Jリーグ全60クラブが紡ぐ独自のアイデンティティーを探る
2025年5月27日(火)18時0分 FOOTBALL TRIBE

1993年、10クラブでスタートしたJリーグ。現在、J1、J2、J3の3部制で60クラブがしのぎを削り、明治安田生命とのタイトルパートナー契約のもと「明治安田Jリーグ」と銘打っている。このリーグの最大の魅力は、60クラブそれぞれが異なる成長ストーリーを持つことだ。
大都市のビッグクラブから地方の小さなクラブまで、歴史や文化、ファンとの絆を通じて、各クラブは独自の色を持っている。あるクラブはホームゲームの度に数万人もの観客動員を記録し、攻撃的なサッカーでサポーターを魅了する。一方、別のクラブは地域のコミュニティーを重んじ、子どもたちとの交流イベントを欠かさない。
Jリーグの基本理念は「日本サッカーの水準向上」「豊かなスポーツ文化の振興」「国際社会における交流や親善への貢献」の3つ。これを基盤に、各クラブは地域の誇りを背負い、独自のアイデンティティーを築いてきた。32年目のシーズンを迎え、サポーターのチャントやスタジアムの雰囲気もその歴史の中で独自の発展を遂げ、ゴール裏の雰囲気もクラブごとに異なり多様性を帯びている。
ここでは、Jリーグ全60クラブがどのように独自のアイデンティティーを紡いできたかを、いくつかのクラブの好例と共に探る。

根底に「Jリーグ百年構想」
Jリーグのアイデンティティー形成の根底には、1996年に川淵三郎初代チェアマンが唱えた「Jリーグ百年構想」がある。この構想は当初はキャッチコピーに過ぎず、Jリーグブームが過ぎ去ったことで一度は萎みかけたが、後に地域に根差したスポーツ文化の確立を目指す長期計画となった。
川淵氏の「Jリーグの理念を伝えたい」という思いを言語化し、地域社会とクラブが一体となってスポーツを通じた豊かな社会を築くことを目指した。
百年構想は、クラブに「地域密着」を強く求める。例えば、ホームタウンの名前をクラブ名に取り入れるルールを必須とし、クラブに対しても地域イベントへの積極的な参加が推奨されている。これにより、クラブは単なるスポーツチームではなく、地域のシンボルとして機能することを目指す。
2014年にJ3リーグとのタイトルパートナー契約が始まった明治安田生命は、現在Jリーグの全60クラブと個別にスポンサー契約を結び、地域社会の活性化を支援する「シャレン(社会連携)活動」など、この理念に共鳴し後押ししている。

鹿島アントラーズ「勝利への執念」「地域との共生」
オリジナル10の1つである鹿島アントラーズは、茨城県鹿嶋市をホームタウンとする名門クラブだ。しかし、Jリーグ発足時の10クラブ選定を前に川淵氏から「99.9999%無理」と言われ、前身である住友金属サッカー部のJリーグ参入を諦めさせるために出された「1万5000人収容の屋根付きサッカー専用スタジアムの建設」の条件を実現させ、JSL(日本サッカーリーグ)2部から唯一のJリーグ参入を決めた。
1993年のJリーグ開幕戦で、MFジーコのハットトリックとFWアルシンドの2ゴールで名古屋グランパスエイトを5-0で破ると、その勢いで1993ファーストステージ(サントリーシリーズ)を制してみせた鹿島。その後も強豪として君臨し、J史上2クラブ(もう1つは横浜F・マリノス)しかない「J2降格経験無し」を貫く。リーグ優勝8回、ヤマザキナビスコ杯(現ルヴァン杯)優勝6回、天皇杯優勝5回、ACL(AFCチャンピオンズリーグ)優勝1回を誇る。
鹿島のアイデンティティーは「勝利への執念」と「地域との共生」の両立だ。ホームスタジアムの県立カシマサッカースタジアムは、山と海に囲まれたロケーションだが、試合日には赤いユニフォームのサポーターで埋め尽くされる。
鹿島は、地元の子どもたち向けのサッカースクールや地域イベントを通じて、地域の誇りを育んでいる。また、クラブのスローガン「Football Dream」は、どんな困難も乗り越える強い意志を象徴している。鹿島のサッカーは鋭い攻撃と組織的な守備により相手を圧倒するスタイルで、サポーターのチャントも迫力満点だ。

川崎フロンターレ「エンタメ性」「地域との絆」
川崎フロンターレは今ではJ1の強豪となったが、2000年代初めはJ2での苦闘が続いた。2017年以降はJ1優勝5回を達成し、攻撃的なスタイルを確立した。クラブのアイデンティティーは、「エンタメ性」と「地域との絆」だ。
ホームスタジアムの等々力陸上競技場(現Uvanceとどろきスタジアム by Fujitsu)は、タワマンが林立する武蔵小杉駅近くにある。子育て世代が流入したことで、川崎市中原区はここ20年で6万3000人も人口が増加した。スタジアムにも子どもの姿が多く見受けられるのが特徴だ。
地域の子どもたちや家族向けのイベントを頻繁に開催することでも知られ、中にはサッカーとは関係ない内容(チーム名をもじった「おフロんた〜れ」と銘打った銭湯とのコラボキャンペーンや、スタジアム場外のフロンパークでの「フロンターレ牧場」など)も含まれるが、それもまたクラブのカラーとしてサポーターに受け入れられている。
当初、こうした“お遊び色”の濃い試みによって、「そんなことしているから優勝できないんだ!」という声もあったというが、準優勝ばかりの“シルバーコレクター”から脱し、2017年に初タイトルを手にしたことで、批判的な声を結果で封じ込めてみせた。
ピッチ上では、2012シーズンに就任した風間八宏監督(2012-2016)が落とし込んだ流れるようなパスワークが観客を魅了し、後に監督が誰になろうとも、チームのスタイルとして脈々と受け継がれている。

