池江璃花子、笑顔の8日間。4冠達成で「能力はひとつも錆びていない」

4月13日(火)11時8分 Sportiva

「いずれは、自分の日本記録もしっかり狙っていけるかなと思います」

 池江璃花子(ルネサンス)は、前向きなコメントで怒涛の8日間を締めくくった。

 2019年2月の白血病公表から、闘病期間を経て20年8月に1年7カ月ぶりの実戦復帰を果たすと、そこからわずか8カ月で今回の日本選手権に出場。池江は8日間11レースを泳ぎ、出場した4種目すべてで優勝を飾った。彼女の精神力の強さや水泳選手としての素質を改めて認識する大会となった。


4種目目の50m自由形の入場では、気合い入ったガッツポーズを見せた池江璃花子
 復帰後から指導をしている西崎勇コーチとの大会前の目標はこうだった。

「一緒に練習を始めてからは、『東京五輪を目指そう』という会話は一回もしていません。もちろん五輪選考会にはチャレンジしようかという話は出ていましたが、日本選手権の出場権を取れた時は、一番に返り咲くことを目標にしました。大会直前の合宿からは、『笑顔を絶やさず練習をして、試合をエンジョイしよう』という目標を立てて練習をしていました」

 池江が出場したのは、100mバタフライ、100m自由形、50mバタフライ、50m自由形の4種目だが、この中で、非五輪種目の50mバタフライが復帰後の成績を見ても優勝できる可能性があり、そこを目指していたという。

 ほかの3種目に関しては「優勝できるとはまったく思わなかった」という状態。東京五輪出場の可能性があるとすれば400mフリーリレーだったが、その派遣標準記録は54秒42。このタイムは池江にとって「リレーメンバーになれる4位以内に入れるかどうか。派遣標準を切れるかどうか」というのが正直なところだった。

 しかし池江は、最初の種目だった100mバタフライから力強い泳ぎを見せた。予選を58秒86で2位通過すると、準決勝は58秒48まで上げた。3位での決勝進出だったが泳ぎはリラックスしていた。水と戦うのではなく、その間をスルリとすり抜けていくような柔らかさがあった。

 そのレースでは、最後の数mで腕が動かなくなっていたと明かした池江だったが、決勝では、後半ターンしてから抜け出すとそのまま逃げ切って、メドレーリレー派遣標準(57秒92)を上回る57秒77で優勝してリレー枠での五輪代表を内定した。

 池江は、涙が溢れてしばらくプールから上がれなかったが、競技を再開して誰にも勝てなかった時のことや、100mバタフライを最初に泳いだ時に「自分がこの種目で活躍できるのがまだ先のことなんだろうな」と考えたことを思い出していたという。

 日本代表の平井伯昌監督は「準決勝まではラストで腕が動かなくなっていたが、決勝で最後は無理をして掻かず、うまく伸びでタッチしたところは本当にすごいなと思った。彼女の力を出し切る能力はひとつも錆びていない」と評価。彼女の勝負勘や勝ちに対する執念が、派遣標準突破という結果につながった。

 池江の隣のレーンで泳いでいた同じ大学で1歳年上の長谷川涼香(日本大学)は、今回の100mバタフライをランキング1位で臨み、メドレーリレー代表の有力候補だった。だが、ゴール直後、池江に敗れたにも関わらず長谷川は、池江の優勝を満面の笑みで祝福していた。

 長谷川は3日後の200mで代表内定を果たすと、池江への気持ちを「一緒に五輪に行けるのがうれしい。100mバタフライはふたりでワンツーになれたのがうれしかった」とふりかえった。誰もが女子のエースである池江の復活を待ち望んでいたのだ。

 400mフリーリレーの選考も兼ねる100m自由形で池江は、100mバタフライ優勝での勢いそのままに、予選も準決勝も1位通過。特に準決勝の前半は予選より0秒75遅い27秒22で7位通過だったものの、折り返してから柔らかい泳ぎでスルスルとトップに立った。

「準決勝は練習ととらえ、前半を流して後半上げるというプランで、予選と同じくらいのタイムで泳げればいいと思っていた」と平然と話す。平井監督も「以前の調子が上がっている時によくやっていたレースを、久しぶりに見られてよかった」と舌を巻いた。

 個人の派遣標準の53秒31はまったく頭にはなく、目標はフリーリレーの派遣標準のみだったが、池江は「53秒台はマスト」と宣言して決勝に臨んだ。そして宣言どおり53秒98で優勝。そんな池江の復活に引っ張られるように、4位の大本里佳までが54秒3台でリレーメンバー即時内定、という結果につながった。

「リオ五輪の時は全員が派遣タイムを切ってない状態で行ったのですが、今回はすごくハイレベルな4人が揃ったなと思います」

 東京五輪の勝負へ夢を馳せた池江だが100m3本のダメージは大きく、一時は50m自由形を棄権するかギリギリまで迷った。だが翌朝泳いでみると「意外に体が軽いと感じた」と、予選と準決勝に出場。最終日には50mバタフライ2本と50m自由形1本あったが、「4冠を獲得する」という強い決意で挑み、見事にそれを達成した。

「50m自由形決勝の入場の時は、『やってやるぞ』という気持ちでガッツポーズをしました。目標は24年のパリ五輪というのは変わらないのですが、東京五輪出場はいい経験にもなると思う。五輪までにはもっと体力もつくと思うので、全力でチームに貢献して使命を果たしたい」

 2種目目の100m自由形までは常に笑顔を見せていた池江だったが、50m自由形の日からはアスリートの顔に変わっていた。平井監督もその雰囲気の違いを感じ取っていた。

「この8日間の選考会の中で、表情も見違えるようになって以前のアスリートという雰囲気になっていた。短期間でこれだけ戻してくるということは、(東京)五輪まで(の進化)もたいへん期待できると感じた」

 この日本選手権ですばらしい結果を残し、今後の活躍に期待がかかる池江。だがまずは、この8日間のダメージの回復が必要だろう。彼女の精神力や類い稀なる素質を示したことで、東京五輪を通過点とする復活へ向けての道筋が見えてきた。


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