サッカーのルール変更の歴史。アウェイゴール、キックイン、オフサイド…
2025年4月25日(金)18時0分 FOOTBALL TRIBE

現在サッカーの試合において定着した「5人交代制」(従来は3人まで)は、元々はコロナ禍で一時的に導入されたものだった。2020年に恒久化されると、選手の体調に合わせたプレータイム管理が容易となり、監督にとっても戦術的柔軟性が増し、特に後半の逆転に繋がるための「3人同時交代」も珍しくなくなった。その結果、サッカーのエンターテインメント性が向上したといえるだろう。
サッカーのルールは時代と共に進化し、試合をエキサイティングなものにするため、数多くの変更が加えられてきた。ここでは、歴史的なルール変更の中でも特に影響が大きかったものを中心に紹介し、その背景と影響を示していきたい。

アウェイゴールルール(1965年導入、2021年廃止)
アウェイゴールルール自体は1965年に生まれたもので、ワールドカップ(W杯)予選プレーオフでも採用されていたが、その知名度が一気に上がったのは、欧州チャンピオンズリーグ(CL)などUEFA(欧州サッカー連盟)主催の大会で採用された2004/05シーズンだ。
決勝トーナメントにおいて、ホーム&アウェイを終えた末に同点で終わった場合、アウェイでの得点を2倍として決着を付けるこのルール。延長戦を減らし、少しでも選手の体力的負担を少なくするために採用され、攻撃的なサッカーを促す狙いもあった。
このルールは多くのドラマを生んだが、年を重ねるうちに“対策”してくるクラブも現れる。
例えばアウェイの第1戦で点を取り合った末にドローで終えたチームが、第2戦を迎えたケースで、ホームゲームにも関わらず“ドン引き”し、スコアレスドローを狙う事象が目立つようになった。特に、守備に特長のあるイタリア、セリエAのクラブにおいてこの傾向は顕著で、欧州カップ戦においては強さを発揮したが、大一番で“凡戦”を見せられたホームの観客からは不興を買った。そして、得点が求められる場面での攻撃の迫力を欠くことにもなり、その結果、イタリア代表は2大会連続でW杯出場を逃すことにも繋がってしまう。
Jリーグでもルヴァン杯で同ルールが採用されたが、2021/22シーズンにルール改定が行われ、UEFA大会でのアウェイゴールルールが撤廃されると、日本も追従しこのルールは世界から消えることになる。
導入当初は「妙案」ともてはやされたが、皮肉なことに「得点を奪う」ことよりも「失点を防ぐ」ことに重きを置く傾向を促す結果となってしまった。UEFA会長のアレクサンデル・チェフェリン氏は「アウェイチームに大きなアドバンテージとなる失点を恐れるあまり、特に第1戦のホームチームに対して攻撃を思いとどまらせている。このルールのインパクトは本来の目的と逆行している」と述べた。
ルール廃止後は、アウェイチームのプレッシャーが減り、オープンな試合展開が増えた。特に第2戦で点の取り合いが増えたことが、その効果を証明しているだろう。

キックイン(1993年導入、同年廃止)
FIFA(国際サッカー連盟)が実験的に導入したキックイン(試合を再開する際に用いられるスローインをキックで行う)は、フットサルやビーチサッカーでは一般的なルールだが、これを11人制サッカーで採用する試みがなされたのは、日本で開催された1993年のワールドユース(現FIFA U-17世界選手権)だった。
その狙いはサッカーをより攻撃的にするというものだったが、日本代表はじめ多くのチームが採用した戦法は、その狙いと逆行するものだった。キッカーが決まっていたことで、ボールがサイドを割る度、試合が止まってしまう時間が長くなってしまったからだ。
この大会でU-17日本代表は、小嶺忠敏監督(2022年死去)の下、イタリア代表とスコアレスドロー、メキシコ代表を2-1で下し、グループ2位で決勝トーナメント進出。決勝T1回戦でナイジェリア代表に敗れた。
後に日本代表を支えることになるMF中田英寿(当時韮崎高校)、DF松田直樹(当時前橋育英高校)、DF宮本恒靖(当時ガンバ大阪ユース)、DF戸田和幸(当時桐蔭学園高校)といったメンバーに加え、エースに君臨していたのは、グループリーグ戦3戦全てでマン・オブ・ザ・マッチに選ばれ、大会ベストイレブンにも選出されたMF財前宣之(当時読売クラブユース)。中田氏をして「天才過ぎて近付けなかった」と語るほどの活躍ぶりを見せた。
ボールがサイドを割る度に財前が蹴りに行き、長身FW船越優蔵(当時国見高校、現U-20日本代表監督)目掛け、ロングボールを放り込む戦術が採られたのも自然な流れだろう。
この大会でポジティブな結果が得られれば、FIFAは1994年のW杯アメリカ大会終了後にキックインを正式ルールとして採用する方針だったという。しかし、観戦した日本のファンからも世界からも、このルールに対し否定的な意見が多く、この大会のみでキックインルールはお蔵入りすることになる。
しかし時は経ち、現在のサッカーはロングスロー全盛だ。中にはハーフライン近くからゴール前にボールを投げ入れる“遠投力”を誇る選手もいる。DFの立場からすると、足で蹴り込まれたFKよりも、スローインのボールをクリアする方が難しいという。ボールそのものの勢いが異なるからだ。
逆にキックインが採用されていたとすれば、スローインが戦術に組み込まれることはなく、プレー時間が減るだけではなく、ボールの蹴り合いに終始する単調なスポーツとなってしまったのではないだろうか。

