富士24時間を戦った水素エンジン搭載カローラ。モータースポーツでのこれからとどんな未来へ繋がるか

2021年5月31日(月)21時35分 AUTOSPORT web

 5月22〜23日に開催されたスーパー耐久シリーズ2021 Powered by Hankook第3戦『NAPAC富士SUPER TEC 24時間レース』。スーパー耐久のなかでもシーズンのハイライトとも言えるレースだが、このレースに世界初の水素エンジンでの参戦を果たしたORC ROOKIE Corolla H2 conceptは、国内モータースポーツ界のみならず多くの注目を集めた。今後、水素エンジンとORC ROOKIE Corolla H2 conceptはどんな方向に向かっていくのだろうか。レース前後に行われた記者会見でのROOKIE Racingの豊田章男オーナー/ドライバー・モリゾウ、そしてGRカンパニーの佐藤恒治プレジデントの発言から、将来が少しずつ見えてきそうだ。


■『モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり』


 世界で初めて水素を燃料としてレースに参戦し、日本の自動車業界が培ってきた既存の内燃機関の技術を流用しながら、カーボンニュートラル、そして水素社会の実現に向けた挑戦として、ROOKIE RacingとTOYOTA GAZOO Racingが共同で参戦を実現させたORC ROOKIE Corolla H2 concept。


 今回、スーパー耐久というモータースポーツの舞台を選んだ理由については、もちろんモリゾウの決断からスタートしたものだが、GRカンパニーの佐藤プレジデントは「モータースポーツは勝つという目的で参戦するのはもちろんですが、豊田章男社長のもと、トヨタ自動車がどうモータースポーツに向き合っていくのかというと、『モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり』をしていこうということです。これだけ過酷な環境はなかなかなく、この環境のなかにクルマを持ってきて鍛え抜くことで、開発のスピードを間違いなく上げてくれます」と説明する。


「私は量産車の開発にずっと携わってきましたが、モータースポーツに携わっていちばん感じるのは、時間軸の早さです。この早さこそが、将来の技術をいち早くたぐり寄せるためにいちばん必要なものなんです。早い段階でモータースポーツにクルマを投入して、解決のスピードを早くする。技術を進歩させる上でいちばん必要なポイントです」


 参戦に向けた車両づくりにあたっては、FIA国際自動車連盟との協議のもと安全性を設定し、スーパー耐久や富士スピードウェイとも水素ステーション設置に向けて交渉を進め、さらに岩谷産業や大陽日酸など、水素供給への交渉が進められてきた。またGRヤリスのエンジンを転用しているが、デンソーのインジェクター技術が重要となった。


「インフラ面の開発は、連携がなければなかなか進みません。自動車メーカーが自動車だけを開発してカーボンニュートラルに進もうとしても、インフラを整えないと進まない。(ORC ROOKIE Corolla H2 conceptは)30〜40分に一度はピットインしますので、そのなかで水素をいかに効率的に充填するかは、この場でできる“実証実験”なんです。それができるのがモータースポーツならではだと思っています」と佐藤プレジデント。


「また、インジェクター技術がものすごく重要なのですが、それはデンソーさんが長年やってきた分野で、そのパートナーシップがあればこそ、ものすごいスピードで進みます。モータースポーツでみんなでクルマを鍛えるのが今のトヨタ自動車の開発の姿勢になっています」


 こうして参戦が実現したORC ROOKIE Corolla H2 conceptだが、トヨタ自動車豊田章男社長が自らその責を負い、またドライバーとしてステアリングを握ることがファンに向けて水素エンジンの安全性をアピールし、開発を進めると佐藤プレジデントは言う。


「一方でモータースポーツはリスクが伴います。不測の事態が起こることもありますが、エンジニアが安心して仕事ができるのは、弊社のトップ(モリゾウ)が『責任は俺がとる』と明確に宣言してくれるからなんです。そういうことを恐れずに、とにかく技術としっかりと向き合う環境ができているのが大きいと思います」と佐藤プレジデント。


 これについてはモリゾウも「安全面でのいちばんのメッセージは、私自身がドライバーとして参戦することだと思っています」と語っている。


「とかく水素は『爆発するのではないか』というのがあると思いますが、我々は(FCVの)ミライでボンベをどう守るかの技術をやってきています。何より、私自身が乗っていることをぜひご注目いただきたいです」

記者会見に出席したROOKIE Racingの豊田章男オーナー/ドライバー・モリゾウ
記者会見に出席したGRカンパニーの佐藤恒治プレジデント


■サーキットでの今後のORC ROOKIE Corolla H2 conceptは


 今回のNAPAC富士SUPER TEC 24時間レースでは、24時間のうち11時間54分を走り、358周=1,634kmを走ったORC ROOKIE Corolla H2 concept。レース中のラップタイムは2分04秒ほどだったが、「今は安全装備を積んであったり、計測機器を積んでいるので、200kgほど重くなっています。これをどんどん軽量化していったり、同時に燃費を改善していきます。ラップを落とさないようにしながら、燃費を上げていくようにしたいと思います」と佐藤プレジデントはいう。また水素エンジンについても「今回は熱と耐久性の観点から出力を少し絞っています」とのことから、まずは走ってみて、可能な限り過酷な環境で得られたデータ、知見を次戦以降に活かしていく姿勢だ。


