清武も獲得、欧州屈指の敏腕スカウトとセビージャの離別。約200億円の黒字生んだモンチ伝説

4月6日(木)10時19分 フットボールチャンネル

17年にわたりスポーツディレクターを務めあげたモンチ

 セビージャの敏腕スポーツディレクターとして知られるラモン・ロドリゲス・ベルデホ、通称モンチ。才能あふれる選手を比較的安価で補強し、売却時には高額の移籍金を得るサイクルを作り上げ、クラブに数多くのタイトルと多額の黒字をもたらした。昨夏には日本代表MFの清武弘嗣も獲得した敏腕スカウトだが、このたびアンダルシアのクラブを去ることになった。ここにその功績を振り返る。(取材・文:ロシオ・ゲバラ【セビージャ/マルカ】、翻訳:フットボールチャンネル編集部、協力:江間慎一郎)

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 モンチことラモン・ロドリゲス・ベルデホは、今週の8日土曜日に行われるデポルティボとの試合の際に、サンチェス・ピスファンのピッチ上に出たいとクラブに要請した。

 毎回の試合ごとに「サン・フェルナンドの獅子(モンチの愛称)」と彼へのコールを送るサポーターたちに別れを告げるためだ。ピッチ上には、彼の二人の子供たちであるアレハンドロとマリアが付き添うことになる。

 まずは選手として、続いて短期間のみクラブ役員として、そして17年間をスポーツディレクターとして、約30年間をセビージャに捧げてきた彼が一番の犠牲としなければならなかったのがその二人だった。

「別れの日を想像することはない。どのような形であれ、楽しいものにはならないからだ」

 サイクルの変化について尋ねられると、彼はいつもそう答えていた。GKとしては平凡な選手であり、セビージャで永遠の控え選手の域を出なかったモンチだが、彼はスポーツディレクターという仕事を再定義して新たなモデルを生み出してみせた。

 セビージャはその男を失うことになる。クラブには堅固な組織が築かれており、それは彼の遺産ではあるが、モンチというブランドがあるからこそ開かれる扉も多い。クラブはこれからそのブランド抜きで生きていく術を学ばなければならない。

 注目を浴び、主役になることを好むタイプではないが、彼には別れの舞台を用意される資格がある。セビージャで生き、セビージャのために生きてきた男だった。自分の名を中心に据えて巨大な怪物を作り上げることで楽しんできたし、苦しんでもきた。だが空気を入れ替えるべき時がきた。

9つのタイトルと2億ユーロ近い黒字

 モンチが1年間の休養を取るなどということはない。そんなことは不可能だからだ。もう随分前から彼は携帯電話の電源を切ってはいないし、15日以上の休暇を取ることもない。

 友人たちや家族、復活祭の聖週間やカディスのカーニバルは彼がバランスを取る助けとなっているが、それを離れれば1日24時間セビージャだけを呼吸している。その姿は現役時代よりも今のほうがよっぽどGKらしい。ジムに通うことも彼の逃避手段のひとつだ。舞台裏の人物であり、セビージャの8554番目のソシオでもある。

 彼の残す数字こそが、モンチを同業者たちの中でトップたらしめている。彼ほど小さなリソースで大きな成果を残せるものはいない。

 チームがプリメーラ・ディビシオンに復帰するため味わった苦しみをモンチは決して忘れない。緊張感は張り詰めていた。たとえば、昇格が懸かる最終節のマラガ対セビージャ戦ではコインを投げつけられピッチに崩れ落ちたこともあった。

 それでもチームは昇格を果たし、それが全ての始まりとなった。買うことと同じくらい売ることも重要な戦争経済の中で、期限付きでの選手獲得や下部組織に賭けることを通して、セビージャの離陸が始まった。

 17年間が経過し、セビージャは16回の決勝を戦って9つのタイトルを手にしてきた。UEFAカップ優勝が2回、ヨーロッパリーグ優勝が3回、コパ・デル・レイ優勝が2回、欧州スーパーカップとスペイン・スーパーカップ獲得が各1回。それが、モンチがスポーツディレクターとして残した成果だ。

 そして、2億ユーロ近い黒字。セビージャにとって驚異的な時期となったこの21世紀を通して、多くの選手たちや監督たちが入れ替わり、会長の交代さえもあったが、モンチという存在は不動だった。

最も完璧だった取引はダニエウ・アウベスの獲得

 最も困難な取引のひとつだったガメイロの獲得には涙を流した。最も完璧だった取引だと彼が言うのはダニエウ・アウベスの獲得だ(無名だった選手を80万ユーロで獲得し、3500万ユーロ+フェルナンド・ナバーロという条件で売却することになった)。デ・ヨングやファン・ペルシ、マルセロなど、あと一歩で逃した補強には悔いも残している。

 サッカーにおいても人生においても、彼が最も影響を受けた人物はビラルドだという。アルゼンチン人指揮官が率いていたセビージャにおいて、当時GKだった彼がベンチで監督の隣に座って丸々1シーズンを過ごしたのも無駄ではなかった。

 ビラルドが「踏め、あいつを踏め!」と叫んだ有名なエピソードの際にも、モンチはリアソールのベンチで監督の左側に座っていた。2人にはどこか共通している部分があり、どちらも全てをコントロール下に置くことを好んでいる。

 セビージャで人生の半分以上を過ごしてきたモンチには無数の逸話がある。

 チームメートとして過ごしたマラドーナとの関係もその一部だ。2人がセビージャの町中を歩いていた時、モンチはロレックスの模造品を腕につけていた(それ以上の余裕はあまりなかった)。

 ペルーサ(マラドーナの愛称)が彼に向けて「良い時計じゃないか」と言うと、モンチは模造品だと答えたという。「イビサ島で5千ペセタだったのさ」と。このことを忘れなかったマラドーナは、彼が再びフェイクの時計を身に着けずに済むようにカルティエを贈った。モンチは今でもそれを持ち続けている。

昨夏には日本代表MF清武弘嗣も獲得

 ジュリオ・バチスタに対しては、呼び名を変えさせたこともあった。「ラ・ロカ(岩)」と呼ばれていた彼のことを、モンチはある会見で間違えて「ラ・ベスティア(野獣)」と呼んだ。その呼び名が定着したバチスタは2シーズンで50ゴールを決めることになった。

 最初に獲得した選手はGKのアントニオ・ノタリオであり、最後に獲得したのはワルテル・モントーヤだった。今シーズンは清武弘嗣も獲得し、彼はセビージャで初めてチャンピオンズリーグに出場した日本人選手となったが、数ヶ月で去ることになってしまった。

 スポーツディレクターという仕事は運にも左右されるものだとモンチは言う。その仕事と手腕は、次に彼をローマへと導くことになる。

 フランスやイングランドからのオファーもあるが、彼が最も惹かれているのはイタリアのプロジェクトだ。48歳での新たな挑戦となる。心機一転してゼロからスタートし、もう一度限界を越えるための挑戦だ。それを可能とする者がいるとすれば、セビージャの夢を築き上げたモンチに他ならない。

 ネルビオン(セビージャの愛称)では一つの時代が幕を閉じる。彼はきっとまた戻ってくるだろう。血を忘れはしないものだ。だが今は、彼の不在があまりにも惜しまれる状況とならないことが願われている。

(取材・文:ロシオ・ゲバラ【セビージャ/マルカ】、協力:江間慎一郎)

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