「別人になるかもしれない」――ネリの減量成功は奇跡とすら 井上尚弥との東京D決戦に挑む悪童に見た“死ぬ覚悟”
2024年5月6日(月)6時0分 ココカラネクスト
まさに「ネリ狂騒曲」——。翌日に井上尚弥(大橋)とのボクシング世界スーパーバンタム級4団体統一タイトルマッチを行う挑戦者ルイス・ネリ(メキシコ)の前日計量は、そんな物々しい雰囲気の中で進められた。
29歳のメキシカンの一挙手一投足を記者陣のみならず、関係者たちも固唾をのんで見守った。無理もない。2018年にWBC世界バンタム級タイトルマッチとして山中慎介と対戦したネリは1.36キロもオーバー。王座から失墜するとともに、日本ボクシングコミッション(JBC)から日本での活動停止とライセンス申請の剥奪という処分を科されていた。
【動画】関係者たちも「怖かった」と漏らす睨み合い! 井上とネリのフェイスオフ
はたして今回の結果は54.8キロ。リミットを500グラムも下回った。これには会場のネリ陣営から大きな拍手が起きるとともに、記者陣からは「落としすぎじゃないか」という声も漏れた。井上陣営の大橋秀行会長も「ある意味、減量失敗じゃないかと思いましたけどね」と思わずジョークを口にしたほどだ。関係者によると、計量直後こそ舞台裏でコーラをがぶ飲みし、ショートケーキを2個、さらにフラペチーノに、桃の缶詰をドカ食い。早くもリカバリー(!?)に徹する振る舞いを見せていたという。
もっとも、周囲の喧騒をよそに、決戦に向けた緊張感を高め、かつてないほどの集中力を保っているようにも見えた。フェイスオフでは20秒間に渡って井上との視殺戦を展開。多くのメディアで殺気立っていた王者の振る舞いがクローズアップされたが、まんじりともしなかったネリのたたずまいも印象的だった。
「死を覚悟して戦いに挑む。勝者になると確信している」
前日の会見でそう強い言葉を口にしたネリ。会見中にガムを噛み、ふてぶてしい態度こそ見せたが、終了間際にはサングラスを外し、自ら井上に手を差し出してガッチリと握手。そうした振る舞いに、9年前のような粗暴さは見られない。
ともすれば、「悪童らしくない」振る舞いと言える。だが、今回の一戦で10億円以上とも言われる莫大なファイトマネーの獲得が見込まれているネリだけに、淡々とした行動の数々は「何としても試合を成立させなければいけない」という想いの表れなのかもしれない。
実際、ここまでの調整ぶりは見事だ。今年1月には故郷ティファナを離れ、米テキサス州で強化合宿を開始したネリは、ゴングまで2週間となった今月21日に来日。日本の環境に馴染むべく、準備を重ねてきた。
こうした準備そのものが以前のネリでは考えられなかった。
二日酔いに悩まされた山中戦

日本ボクシング史の「汚点」となった山中戦からネリはふたたび声価を高めてきた。(C)Getty Images
今年1月に母国のポッドキャスト番組『Un Round Mas』に出演した際には、体重管理に関する信じがたい行動を明かす一幕があった。過去の自身を「俺はいつも食生活に問題を抱えていた」と明かした29歳は、体重超過を犯した山中戦の舞台裏も激白していた。
「ヤマナカとの2戦目も日本に向かう15日ぐらい前まで友だちと喋り倒して、気がついたら午前3時、4時という毎日だった。もちろんトレーニングは続けていたけど、始めると二日酔いに悩まされていた」
波紋を呼んだ山中戦から約3年後に挑んだブランドン・フィゲロア戦でも戦前に偏食癖を改められず、父親から「そんなクソみたいなことはすぐにやめろ」と雷を落とされていたと言うネリ。無論、減量はボクサーの宿命であり、義務。遵守するのは当然であり、山中戦の度重なる規律違反は言語道断だ。それを大前提として、彼の過去を考えると、今回の500グラムアンダーは奇跡とすら思えてくる。合わせてくれて本当に良かったという気持ちも沸く。
4日の試合前会見でネリは、井上を不必要に煽る素振りも見せず、「KOで倒す」と語るにとどめ、己に矢印を向け続けた。ここでも挑発的な言動を繰り返してきた背景から「拍子抜け」と感じる人はいるかもしれないが、筆者には「死」と語る男の覚悟が、興味深く映った。
とはいえ、対峙する相手は「史上最高」と評される偉才だ。どれだけ努力を重ねようとも越えられない壁として立ちはだかる可能性は大きい。筆者も心身ともに充実の一途をたどる井上の勝利は揺るぎないと考える。
だが、ネリ陣営からも「別人になるかもしれない」と太鼓判を押されるネリが、日本ボクシング史を変える至高の舞台で、どう振る舞うのか。下馬評こそ一方的だが、“狂騒曲”の結末は見逃せない。
[文/取材:羽澄凜太郎]