【現地発】挑戦者カルデナスに“チャンス”はあるのか? 元世界王者が説いた井上尚弥戦で“世紀の大番狂わせ”が起きるシナリオ「井上は時々隙ができる」
2025年4月19日(土)7時0分 ココカラネクスト

かねてから井上を高く評価してきたアルジェリ。解説者として精力的に働く、彼はカルデナス戦をどう見ているのか。写真:杉浦大介
元世界王者が分析したカルデナスの“力量”とは
日本が誇る最強王者、ボクシングの世界スーパーバンタム級4団体統一チャンピオンの井上尚弥(大橋)が5月4日、ラスベガスのT-モバイルアリーナでラモン・カルデナス(米国)と対戦する。
井上にとって2021年6月のマイケル・ダスマリナス(フィリピン)戦以来となるラスベガスでの一戦。必然的に期待感は高まるが、かなり熱心なボクシングファンであっても、対戦相手のカルデナスについてはほとんど知らないという人は多いかもしれない。
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29歳のメキシコ系アメリカ人であるカルデナスの戦績は26勝(14KO)1敗。しばらくは無名の存在であり続けたが、過去3戦はすべて『ProBox TV(プロボックスTV)』という中規模のテレビ興行シリーズの枠内で実施。評価を高めた選手である。
この『ProBox TV』シリーズの解説者を務め、その成長を見守ってきた元WBO世界スーパーライト級王者クリス・アルジェリもカルデナスの力量を高く評価していた。
「非常に賢いボクサーだ。ボクシングIQは高く、自身の戦いをやり切るだけのエナジーもある。左右両方のパンチにパワーがある。左フックを得意とし、右パンチもいい。相手に巧み罠を仕掛けた上でそれらのパンチを打ってくる危険なボクサーだ。非常にリラックスしていて、落ち着いているから、彼のような相手と戦う場合には誰もが細心の注意を払わなければならない」
こうして表層上の戦力を誉めると同時に、アルジェリはカルデナスの姿勢、精神的な強さをも讃えていた。その根拠となっているのが、2月8日に行われた前戦。その時点ですでにWBAランキング2位に入っていたにもかかわらず、彼は20戦全勝(8KO)でIBF14位までランクを上げていたブライアン・アコスタ(メキシコ)との世界ランカー対決を承諾。この試合では相手の強打でダウンを喫しながら、3-0の判定で勝ち残ってランキング上位を守ったのだった。
「すでにランキング的にも好位置にいたにもかかわらず、それでも無敗のアコスタとのリスキーな一戦に臨んだ。あの試合では、時に苦しみながらも、カルデナスは実力を証明した。それによって井上との戦いを手繰り寄せたのだと私は考えている」
現役時代のアルジェリは、2014年6月にほぼ無名だったにもかかわらず、強豪ルスラン・プロポドニコフに番狂わせの判定勝ちで世界王座になった。そこで選手人生が一変し、翌年には6階級制覇王者マニー・パッキャオとのビッグファイトにまで辿り着いている。
アルジェリは自身と同様、巨大プロモーターの支えなしに、“冒険ファイト”を避けずにビッグファイトに到達したカルデナスに好感を抱いているのかもしれない。

圧倒的なパワーとテクニックを誇る井上。現階級で異彩を放つ天才の牙城が崩れる可能性はあるのだろうか。(C)Lemino/SECOND CAREER
「井上は井上だ。彼が“モンスター”と呼ばれるのには理由がある」
もっとも、引退後は非常に聡明かつ公平な解説者として好評を博しているアルジェリは、井上戦でカルデナスが優位だと考えているわけではない。試合予想を問うと、やはり“モンスター”のKO勝ちを推した。
「カルデナスは大舞台に立つのに相応しいだけの実力を持っているとは思う。しかし、井上は井上だ。彼が“モンスター”と呼ばれるのには理由があり、ワールドクラスで、あまりにも多くの経験を積んでいる。結局は井上が井上らしさを見せるのだろう。おそらくはKO決着。特にカルデナスがアコスタにダウンを奪われシーンを思い返せば、そう感じずにはいられない」
アルジェリの言葉にもある通り、カルデナスは派手さこそなくとも安定感を備えたオールラウンダーだ。ジャブ、右ストレートはシャープであり、中でも得意パンチの左フックは綺麗な軌道で飛翔する。正当な実力派であり、いずれ世界王座に辿り着いても不思議はないボクサーのように思える。しかし———今回は相手が悪すぎる。
確かにカルデナスはよくまとまっている。だが、いまや世界最高級のボクサーとして認められるようになった井上を脅かすほどのスケール感があるようには見えない。特にこれまで述べてきた通り、アコスタ戦でのカルデナスは強烈な左フックを浴びてダウンを喫した。前哨戦で脆さを曝け出しているようでは、モンスター撃破は難しいと大方の関係者に考えられても仕方ないのだろう。
それでは“世紀の大番狂わせ”を起こすために、カルデナスは何をすべきなのか。「モンスターの攻略」は難しいが、アルジェリは可能性がゼロではないと考えているようだった。そのためのシナリオとは、以下の通りである。
「カルデナスは時に考えすぎて後手に回ってしまうことがあるが、井上戦では積極的に攻めなければいけない。 それを賢明な形でやる必要がある。井上は素晴らしい技術を持っているが、時々攻撃的になりすぎて、隙ができる。カルデナスはその瞬間を見つけ、適切なタイミングでパンチを打たねばならないだろう。難しいが、チャンスがまったくないわけではないとは思う。井上もルイス・ネリの左パンチでダウンを喫したことがあるし、カルデナスにはパンチ力はあるのだから」
井上の爆発的なパワーパンチで致命的なダメージを負わないように気を配りつつ、バランスよく攻め、一瞬の隙をついて強打をカウンターで打ち込む——。それは非常に困難な作業には違いない。その可能性が高いとはもちろん言えないが、少なくともカルデナスには技術の下地、十分なパワー、そして格上相手でも本気で勝ちにいくだけの気概はある。
常に冷静なアルジェリが29歳の挑戦者を買っているのは、『ProBox TV』シリーズで育った選手だからというだけではあるまい。結局は井上の圧倒的なKO勝ちが濃厚だとしても、カルデナスにはいくつかの危険な武器があることは認識されてしかるべきである。
[取材・文:杉浦大介]