東大勝った 連敗94で止まる/2015・5・23

5月23日(土)9時30分 日刊スポーツ

東大の連敗ストップを伝える15年5月24日の日刊スポーツ

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<東大6−4法大>◇2001年5月23日◇神宮

5年前の2015年5月23日、東大がついに勝った。94連敗中だった東大は法大を延長10回、6−4で破り5年ぶりの白星を挙げた。浜田監督は「実力で勝てる相手はいない。野球の神様が普段の努力を見てくれていた」。東大は2年後の17年秋には15年ぶりの勝ち点を挙げた。
【復刻記事】
長かったトンネルを抜けた。東大が、10年秋の早大2回戦から続いていた連敗記録を「94」で止めた。4−4の延長10回1死二、三塁から4番楠田創外野手(2年=桐朋)の二ゴロ(記録は野選)の間に決勝点。適時打は山田大成内野手(2年=桐朋)の1本だけで6点を奪い、1694日ぶりの白星をつかんだ。優勝の可能性を残していた法大からの1勝に、三塁側応援席は総立ちになった。
1度も勝利を味わったことのなかった東大ナインを、大歓声が包み込んだ。ついに、勝った。抱き合って喜び、涙を流す選手もいた。浜田一志監督(50)も、12年11月の就任後初勝利。「100連敗するのではというプレッシャーの中で、こんなにドラマチックな逆転で勝てるとは思わなかった。本当にうれしい」と勝利の余韻に浸った。
タイムリー1本でも、絶大な信頼関係で得点を重ねた。延長10回、連打と犠打で1死二、三塁。5回にスクイズを仕掛けて相手の悪送球を誘い、逆転した場面と同じ形を作った。監督は二、三塁走者と打者の楠田を呼んだ。指示は「楠田を信頼して打たせる。ゴロゴーだ」。楠田が放った強烈なゴロを二塁手が一瞬はじき、三走の長藤祥吾内野手(4年=山形東)がホームを陥れた。決勝打点を挙げた2年生4番の楠田は「ランナーの足が速いので、前に転がせば大丈夫だと思った」。長藤も「バントや進塁打など、みんながやることをやった結果」と胸を張った。続く5番山田の一塁ゴロでも三走が迷わず本塁に突入。再び相手の野選を誘って2点リードを奪った。
勝つため、内野ゴロで1点を取る練習を繰り返してきた。メニューはほぼ実戦形式で、常に得点圏に走者を置いた場面を想定。スクイズやエンドランなど「小技」に磨きをかけた。さらに、4年生を中心に「ヒットなど結果だけを求めず、良いプレーはほめる」という空気をつくった。早大や立大に惜敗した悔しさもあったが「接戦できた。次こそ勝てる」と切り替えられるようになり、逆転されても下を向くことはなくなった。浜田監督は「実力で勝てる相手はいない。野球の神様が普段の努力を見てくれていた」と目を細めた。
打者によって守備位置を極端に変え、全員が相手投手のデータを把握する頭脳的な野球は健在。今季は小技に加え、リーグ最少3失策の堅い守備も手に入れた。同監督は「アドバイスをいただいた他大学のベテラン監督さんや、応援してくれた方々に勝利を報告したい。勝ち点を取って、秋は最下位脱出だ」と力強く言った。ようやくつかんだ自信を胸に、02年秋の立大戦以来13年ぶりの勝ち点を奪いにいく。
<成功率を張り出し…>
9季ぶりの勝利を挙げた東大の先発メンバーに、浪人生は6人いた。最速145キロをマークした先発の山本俊投手(3年=西春)の2浪を筆頭に、4番楠田は1年間の仮面浪人の末に入学した。浜田監督は「浪人して野球から離れている人もいる。普通は高校生で練習していることを、大学生でやらなくてはいけない」と言う。東大ならではの悩み。今季は内野のボール回しだけで、40分以上費やした日もあった。
学習塾を経営し「カリスマ塾長」の顔を持つ指揮官。リーグ戦ワーストを更新する86連敗で迎えた昨年オフ。結果につながらなかった2年間の練習を振り返り、「本棚に参考書をたくさん買ったのに、結局1冊をやり切っていなかった」と言った。効率性を求め、できなくても時間で区切っていた過去との決別だった。
「いい授業(練習)をしたと思っても、生徒の点数が上がってなかったんです。できなければ、一日中でもやらせなければいけなかった。僕も甘かった」
秀才集団らしく、練習から成功率を算出。徹底的に結果にこだわる内容に変えた。成績はトレーニングルームに張り出した。
(1)投手=制球率を上げる 捕手が構えた位置に何割投げられたか計算。ブルペン制球率8割を目指した。
(2)野手=ヒット性の打球を打つ 外野にライナー性の打球が飛んでも野手の真正面はアウト。安打性を何割打てたか計算する。
(3)チーム=ヒット数より得点 成功数(安打+四死球+犠飛+犠打)÷試行数(打席)=打撃成功率。進塁打も1安打とし、9人の役割を明確にすれば、得点につながることを示した。
毎日数字と向き合うことで、1人1人の意識が変わった。飯田裕太主将(4年=刈谷)や山本俊は、練習後に週1〜2回、家庭教師のアルバイトを行う。地元公民館で約2時間。時給は2000円で「バットを買ったりします」(飯田主将)と苦労は絶えない。スポーツ推薦制度はなく、全員が日本最難関の入試を受けて入学。そんな環境を嘆くのではなく、ベストな方法を模索しながら、歴史的1勝を挙げた。
◆前東大特別コーチの桑田真澄氏 特別コーチとして2年間、一緒に汗を流した仲間なので、彼らが頑張っている姿は気にかけながら見ていました。この2年間は、以前と比べてロースコアの試合が増え、着実に力はつけていました。浜田監督以下、あきらめない姿勢を貫いての1勝は、非常にうれしいです。また次の勝利に向かって頑張ってほしいです。
◆東大の三塁側スタンドは、勝利の瞬間歓喜の声が響き渡った。入学以来1度も勝ったことがなかった山東駿応援団長(4年=智弁和歌山)は「毎試合、今日は勝つという気持ちで応援してきました」と感激。100人以上いた部員は、現在50人程度で、部員不足にも悩まされているという。リーダーと呼ばれる中心的な役割は5人に減った。「新入生に対してデモンストレーションをやったりしています」と、後輩の入部も待ち望んでいる。
◆前回勝利VTR 10年秋の早大1回戦で斎藤(現日本ハム)を相手に逆転勝ちした。当時の斎藤はドラフト1位で指名される直前の4年生で、リーグ通算30勝に王手をかけていた。東大はリーグ戦35連敗中。斎藤には7戦7敗だったが、3回に同点に追いつき、6回に6番舘の右前打で勝ち越した。投げては1年生の鈴木が完投勝ち。
<連敗メモ>
◆4年間未勝利 今回以前のワーストは70連敗(87年秋〜90年秋)で、87〜90年の間に87年秋の1勝があった。今回は11〜14年に勝てず、4年連続未勝利はリーグ史上初めてだった。
◆完封負け49 94連敗中、半分以上の49試合は完封負け。11年秋には早大にリーグ最多タイの26安打を許し0−23。13年春には高梨(早大)に完全試合、同秋には加嶋(慶大)にノーヒットノーランを許した。
◆惜敗も 今回の連敗期間中、引き分けが2試合、1点差負けは8試合。11年秋の法大1回戦は0−1でサヨナラ負け。
※記録、表記などは当時のもの

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