「豪州戦」。万雷の拍手で迎えられたハリル。欧州の背中が見えるも消し去られた一戦【日本代表平成の激闘史(1)】

5月13日(月)10時0分 フットボールチャンネル

会心の勝利だった豪州戦

 記者会見場に日本代表のヴァイッド・ハリルホジッチ監督が入ってきたとき、報道陣は万雷の拍手で出迎えた。ロシアワールドカップ出場を決めたこと、またその一戦で見せた完璧に近い試合内容への率直な感想だった。

 平成29(2017)年8月31日のロシアワールドカップアジア最終予選。オーストラリアと対戦した日本代表は2-0で勝利し、ロシア行きを決めた。これまでワールドカップアジア予選で勝利したことのなかったオーストラリアに完勝したことは特筆すべきことだ。

 だが、ハリルジャパンを取り巻く環境は順風満帆とは言い難かった。

 それまでハリルホジッチ監督には内外から批判が噴出する状況にあった。一部の選手たちは起用法や戦術への不満を協会関係者や報道陣に漏らし、それは間接的に本人に伝わった。

 また、ハリルジャパンは最終予選をグループ1位で突破したのにもかかわらず、メディアによる「解任論」は指揮官が実際に解任されるまで色濃く残った。欧州基準の高いレベルでの戦術は理解されにくく、もどかしさと言えば聞こえはいい方で、「こんなこともわからないのか」という諦めすら感じられた。

 さらに追い打ちをかけるような事態も起きる。ワールドカップ出場のかかった大一番を前にスタメンが漏洩。意外とも言えるメンバーは、指揮官が練りに練ったオーストラリア対策のための人選。これまでもスタメンはダダ漏れ状態ではあったが、この試合まで漏れたとあっては、流石に同情したくなる。

 会心のオーストラリア戦後、一度は記者会見場に顔を見せたハリルホジッチ監督だったが、「家族の問題」を理由に質疑応答を拒んだ。振り返れば、指揮官への厳しい状況もそうさせたのではないかと思う。

ハリルが出した答え

 試合開始約1時間前。スタメンが明らかになると、やはり前日に漏れていたメンバーとほぼ一緒だった。中盤は長谷部誠山口蛍井手口陽介。前線は大迫勇也乾貴士、浅野拓磨。本田圭佑、香川真司の2人がベンチスタートとなる、意外と言っていい陣容だった。

 指揮官の狙いは、試合開始とともにすぐにわかった。従来と異なりパスをつないでくるオーストラリアに対し、ボール奪取に優れた3人を中盤で起用することで、相手ボランチを封じる。また、乾と浅野は前線で深さを出し、オーストラリアの3バックの脇をついた。

 ボール支配率こそ約40%だったが、オーストラリアは攻撃の形がままならず、日本は少ないチャンスでゴールに迫った。日本のシュート数は18本、オーストラリアのそれは6本と数字上でもはっきりと日本優位が出た。

 日本代表がこれほど明確なゲームプランを遂行し、完勝した試合はそれほど多くない。個の力で圧倒するわけでも、格上相手にベタ引きするわけでもなく、同等の相手に戦術的に上回って勝利を得たことは、日本サッカー史にとってエポックメイキングと言えるのではないか。

 ハリルホジッチ監督にとっては、批判も多いなかでアジアのライバルをねじ伏せたことは、自身に突きつけられたクエスチョンへの最高のアンサーだったはずだ。欧州の中堅国あるいは中堅クラブが当然のように持っている戦術上の引き出しをようやく日本代表も手にした——そう感じさせた一戦だった。

 ワールドカップで、格上相手に対してハリルジャパンがどう戦っていくのか道筋が見えた、日本サッカーにとっても重要な勝利となった。ところが、この試合の価値は無残にも消し去られることになる。

未だ釈然としないハリルの解任

 会心の勝利を手にしてなお、ハリルホジッチ監督への批判は収まらなかった。11月の欧州遠征ではブラジルとベルギーに連敗。12月のEAFF E-1 サッカー選手権で韓国に1-4と惨敗して優勝を逃すと、解任論は徐々に高まる。

 そして、平成30(2018)年3月の欧州遠征ではマリに引き分け、ウクライナに敗れると、その翌月、突如として解任された。選手らとの「コミュニケーションの問題」、そして「このままでは勝てない」というのが主たる理由だった。ロシアワールドカップ開幕まであと2ヶ月に迫ったタイミングでの大博打だった。

 何をもってハリルホジッチ監督ではワールドカップを勝てないと判断したのかは、未だに釈然としない。ブラジルとベルギーは明らかに日本より格上で、E-1は国内組のみの実質“B代表”。3月の遠征も、調整の最後の仕上げだ。加えて負傷者続出で指揮官が望むメンバーを招集できなかった。

 また、ワールドカップで対戦するコロンビア、セネガル、ポーランドは日本より実力が上のチームで、誰が監督をしていたとしても厳しかったはずだ(もちろん本大会で結果を出した西野朗監督の手腕は称賛されるべきだ)。

 不可解な解任をめぐっては裁判沙汰にまでなった。約1年続いた裁判は、平成の終わりにハリルホジッチ監督が訴訟を取り下げたことで終結した。時代は令和になり、日本代表も新しい道を進んでいる。だが、ハリルホジッチ監督が日本サッカーに残してくれたものを忘れてはならない。とりわけ、欧州の背中が見えた、あのオーストラリア戦は次世代に語り継ぐべき、貴重な一戦だった。

(文:植田路生)

【了】

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