「産みの苦しみ」がドラマを生む——2000本安打達成者たちの言葉

5月6日(日)11時39分 フルカウント

阪神・金本監督は王手から18打席無安打「ちょっと、じらし過ぎましたかね」

 5月4日までに通算安打数を1999本としたソフトバンク内川聖一は、5日に行われたヤフオクドームでのオリックス戦に「4番・一塁」で先発。第1打席は二ゴロに倒れたが、第2打席に右前打を放ち、1999安打とした。

 内川は5月2日のロッテ戦で2安打して「あと2本」としたが、以後、一直、二ゴロ、投ゴロ、三振、三振、二ゴロ、遊ゴロ、遊ゴロ、二ゴロと9打席凡退。打球は外野にも飛ばなかった。まさに「産みの苦しみ」。過去の大打者、安打製造機たちも、2000本安打に際しては、ずいぶん苦しんでいる。

「あと1本」まで迫ってから、18打席安打が出なかったのが現阪神監督の金本知憲だ。2008年4月6日の巨人戦で安打を打ってから4試合にわたって安打が出なかった。この間、打率は.407から.289に急降下している。4月12日に横浜スタジアムでの横浜戦、7回表に寺原隼人から右前打を放ち、ようやく長いトンネルを抜けた。

 試合後のインタビューでは「ちょっと、じらし過ぎましたかね、はい。すみません。僕は意外と長く感じなかったんですけれど、1日も早くという気持ちはすごいあったんですけれど(新井貴浩の1000本安打達成と同じ試合になって)。キモイっすね」と冗談を交えて語っている。

 小久保裕紀は、1999安打目を2012年5月23日に広島との交流戦で記録したが、翌日から故障のため試合を欠場。1か月ぶりに出場した6月24日のヤフードームでの日本ハム戦で、4回裏にウルフから中前打して達成。「(ファンには)“待たせすぎやろ”と言われるくらい待たせてしまいました。福岡で決められたことが何よりもうれしい。歓声のあまりのすごさにウルウルきました」と話した。

落合氏はオレ流コメント「2日続けて嘘をつくのはまずいからな」

 宮本慎也は同じ2012年5月1日に3安打し、1999安打としたが、5月3日のDeNA戦では安打が出ず。5月4日の神宮球場での広島戦、2回裏に福井優也から中前打で達成した。たった1試合無安打だっただけだが、本人は悩んでいたようで、「全然ヒットが出なくて、正直、もう1本も打てないんじゃないかと思ったこともありました。ホッとしました。その一言に尽きます」と語っている。2000本安打は、達成した人にしかわからないプレッシャーがあるのだ。

 落合博満は、あと1安打になった1995年4月13日、翌14日の阪神戦で2000本安打を達成すると宣言したが、この日は安打は出ず。15日に東京ドームでの阪神戦で、6回裏に久保康生から左越ソロ本塁打でクリアした。「もういいぞ、苦労したぞ。2日続けて(2000本安打を打つと)嘘をつくのはまずいからな。45歳まではできる」と話した。

 2004年、清原和博は2000本まであと18本と迫って開幕を迎えたが、ヤクルトからペタジーニが移籍してきて一塁で併用されたため、出場機会が減る中での達成だった。6月4日、神宮球場でのヤクルト戦で1回表にべバリンから中前打で達成すると、「18本が180本にも感じていた。一発の男らしく、本当は左翼席への豪快な本塁打で決めたかった。でも、打撃の基本はセンター返し。そういう意味では、2000本にして原点に戻った感じです」と謙虚なコメントをした。

 中には、立浪和義のように2003年7月4日の巨人戦で2安打して1997本とし、翌日の同じカードで3打数3安打して達成するなど、産みの苦しみを知らない大台突破もあった。「大きな怪我なくやってこれた。勝ち試合で打ててうれしい。今日で3本打つ強い気持ちだった。重圧はなかった」と、クールなコメントを残している。

 NPBの誇る安打製造機・内川聖一は大台をクリアした際、どんな言葉を残すだろうか。(広尾晃 / Koh Hiroo)

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