シーズンのオフには引退の文字が過ぎったという。「今年が最後の1年」と覚悟して臨んだ翌年、歯を食いしばり、芝生に腿をすりつける泥くさい守備でカムバックを果たす。

 忘れられない試合がある。

 2014年3月29日、アウェイで行われた清水エスパルス戦。負傷者続出の中で、地獄を見てきた吉本に出番が回ってきたのだ。6年ぶりのJ1リーグ出場で長澤駿、ミリヴォイェ・ノバコビッチを抑え、勝利を手にする。固めた拳を突き上げ、腹の底から声にならない叫び声を上げた。

 そして振り返ると、そこに笑顔で駆け寄る権田の姿があった。まるで、子どものような笑顔を浮かべ、2人は抱き合った。

 吉本の心が折れそうなとき、それを支えてきたのは、権田だった。ロンドン・オリンピック代表、そしてブラジル・ワールドカップ代表へと上り詰めた守護神は、「中学生の頃から、いつも4番を着けたカズの背中を見ながら試合をしてきた。試合に勝ってカズと、最初に抱き合って喜ぶことが当たり前だった。僕の中では、いつまでもカズが最高のセンターバックで、キャプテンに変わりはない」と言い、同期の帰りを待ち望んできたのだ。そして、誰よりもその復活を喜び、再び2人で東京を強くしていこうと誓い合った。

 しかし、ここから2人で歩むはずだった、再出発ロードから権田の姿が消えた。2015年7月29日、ホームのベガルタ仙台戦だった。その試合後に、権田はオーバートレーニング症候群を発症。今度は、苦しむ権田を吉本が支えた。権田はその存在に心から感謝していた。

「正直、この1年半ずっと支えてくれていた。しんどかったときも、一番連絡を取っていたのはアイツだった。カズは、ね……。アイツの辛い時期も知っているし、アイツは僕の辛い時期も知っている」

 権田は、友の支えを得て再起を懸けた2015−16シーズンに、当時オーストリア3部だったSVホルンへと移籍した。昨冬には東京から復帰オファーを受けるも、再び海外挑戦を選択。そんな中、小平の練習場でトレーニングを続けていた権田は、うれしいニュースを目にした。

「今年の最初に小平で練習させてもらったときにカズの靴箱が4番になっていた。それを見て本当にうれしかった。カズの4番がうれしくてしょうがなかった」

 今シーズン、吉本はプロ入りからずっと着けてきた29番からアカデミー時代に背負っていた4番へと背番号を変更した。その報せを、権田は自分のことのように喜んだ。

 その後、欧州への移籍を模索したが叶わず、権田は鳥栖へと加入する。

親友の登場に「出てくんなよ」と、つぶやいた

 そして、初めて古巣との試合となった4月1日、権田は東京のエンブレムが入っていないユニホームを着て初めて味スタのピッチに立った。メンバー発表で、権田の名前がアナウンスされると、ホームのゴール裏からは激しいブーイングが鳴り響いた。キックオフのあとも、鳥栖のゴールマウスに立つ背番号33がボールに触れるたびに、それは続いた。

「こういう形で移籍をすると、いろいろな想いの人がいる。当然、ブーイングをしたい人もいる。でも、僕が決めた人生だから、それを進むしかない。後悔はないし、とにかく今から前に進むしかないと思って鳥栖に移籍したので……」

 そう語った権田だったが、初の古巣との一戦で、平常心を保つことができなかった。らしからぬミスを連発し、3失点を喫した。

「勝てる試合だったので、引き分けたことに責任は感じる。動じないつもりだったが、まだまだだなと思った。気合いも入っていた。この1週間、負けたくないという想いが強すぎて熱くなりすぎたと、練習からの帰り道に反省した日もあった。それぐらい普通ではいられなかった。人生で一番辛い試合だった。味スタで試合をできるのはうれしいこと。その半面、ユニホームは東京ではないし、今は鳥栖のためにやらないといけない。複雑でしたが、鳥栖の一員として勝って元気な姿を見せることが一番の恩返しだと思っていたのに」

 権田の感情は、90分の中で乱高下していた。最も高ぶったのは、東京が3−1でリードした85分。吉本が交代でピッチへと入ってくると、権田は「出てくんなよ」と、つぶやいた。

 試合後、権田は涙腺を緩ませた。それは「カズと初めて別々のユニホームを着て対峙したけど」と、質問されたときだった。

「鳥栖が勝つ前提で考えていたので、カズが出てくるとは想定していなかった。自分で引き金を引いちゃいましたけど、出てきたかと思いました。アイツはアイツで、『オレが出てきてから点を取られたから全然ハッピーじゃねぇよ』と言ってましたけど、正直対峙したくなかった。今日の時点ではうわっと思いましたね。しかも、4番だし、カズはやっぱり4番のイメージがあって、カズの4番を見た時はうれしかった」

 囲み取材が解かれると、「カズの名前を出すのはずるいよ」と言って涙を拭った。

 吉本は、どんな想いで、その瞬間を受け止めていたのか——。

 自らが出場してから2失点し、引き分けに終わった試合の「結果は、ああだったので悔しすぎた」。そう口にして「でも」と言い、一呼吸を置いて口を動かした。

「冷静になると、自分にとって感慨深い瞬間だったのかもしれない。誰もがその過程でいろんな葛藤がある。でも、信じて決めた道を歩んでいる。やっぱり味スタで相手チームにシュウイチがいるのは違和感があった。でも、個人的には熱い瞬間だった。試合のあと、シュウイチがカズの話をしたら泣いちゃったって、言ってました。人生何があるか分からない。昔から知っている選手だし、その長さとか、濃さはほかの選手とはやっぱり違う。この1年半を知っているし、オレが苦しんでいるときも支えてもらったから」

 そして権田は、この試合後、試合前から心に決めていたある行動に出る。

「どれだけブーイングされようが、あいさつに行くと決めていた。マッシモ(フィッカデンティ)にも言っておいたので、それこそ、鳥栖に加入した直後ぐらいの時期かな。けじめではないけど、僕はこのスタジアムで育ち、このスタジアムでうれしい想いも、悔しい想いもいっぱいしてきた。僕が試合でどんなミスをしても、いつも支えてくれたのがゴール裏から名前を叫んでくれたファン、サポーターだった。僕が東京のサポーターなら『ふざけるな!』と思うと思う。『こんな移籍の仕方があるのか!』と。だから、ちゃんと謝らないといけないと思っていた」

 重い足を一歩、一歩と、持ち上げてゴール裏へと歩み寄った。そこには、歓声を上げて権田の名前を叫ぶ青赤の歌唄いたちがいた。その光景に権田は、あふれる想いを抑えることはできなかった。全身の力が抜けたように、その場に突っ伏した。それでも、立ち上がり、東京サポーターに近づき、何度も深々と頭を下げた。

 それを見た吉本は、「あそこで行くのは勇気がいること。それでもアイツは筋を通した」と、権田の行動を称えた。

 語りきれない辛苦のサッカー人生を送ってきた2人の未来は続いていく。後日、吉本はこう明かした。

「シュウイチとは、この日のユニホームを交換しようと話をした。きっと自分たちにとっての宝物になるから」

 それは、これから先、まだまだ続く長い旅路のお守りとなるだろう。でも、僕は、同じ4番と、1番のユニホームを着た親友の2人が、勝って抱き合う姿をまたいつか見たいと期待してしまう。それは、きっと叶わない未来ではない。これまでの2人がそうであったように、互いを拠りどころにボールを蹴り続けていれば——。

文=馬場康平/写真=三浦彩乃

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