いわきFC「地方創生」「未来志向」
福島県いわき市をホームタウンとし2015年に設立されたいわきFCは、県リーグから昇格を重ね、2022年にJ3に参入した。いわきFCのアイデンティティーは「地方創生」と「未来志向」だ。
代表取締役の大倉智氏が「いわきを東北一の都市にする」という大目標を口にし、東日本大震災からの復興を掲げ、地域の希望となることを目指している。新ホームスタジアム建設計画も発表され2031年までの完成を予定しているという。後は選手が奮起し、J2残留を成し遂げることがマストだ。
いわきFCは、地元企業との連携やサッカー教室を通じて地域経済の活性化に貢献している。クラブの運営母体である「いわきスポーツクラブ」は、フィットネスジムや健康プログラムを提供し、スポーツを通じたコミュニティーづくりを推進。ピッチでは、最先端のフィジカルトレーニングメソッドによって鍛え上げられた肉体を持つ若い選手がエネルギッシュなサッカーを展開している。

FC今治「地域の誇り」「持続可能性」
今2025シーズンからJ2で戦うFC今治は、元日本代表監督の岡田武史氏がオーナーを務め、民設民営によって建てられた「アシックス里山スタジアム」をホームとしている。FC今治のアイデンティティーは、「地域の誇り」と「持続可能性」だ。
スタジアムは、SGDsに配慮した設計で、試合のない日でも市民に開放され憩いの場を提供している。地元の小学生向けサッカースクールや農業体験イベントを開催し、地域の子どもたちに夢を与えている。
サッカースタイルはテクニカルで攻撃的な「岡田メソッド」を基盤としているが、岡田氏自身は縁もゆかりもない今治のオーナーに就任する際、その本気度を周囲に示すため、S級コーチライセンス(現Proライセンス)を更新せず、退路を断った上で本業に専念した。
サポーターは連絡協議会を結成し、サッカーの応援だけでなく地域全体を盛り上げる活動をしている。FC今治は、Jリーグ参入を目指す「百年構想クラブ」の好例として、地域との深い結びつきを示している。

各クラブが地域社会の「家族」に
横浜F・マリノスは、港町横浜の海とカモメをイメージしたトリコロールのユニフォームで知られ、「横浜の誇り」を体現している。モンテディオ山形は、奥羽山脈を背景に、地元の農産物を活用したイベントで地域を盛り上げている。
その他Jリーグの60クラブが、ホームタウンの文化や歴史を反映したデザインや活動を通じて、ファンとの一体感を育んでいる。
明治安田生命は「全員がサポーター」を合言葉に、従業員や地域住民と連携したボランティア活動や試合観戦イベントを全国で展開し、クラブと地域の絆を強化。また、JリーグはU-21選手の出場機会を増やすルールを導入し、若い世代の育成を通じて地域の未来を支えている。これらの取り組みは、クラブが地域社会の「家族」として機能する基盤となっている。
アイデンティティーを強固にした試練
Jリーグの歴史は、試練と進化の連続だった。1999シーズンの2部制導入、2014シーズンのJ3創設と拡大路線を図る一方、2020シーズン以降のコロナ禍での試合中止など多くの課題に直面した。しかしこれらの試練が、クラブのアイデンティティーをより強固にした。
1998年には横浜フリューゲルスの消滅という悲劇が起き、サッカーファンに深い悲しみを与えたが、その精神は横浜F・マリノスと横浜FC双方に受け継がれている。
コロナ禍では多くのクラブがオンラインイベントや地域支援活動を展開。ガンバ大阪は、医療従事者への寄付キャンペーンを行い、地域との絆を深めた。こうした活動は、Jリーグが単なるスポーツリーグを超え、社会的役割を果たす公器であることを示した。
多様でありながら、共通の理念で繋がる
2025年、Jリーグはさらなる進化を目指している。デジタル技術を活用したファンエンゲージメントの強化や、WEリーグを中心とした女子サッカーの振興、アジアのクラブとの交流も活発になっている。Jリーグ加盟を目指す「百年構想クラブ」も増え、新たなアイデンティティーが生まれつつある。
また、環境問題にも取り組んでいるJリーグ。スタジアムでのリサイクルや、地域の清掃活動を通じて、持続可能な未来を描いている。各クラブは、AIやVRを活用した観戦体験の提供や、eスポーツとの連携を通じて、若い世代を引き込む施策を行っている。これらの挑戦は、Jリーグが社会の進化に適応しつつ、60クラブの多様なアイデンティティーをさらに輝かせるだろう。
Jリーグの60クラブは、それぞれ異なる歴史、文化、目標を持ちながら、共通の理念で繋がっている。鹿島の勝利への執念、川崎の絆、いわきの復興への希望、今治の里山の誇り…。これらのストーリーが、Jリーグの多様性を織り成しているのだ。