権田修一や市川大祐、森崎兄弟ら。オバトレ症、どう防ぐ? うつとの関係は? 専門家に聞く

4月5日(火)9時59分 フットボールチャンネル

オバトレ症はスポーツエリートだけが発症するわけではない

 サッカー選手がたびたび発症してしまうオーバートレーニング症候群。一度発症してしまうと完治に時間がかかり、選手生命にも影響してしまう。この病気はトッププロだけでなくすべてのスポーツ選手に発症の可能性があるという。果たしてどのように防ぎ、どう治療すべきなのか? この研究の第一人者である専門家に科学ライターが話を聞いた。(取材・文:山下祐司)

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 オーバートレーニング症候群——。不幸の前兆のような響きがあるこの病気は、サッカー界に時折顔をのぞかせる。昨年8月にも元日本代表で長年FC東京のゴールマウスを守ってきた権田修一(SVホルン)がこの診断を受けたと発表された。

 オーバートレーニングの名前から、激しい練習で自分を極度に追い込むスポーツエリートだけがこの病気を発症すると思うのは大間違いだ。特別にハードではない通常の練習を続けていても、その時の体にとって過度な負荷になっているのなら同症候群になる可能性がでてくる。学校の部活動でも起こりうる病気だ。

 国立スポーツ科学センターのセンター長で内科医の川原貴氏は「トレーニングが過剰になってパフォーマンスが落ちたまま容易に戻らないのがオーバートレーニング症候群です」と説明する。川原氏はこれまでに数百人の治療にあたってきた日本における同症候群研究の第一人者。長年、日本体育協会のスポーツ診療所で外来診察を担当してきた。川原氏は続ける。

「身体機能のアップに強い負荷は必須ですから、ハードなトレーニングが問題なのではありません。ただ、認識しなければならないのはトレーニング自体が体を破壊し、消耗させる行為だということ。

 身体機能の向上はトレーニングから体が回復するあいだにおこるので、回復がなければただ身体を痛めつけているだけです。負荷と回復のバランスが崩れることが問題。この状態が続くとオーバートレーニング症候群になります」

 スポーツの技術と身体機能の向上には欠かせないトレーニングは、見方をかえると、さまざまな方法で身体に“ダメージを与える”行為でもある。しかし、トレーングを続けられるのは、休息で回復するからだ。トレーニングのダメージで身体の機能が一時的に低下するので疲労を感じるようになる。

 それでも休息によって機能が回復し、疲労感もなくなる。トレーニングの負荷と回復のバランスが問題なければ1、2日、長くても数日の休息で体は回復する。日々のトレーニングの繰り返しはダメージと回復の繰り返しでもある。

日本代表・市川大祐の発症

 ところが、回復が不十分なままのトレーニンブを続けると、疲労感はとれるが実は体の回復が追いついていない状態に陥ってしまう。疲労感と実際の体の疲労状態にズレが生じるわけだ。

 疲労感がないのに体のダメージが残っているこのときにトレーングを続けると体はダメージをさらに抱え込み、蓄積がおこる。この悪循環が進むとパフォーマンスが落ちたまま、なかなか戻らないオーバートレーニング症候群になってしまう。川原氏は説明する。

「オーバートレーニング症候群ではパフォーマンスが低下しますが、同時に回復力の低下も起きています。回復力の回復をまたずにトレーニングすると悪化の一途をたどります。普段、強度の高いトレーニングが可能なのは、身体の消耗に見合った回復力があるからです。でも回復力が戻ってこなければ、トレーニングは有害以外の何者でもありません」

 米国でははやくも1923年からオーバートレーニング症候群の報告がみられるが、日本では1980年代から。大きくクローズアップされたのは1999年だった。史上最年少の高校2年生、17歳ながらフル代表として韓国戦に先発出場した記録をもつ、当時清水エスパルスに所属していた市川大祐(現ヴァンラーレ八戸)が発症したときだ。

