「僕個人よりも、F・マリノスのため」に…宮市亮が誓うアジア制覇での“恩返し”
2024年5月13日(月)12時39分 サッカーキング
そこからは怒涛の攻めを仕掛け、前半だけで14本ものシュートを放ったが、どうしてもゴールをこじ開けられない。後半も15分が経過して、0−1のまま。じっとベンチ前から見守っていたハリー・キューウェル監督も何かを変えないといけないと感じたのだろう。このタイミングで喜田拓也とエウベルを下げ、渡辺皓太と宮市亮を2枚替え。攻撃のギアを一気に上げようと試みたのだ。「幅を取ることと裏への動きを要求されたので、まずそのチームとしての約束事に立ち返った。僕がやれるのはそういうところなので、そこから流れができたらいいなと思って入りました」と背番号23をつける快足ウインガーは目をギラつかせた。
ピッチに立った宮市がいきなり見せたのは左サイドの突破。相手右SBのアブドゥル・トラオレがタフな相手で、エウベルもかなり手を焼いていたが、2人の駆け引きで体力が奪われた分、宮市が入った時には1対1で突破しやすくなっていた。迎えた26分、左タッチライン付近にいた背番号23がドリブルで中に切れ込み、アンデルソン・ロペスにパス。彼が逆サイドに展開し、ヤン・マテウスが精度の高いクロスを蹴り込んだ瞬間、植中朝日がスルスルと中に侵入し、打点の高いヘッドをお見舞い。待望の同点弾が生まれたのだ。「後悔したくはなかったので、自分で打てるところはどんどん打っていこうと決めていました」とパリ五輪世代の背番号14は毅然とした表情で語っていた。
この一撃でスタジアムの雰囲気はヒートアップ。勝利への気迫が横浜FMの選手たちに乗り移った。そして後半41分に劇的な瞬間が訪れる。またも右のヤン・マテウスが中にクロスを入れたのが始まりだった。これに反応したのが宮市。目の前にロペスがいたが「ボールの勢いを見て、自分が結果の蹴った方がいいと思って、『OK』と声をかけました」と右足ボレーを選択した。これがコースに飛ばずにDFとGKの間に飛んだところに、抜け出したのが渡辺。彼の右足シュートがネットを揺らし、VAR判定の末に認定。横浜FMは2−1で勝利し、最高の状態でアル・アイン決戦に乗り込めるようになったのだ。
渡辺、榊原慧悟らを含め、ベンチスタートの「ゲームチェンジャー」が試合の流れを変え、勝利を引き寄せたのは事実。宮市も鳥肌が立つような雰囲気の中、自らのタスクを確実に遂行。自らの存在価値を改めて実証したのである。「僕は今までいろんなクラブでプレーしてきましたけど、ACLの決勝という舞台の緊張感や勝利への熱気というのは全く違った。『ここで優勝を成し遂げないといけない』という責任感も強く覚えました」と宮市は大舞台のピッチに立てたことに感無量だった様子。2年前のE-1選手権・韓国戦で右ひざ前十字じん帯損傷の重傷を負い、選手生命を断たれてもおかしくない状況まで至ったことを考えれば、信じられないという感情もどこかにあったのだろう。
「マリノスは僕にとって最初の日本のチームですし、このクラブに支えてもらってきた。その恩が物凄くあります。それを返せる方法はタイトルを取ることしかない。このACLは僕個人よりも、マリノスのためのも。これを取るか取らないかでクラブの未来が大きく変わる。僕はその責任を担っているんで、そういう気持ちで戦っています」と彼は改めて神妙な面持ちでコメントしていた。
確かにこの2年間を振り返ってみれば、壮絶なリハビリや想像を絶するほどの負担の大きなトレーニングを支えてくれたのは、チームの指導者やトレーナーらスタッフ、そしてチームメートたちだった。負傷直後の鹿島アントラーズ戦で激励のメッセージを掲げて応援してくれたサポーターの存在も非常に大きかった。そういったマリノスファミリーのために、宮市が今、できるのは、本当にアジア王者に立つための大きな仕事をすること。それしかない。いい意味での割り切りが彼からは色濃く感じられるのだ。
「次は中東での試合で、また違った独特な雰囲気があると思いますし、それは僕も経験したことはない。でも、本当に最後ですし、ここまで紆余曲折の中、みんなで勝ち上がってきたので、チーム全員で一瞬一瞬を楽しみたい。僕はそう思います」
アーセナルやフェイエノールトといった名門を皮切りに、トゥウェンテやザンクトパウリといったクラブを渡り歩いてきた宮市もACL制覇は未体験。長く苦しかったサッカー人生を経て、アジアの頂点に立つこの男の姿をぜひとも見てみたい。25日のビッグゲームは何としても勝ち切ってほしいものである。
取材・文=元川悦子
【ハイライト動画】横浜FMvsアル・アイン