失意のスペイン挑戦を振り返る中村俊輔「W杯落選と同じくらいの地獄」

4月10日(金)19時4分 サッカーキング

エスパニョール時代の中村俊輔 [写真]=Getty Images

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 横浜F・マリノスに所属する元日本代表MF中村俊輔が、11日に発売される『ワールドサッカーキング2015年5月 創刊10周年記念特別号 海外日本人プレーヤー 蹴球維新』内のインタビューにて、2009−10シーズンに所属したエスパニョール時代について語った。

 2009年6月、セルティックでの名声を引っさげて挑んだリーガ・エスパニョーラ。しかし現実は厳しく、リーグ戦13試合無得点と満足できる成績は残せなかった。失意のスペイン挑戦について中村は「失敗は許されない状況だった。何だかバカにされたまま帰るようで悔しかったけど、うまくいかなかった要因として自分がスペイン語を話せなかったのもいけない」と振り返り、「それまではプレーで納得させることでうまくやってきましたけど、そうじゃない時には言葉の問題も出てくる」と言葉や文化面で上手く適応出来なかったと分析している。

 高校以降はほとんどの場面で成功を収めていた中村にとっては、クラブで味わう実質初めての挫折であり「現地のテレビなんかでも『最悪の補強』みたいに扱われて…。そういう屈辱的な扱いをされたことが悔しいですね。でもサッカー人生にはいろいろあるし、W杯に出られなかった地獄に比べれば…いや、同じくらいかな。そのくらいエスパニョールでは悔しい思いをしました」と、2002年の日韓・ワールドカップで日本代表から落選して以来となる屈辱だったという。

 それでも、当時の苦悩については「あの経験があったから、俺はまだやれている気がする。そういう経験があったからこそ、もっとやりたいというか、うまくなりたいという気持ちを持ち続けられているんだと思います」と述べ、2013年に横浜FMで自身2度目となるJリーグ最優秀選手賞(JリーグMVP)を獲得できた要因になったと明かしている。

 11日に発売される『ワールドサッカーキング2015年5月 創刊10周年記念特別号 海外日本人プレーヤー 蹴球維新』内のインタビュー内では、過酷な環境でのプレーを強いられたレッジーナ時代や、チャンピオンズリーグでマンチェスター・Uを相手に直接FKを決めるなど大活躍を見せたセルティックでの4シーズン、過去のチームメートとの逸話などを赤裸々に語っている。

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