オフサイド(1863年導入、1925年改正)
19世紀のイングランドで誕生したフットボール。当時は各地のパブリックスクールで各々のローカルルールで試合が行われていた。
1863年、ルールの統一のためにロンドンで会議が開かれた。しかし、「手を使うことを認めない」と主張するイートン校と「手を使うことを認める」と主張するラグビー校との間で話し合いは決裂。この結果、イートン校を中心としたパブリックスクールの間でフットボール・アソシエーション(FA)が設立され、彼らは、1848年に制定された「ケンブリッジルール」を元に、FA式のルールを制定した。
これが「サッカー」の誕生で、もう一方は「ラグビー」と銘打ち、別の球技として進化していくことになる。早大や東大のサッカー部が「ア式(アソシエーション式)蹴球部」と称しているのはこの名残だ。
オフサイド(攻撃側の選手が相手チームのゴール前で待ち伏せすることを防ぐために定められたルール)は、初期の頃、選手がボールより前にいれば反則という厳格なルールだった。それはラグビーに近いもので、攻撃が極めて制限され、ゴールがなかなか生まれないという問題が生じた。
1925年に緩和され、相手DFラインを越えた場所に2人以上の選手が必要となり、結果、サッカーが攻撃的となりゴール数も増加。現代サッカーの基礎が築かれた。FWの動きが試合の流れを左右するようになり、戦術の多様性が向上。「トータルフットボール」なる戦術も誕生し、それに対応するための守備戦術「オフサイドトラップ」も生まれた。
そして2022年、オフサイドのルールが大きく改正される案が示された。現行のルールでは、攻撃側の選手の体が一部でもオフサイドラインより前に出ていれば反則となる。一方で検討されているルールでは、攻撃側の選手の体が一部でもオフサイドラインより後ろに残っていれば反則とはならないという。
すなわち、「オフサイドラインより前に少しも出てはいけない」から「オフサイドラインより後ろに少しでも残っていればOK」に変わるものだ。この変更は、より攻撃側に有利となり、より多くの得点が入る変化が期待されている。FIFAの試算によると、得点数が50%増加すると分析されている。

GKへのバックパスルール(1992年導入)
GKへのバックパスルールは、フィールドプレイヤーからGKへのパスに関して、GKが手で扱えないというもので、2つの場面で適用される。1つは、フィールドプレイヤーが足で意図的にボールを蹴った場合、もう1つはフィールドプレイヤーがスローインでボールを戻した場合だ。
GKが味方からの意図的なバックパスを手でキャッチすることを禁止したのは、1980年代、守備的なチームが1点のリードを守り切るため、バックパスを繰り返して時間を浪費する戦術が問題視されたことがきっかけだ。
このルール改正がきっかけに、GKも足元の技術が重要になり、ビルドアップ戦術が確立した。ボール扱いの下手なGKが徐々に淘汰された一方、ロングフィードが得意なGKは重宝され、試合のテンポも向上し、サッカーそのものの発展に繋がった。
副産物として、自軍ゴール前からドリブルを開始し攻め上がっていく元コロンビア代表のレネ・イギータ(2010年引退)や、フリーキックで得点を重ねる元パラグアイ代表ホセ・ルイス・チラベルト(2004年引退)のようなキック自慢のGKも誕生した。
GKチラベルトは、アルゼンチンのベレス・サルスフィエルド所属時代(1991-2000)、1994年のリベルタドーレス杯を制し、同年、国立競技場で行われたトヨタカップではACミラン(イタリア)を2-0で完封し、チームを世界一に導いている。