 その後も日本代表に選出されていた市川が同症候群にかかったことで、その名が広く知られるようになった。「オーバートレーニング症候群の診断にはいろいろな考え方があります。私は軽症も含めています」と市川の診断にも関わった川原氏は語る。

 軽症はハードトレーニングが難しいが、負荷の低い運動ならできるレベル。軽いトレーニングすら辛くなり、疲労感が残ったままで日常生活に支障が出始めるのが中等症。重症になるとトレーニングはおろか、生活がままならなくなり、入院するケースもある。治療には軽症や中等症だと数週間から3ヶ月ほど、重症になると3ヶ月から場合によっては6ヶ月以上の期間がかかる。

「診察に訪れるのは中等症状がほとんどで、重症化するケースは極めてまれです」と話す。多いときは年間40人以上を診察し、10数年にわたる経験で、重症になったのは10人に届くかどうかだったという。

難しい線引き。注意したい風邪でのコンディション不良

 トレーニングが過剰になってパフォーマンスがなかなか戻らないのがオーバートレーニング症候群の特徴だが、同時にさまざまな症状があらわれる。動悸や息切れ、手足のしびれなどの身体的な症状から不眠や不安、憂うつなどの精神的な症状まで幅広い。同症候群だけにみられ、クリアに診断できる症状はない。

 また、競技や種目を選ばず起こる。タイムの変化で体の状態をつかみやすい陸上競技や水泳、トライアスロンや同じく数値が指標になるウェイトリフティング、球技ではサッカーの他にもバスケットボール、バレーボール、また体操や空手での報告もある。

 ただし、オーバートレーニング症候群の症状があるからといって勝手に“診断”して決めつけるのは早計だ。特有な症状がないのが同症候群。「貧血や肝機能障害など疲労症状がみられる様々な疾患を排除できてはじめてオーバートレーニング症候群と診断できます。他の病気が隠れている可能性がある」と川原氏は指摘する。

 オーバートレーニング症候群の予防に、確実な兆候をつかみたいところだ。しかし、難しいという。それは「調子が悪い」と初期の同症候群が地続きで境界があいまいで、はっきりとした自覚症状がないからだ。スポーツ診療所を訪ねてきた選手たちの多くはコンディションが落ち始めて、1ヶ月ほど調子があがらない状態だったという。

「競技による違いや、トレーニングの強度や期間が様々なので、一概な目安は言えません。ただ、コンディションのチェックは重要です」と川原氏は話す。川原氏が勧めるのはトレーニング日記に練習内容を記載し、運動時の調子を0〜10の11段階の自己評価で記録し続けること。「大まかな傾向をみるものですが、評価の低い時期が続くと体に異変が起きているかもしれません」と指摘する。

 特に注意すべきなのは風邪で体調を崩したとき。「風邪がきっかけでオーバートレーニング症候群になるケースが非常に多い。その場合、2つのケースが考えられます」と川原氏。1つはすでにトレーニングが過剰になっていて、風邪が最後の一押しになるとき。もう1つは風邪にかかる前には問題がなかったのに、風邪から完全に回復しないうちに再開するトレーニングが体にとっては強すぎるケース。これが同症候群に発展する可能性がある。

休養明けの軽いトレーニングが“軽くない”ケースも

 オーバートレーニング症候群の治療には特別な方法はない。自覚症状がとれるまでは休養する。トレーニングを再開するときは回復力が落ちているので、十分に負荷レベルの低いトレーニングから開始し、時間をかけて増やしていくことが重要になる。この時に心がけるのは、あくまでも回復力に注意しトレーニングを調節すること。

 特に軽症なら短い休息でパフォーマンスが戻ることもあるが、あくまで一時的。自分の感覚で疲労感がなくとも、回復力の回復がともなっていないので以前と同じレベルのトレーニングを実施するとパフォーマンスはすぐに低下する。選手にはこのトレーニングの抑制が難しい。

