「2024年問題」がJリーグのスタジアムアクセスに落とす暗い影を考察

2025年4月6日(日)17時0分 FOOTBALL TRIBE

ヤマハスタジアム 写真:Getty Images

2024年4月から施行された運輸業界における働き方改革関連法により、バスやトラックなどの運転手の時間外労働に上限が設けられ、物流・運送業界などで発生する問題「2024年問題」から1年が経った。


ドライバーの労働時間が年間960時間以内に制限されるもので、休息時間の確保が義務付けられるなど、労働環境の改善が求められるようになった。しかし、この規制強化が、特にJリーグのスタジアムへのアクセスにおいて、様々な問題を引き起こしている。


ここでは「2024年問題」がどのようにスタジアムアクセス面で悪影響を及ぼしているか、また、客離れを引き起こす原因となる可能性について触れていきたい。




浦和レッズ サポーター 写真:Getty Images

埼玉スタジアム、シャトルバス事実上の廃止


Jリーグで不動の集客ナンバーワンを誇る浦和レッズ。ホームの埼玉スタジアム2002へは、埼玉高速鉄道・浦和美園駅から徒歩約20分(約2キロ)を歩くか、国際興業バスが運行している100円のシャトルバス(往路のみ)、あるいは東武鉄道北越谷駅から東武鉄道と茨城急行自動車の共同運行によるシャトルバス(土日祝のみ)というアクセス方法があった。


しかし、このかつてあったJR浦和駅とJR東浦和駅からのシャトルバス2路線が、なくなってしまった。国際興業のウェブサイトによれば「運休中」とあるが、2024年問題による事実上の廃線といっていいだろう。


約63,700人を収容する本スタジアムは、日本代表戦でしかもチケット完売の際には東京駅と新宿駅から「JFAライナー」を運行しているが、これも往路のみだ。最近でいえば、FIFAワールドカップアジア最終予選で3月20日のバーレーン代表戦では運行したが、3月25日のサウジアラビア代表戦では運行されなかった。


一方、最近になって埼玉高速鉄道の東武野田線岩槻駅への延伸計画が前進し、「埼玉スタジアム駅」が新設される予定とあって、日本初の駅上スタジアムとなる公算が高まった。しかし、逆に埼玉高速鉄道への交通集中が起き、ビッグマッチの際に大人数をさばききれるのかという問題も浮上する。


そもそも、浦和市中心部よりも川口市や岩槻市からの方がホームスタジアムに行きやすいという逆転現象が起き、浦和市内に住むサポーターはJR京浜東北線(あるいはJR埼京線)、JR武蔵野線、埼玉高速鉄道と、2度の乗り換えを強いられることに変わりはない。




IAIスタジアム日本平 写真:Getty Images

磐田、清水ホームなどのバス路線も廃止


ジュビロ磐田のホーム、ヤマハスタジアム行きのバス路線も、かつてはJR磐田駅とJR浜松駅から運行されていたが、2020年にスタジアムから徒歩約20分の場にJR御厨駅が開業したことで、全てのバス路線が廃止された。


アクセス方法がバス、タクシー、自家用車しかない清水エスパルスのホーム、IAIスタジアム日本平へのシャトルバスも、JR静岡駅からの便が廃止され、JR清水駅からのシャトルバスのみとなった。


FC東京が味の素スタジアムからの復路として運行していた新宿駅直行バスも、今2025シーズンになってからは一度も運行されていない。


アクセス方法が事実上バス一択のスタジアムの中では、かろうじて鹿島アントラーズの茨城県立カシマサッカースタジアムの東京駅行きのバス路線や、町田ゼルビアの町田GIONスタジアムのバス路線は踏ん張っている。しかし、試合後すぐにでもスタジアムを後にしないと1時間待ちは当たり前だ(カシマスタジアムから東京駅行きの便は予約が必須)。


FC東京 サポーター 写真:Getty Images

そもそもなぜ「2024年問題」が?


シャトルバスでのアクセスが主となっている多くのスタジアムは、「2024年問題」により運転手の確保が難しくなった。サッカー場へのシャトルバスに限らず、各地の路線バスも減便せざるを得ない状況を生んでいる。


そもそも論となるが、なぜバスやトラックなどの運転手の時間外労働に上限が設けられたのか。それは運転手の過労と思われる事故が頻発し、犠牲者が出たことがきっかけだ。


しかし、そのほとんどが長距離高速バスの事故だった。高速バスと路線バスの違いで、どれだけ運転手の疲労度が変わるのかは運転手でなければ分からないが、画一的に労働時間を制限したことで、スタジアムへのシャトルバスのみならず、路線バスの減便や廃線、修学旅行用のバス確保にまで支障が出てきている。都市部か否かに関係なく問題は起こり、特に人口が少なく高齢化率が高い地域では生活面でも不便を強いられている。


また、バス運転手の労働条件改善と同時に、人件費や運行コストも上昇。Jクラブやスタジアムを管理する自治体がこの費用を負担する場合、財政的な問題も出てくるだろう。特に地方クラブではアクセス改善のための予算を捻出することは難しい。


試合日でもシャトルバスの本数を増やすことができず、運行頻度が減少するケースも実際に出てきている。これにより、スタジアムへの到着が遅れたり、帰宅時の混雑が悪化するのだ。




サポーターの観戦意欲に影響


このアクセスの悪化は、サポーターの観戦意欲にも影響を及ぼしてくる。Jリーグを初観戦した観客が、試合終了後にシャトルバスに乗るため大行列に並ぶ羽目になれば、「また来てみたい」と思うだろうか。これはクラブにとって重要な収入源である観客動員数の減少につながりかねない問題だ。


もちろん「安全第一」を否定するつもりはないが、この「2024年問題」は針を逆に振り過ぎたせいで起きた。この規制によって、時間外手当が減ったバス運転手は賃金を押し下げられ、タクシーや物流業界に転職する人材が相次ぐという皮肉な状況を生み、さらなる人手不足が深刻化しているという。


2030年にはバス運転手が3万6,000人不足するという試算も出ている。「もっと働いて稼ぎたい」運転手と、「シャトルバスを増やして観客を呼び込みたい」Jクラブや、「スタジアムへの足を便利にしてほしい」ファンの思いを阻んでいるのが、「2024年問題」がもたらした結果とはいえないだろうか。


ここ数年に竣工されたサッカー専用スタジアムの多くは鉄道駅近くにあり、バス要らずの便利さを誇るが、そんな恵まれたクラブばかりではない。


特に2002年の日韓W杯や、国体のために建設されたスタジアムは市街地から離れた郊外にあることが多く、バスによる来場が前提であることも多い。一部クラブは、タクシー会社やライドシェアサービスとの提携を進めることで、バス以外の選択肢を提供しようと模索しているが、それでも限界があるだろう。


バス業界の働き方改革というポジティブな目的から生まれたはずの「2024年問題」は、Jリーグのスタジアムアクセスはじめ、路線バスに頼る地方都市の交通網を脆弱にさせる新たな課題を浮き彫りにした。クラブや自治体がこの問題にどう対応し、またスタジアム来場者の声をどう反映させていくかが、今後の観客動員やリーグ全体の発展に影響を与えるだろう。特に地方クラブにとっては、限られたリソースの中でアクセスの利便性とコストのバランスを取ることが喫緊の課題となっている。

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