ゴールライン・テクノロジー(GLT/2012年導入)ビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR/2018年導入)
現在進行形でサッカーを根底から変えようとしているものが、VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)判定の採用だ。そしてその前段として採用されたのがGLT(ゴールライン・テクノロジー)と言ってもいいだろう。
シュートがゴールラインを超えたかどうかをカメラで判定するGLTが採用されたきっかけは、2010年W杯南アフリカ大会決勝トーナメント1回戦、ドイツ代表対イングランド代表で起きたMFフランク・ランパードの幻のゴールだった。
イングランドの1点ビハインドで迎えた前半38分、ランパードが放った力強いミドルシュートはクロスバーに当たりゴールラインを越えたように見えたが、バックスピンが掛かり、フィールド側に戻ってきたボールをドイツ代表GKマヌエル・ノイアーがキャッチ。レフェリーは得点を認めず、この“誤審”によって集中力を失ったイングランド代表イレブンは失点を重ね、1-4で惨敗した。
こうしたケースはこの試合以外でも度々起こっており、誤審防止のため、科学的判定の導入を求める声が高まると、2012年12月に日本で開催されたFIFAクラブワールドカップで、「ゴールレフ」という磁気誘導システムと「ホークアイ」という映像システムを併用したGLT判定が採用された。
これに続くように、主審が下した判定を補完する意味で導入されたのがVARである。複数回の試験導入を経て、2018年から公式ルールとなり、2018年のW杯ロシア大会で採用され一気に世界へ広がった。日本でも2019シーズンのルヴァン杯準々決勝と2020シーズンのJ1開幕戦で試験的に導入された上で、2021シーズンからはJ1リーグ、スーパー杯、ルヴァン杯プライムステージ、J1参入プレーオフを対象に導入された。
VARが発動されるのは「ゴールか否か」「オフサイドか否か」「PKか否か」「イエローカード、レッドカードの対象者の確認」に限られているのだが、まだルールの周知が行き届いていないせいか、得点とは関係ない場面でのファウルに対しても「VARだ!」と観客から叫ばれる場面も未だに聞かれる。また、判定の正確性が向上したが、試合の流れが中断され、微妙なオフサイド判定への不満も生じた。
かつては“誤審もサッカーの一部”とされる風潮もあったことは事実で、実際、1986年W杯メキシコ大会のアルゼンチン代表対イングランド代表戦でのMFディエゴ・マラドーナによる「神の手」ゴールといった誤審による伝説も生まれている。
また逆に、2022年のW杯カタール大会で日本代表がスペイン代表を相手に逆転ゴールを決めた際、MF三笘薫がゴールラインぎりぎりでボールを折り返し、MF田中碧の得点に繋げた「三笘の1ミリ」のような“VARによって生まれたドラマ”も存在する。
サッカーの“人間らしさ”を残しつつ、最先端技術とのバランスが、これからのサッカー界の課題となりそうだ。
以上に挙げたルール変更は、サッカーの競技性やスポーツとしてのエンターテインメント性、戦術の進化に大きな影響を与え、攻撃と守備のバランスを調整し、公平性を高めただけではなく、試合のドラマ性や議論の余地を生み、サッカーを世界的な話題とすることに貢献した。さらに度重なるルール変更は新しい戦術を生み、サッカーをより知的なスポーツに押し上げている。
サッカーのルールは国際サッカー評議会(IFAB)が管理し、毎年見直されている。これらの改正は試合の魅力度、戦術の進化を反映しており、歴史を通じてサッカーをよりダイナミックなスポーツに進化させてきた。
しかしながら、「これが完成形」というものはない。時代ごとに試合時間の有効活用やプレーの流動性を高めるため、例えばキックインのような、かつて失敗に終わったルールの再導入を検討しているという。2020年代後半に新たなルールが導入される可能性もあるのだ。こうしたサッカー界の変化も注視して見ていきたい。