「たとえば、オーバートレーニング症候群になった長距離選手に、休養明けは軽いトレーニングからスタートと伝えます。でも、彼らの“軽い”は60分間のジョギングになるわけです。選手は十分軽いトレーニングだと思っても、身体にとって負荷が大きすぎる場合もあります。このままなら症状は進行するだけ。

 このように選手と身体の認識のズレが大きいのに気づかない、それが治療を遅らせる要因のひとつです。回復という現象をしっかりイメージできないのが問題です。まずは気持ちよくできるレベルの強度と時間からトレーニングを再開します」

 オーバートレーニング症候群の精神的な症状のひとつに「うつ」がある。厳しい練習を重ねるからこそ大会で勝利したときに大きな喜びをえられるが、その反面、体のキレが悪くなったり、記録が伸びなければ落ち込むのは容易に想像できる。メンタルの変化はパフォーマンスにも大きく影響する。同症候群と「うつ」との関係はどうなっているのだろうか。

「うつ病はまじめで几帳面、責任感が高い人に多いと言われています。陸上の長距離選手にはそういう選手がたくさんいます。なぜなら、そういう性格でなければ毎日走り続けることは不可能だからです。重症のオーバートレーニング症候群の人にPOMSという心理テストをするとうつ傾向がみられますが、薬を処方しなくてもうまく休むと治るケースが多いです」

「がんばれ」「努力しろ」などの精神論では治らない

 川原氏が日本体育協会のスポーツ診療所で週1回の内科外来で診察したときのデータによると1986年〜1987年の受診者369人中オーバートレーニング症候群は91名だった。様々な理由でスポーツ診療所の門をたたくのはスポーツにはげむ高校生から実業団に所属する若い社会人の年齢層が最も多かった。すると、学校の部活動も気になるところ。先生の人数に対して生徒が多い部活動で、生徒たちの状態を把握する大変さを認めつつ川原氏は話す。

「特に身体が急激に発達する中学生や高校生は体格や体力の差が激しい。1年生には軽めにするなど配慮する必要がある。体力がなく脱落する生徒が出てきたら改善すべき点があるということです」

 オーバートレーニング症候群は「がんばれ」「努力しろ」などの精神論では治らない。休息とともに練習量を調整できないと悪化する。最悪の場合ではパフォーマンスが戻らず、競技をやめるだけでなく登校拒否になったケースもあったという。

「選手たちが一生懸命がんばろうとするからおかしくなる。軽症で記録に波がでてくると、気持ちにムラがあるとか、要領よく手の抜いていると批判されるケースもありますが、選手にとってはマイナスにしかなりません」

 では、保護者は何に気をつけるべきか。疲労と回復の目を向け、先にあげたように子どものコンディションに注意を払うことが重要だという。もし、自分が、または指導する選手や子どもがオーバートレーニング症候群になってしまったら——。「治療は十分できます。ただ、同じ環境でトレーニングを続けると再発の可能性が高くなる。トレーニングの内容や計画の見直しをすすめます」と川原氏は話す。

大事になってくるコンディションの記録

 陸上競技や水泳ならタイムという体の変化を知る術があるが、タイムを競わない競技はたくさんある。サッカーもそのひとつだ。「サッカーはタイムで評価するような明確な指標がありません。身体のキレがなくなる、プレーに身体的な余裕がなくなる、ボールを追いかけるのがつらくなった、バテやすく余力がないと思ったら気をつけて欲しい」

 身体機能の向上と技術のアップにハードトレーニングが必要不可欠。だが、体の回復がなければレベルアップが見込めないだけでなく、パフォーマンスも低下する。その状態が続けばオーバートレーニング症候群になってしまう。

 だからこそオーバートレーニング症候群を避けるために少なくともコンディションを記録し、回復力を注視できるように心がけたい。オーバートレーニング症候群になってしまったら、休息こそが最大の良薬だ。

(取材・文:山下祐司)

川原貴(かわはらたかし)
内科医。現在、国立スポーツ科学センターのセンター長を務める。元サッカー日本代表の市川大祐を診断。オーバートレーニング症候群研究の第一人者である。

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