 今後、ORC ROOKIE Corolla H2 conceptはスーパー耐久の残りシーズン3戦に出場するべく計画している。ただ、課題は水素ステーションの設置だ。富士スピードウェイは国内の中でも最もパドックが広く、設置にも余裕がある。ただ、岡山国際サーキットのようにパドックが狭い場合どうなるのかなど、今後エントリーリストも気になるところだろう。


 そして、モータースポーツで使用される水素エンジン搭載車両としてのORC ROOKIE Corolla H2 conceptの目下の目標は、佐々木雅弘がモリゾウに希望した「(富士スピードウェイで)ラップライム2分を切りたい」ということだ。


 同じエンジンを使う(と言っても出力は異なるが)GRヤリスが、2020年の富士では1分53秒台程度でラップしていたが、今後「エンジンパワーとともに軽量化したり、速さに繋がる部分にもっていければ、開発がすごいスピードで進んでいくと思います。2分フラットを切ることを目標にしたいです」と佐々木は語る。


 この点について佐藤プレジデントは「将来的には、ガソリンと同じレベルにもっていけるという見通しをもっているので、今後レースに参戦していくなかで、改良をどんどん繰り返し、なるべく早いタイミングでガソリン同様の出力トルクを得られるようにしたいと思います」と語っている。


「水素の燃焼はガソリンよりも燃焼速度が7倍ほど早く、高速燃焼で瞬間的に圧力が上がるので、高温・高圧がいちばんの課題になります。それに耐えうるインジェクターとエンジンの環境を作らなければならず、異常燃焼が起きやすい。それを制御する技術を磨くと最適噴霧ができ、ガソリンエンジンと遜色ない技術にもっていけると思います」と佐藤プレジデント。


「トヨタは長年直噴エンジンの開発を続けており、高速燃焼を技術としてかなり磨いています。これまではガソリンでの高速燃焼でやっていましたが、水素が目指す理想の燃焼については、直噴で磨いてきた技術がかなり活きています。どこかのレースの会場で『ガソリンと同じ出力になったね』とお話できるように頑張っていきたいと思います」


 まず参戦を果たし、完走までこぎつけた富士24時間では、早めの対処を行ってきたことで水素エンジン自体にはトラブルはなかったが、レーシングカーとしては電装系や足回りのトラブルも起きた。また整備についても、「レーシングメカニックと、水素を扱うメンバーの融合チームで、どうしても水素のパートを扱うときは通常のメンテナンスができなかったりするので、整備は時間がかかりました(片岡龍也監督)」といった通常とは異なる事象も起きたが、24時間レースのなかで結束力を高めることで時間も短縮されていった。


 今後、目標とする“富士2分切り”に向けて、少しずつ出力向上、軽量化、さらには水素充填においても改善が進められていくはずだ。

“給水素”を行うORC ROOKIE Corolla H2 concept。ルーフからは給水素中に万が一漏れた水素を抜くためのダクトがつけられる。
GRヤリス用のエンジンを転用したORC ROOKIE Corolla H2 conceptのエンジン


■水素エンジンは“カーボンニュートラルへの選択肢”のひとつ


 では、このスーパー耐久という舞台を使って開発がスタートしたORC ROOKIE Corolla H2 conceptの水素エンジンが向かう先はどこなのか。記者会見でモリゾウは、「この成果物として出てくるのは、決してモータースポーツの現場だけではないと思っていて、商用車などの分野などで使われるのが、いちばん近いところかと思っています」とトラックやバスなど、トルクが必要な商用車が水素エンジンに合っているのではないかと示唆した。


 これについて佐藤プレジデントは、「水素エンジン技術を採用した(一般車の)車両の導入予定は、まだ挑戦の一歩目をはじめた状態で、現段階でいつごろ、どのクルマに乗せよう等はまだありません。技術を磨くことがまず大事だと思っています」と説明する。


「ただ水素エンジンの特徴として、低負荷、低回転領域でトルクが出しやすい特徴があります。ガソリンと比べてリーン燃焼がやりやすく、ノック限界が高いので、必ずしも乗用車に使うということだけでなく、大きなトラックなど、商用ベースで使うことが水素エンジンの特徴を活かせる領域かもしれないと思っています。モータースポーツで技術は磨くのですが、その出口はかなり広く考えようと思っていて、さまざまな可能性を見極めようと思っています」


「水素を使うパワートレーンとしてはFCEVもあり、エネルギー効率についてはベストな状態で運転すればそれほど差が出ないと思いますが、お互いに得意、不得意な運転領域があります。FCEVは高負荷域、高回転域は熱に対するマネージメントが難しくなり、どちらかというと水素エンジンの方が熱に対する強みが出せるかと思います」


「同じ水素を使っていても、その使用領域の差で使い分けができると思います。我々がいま目指している未来は、カーボンニュートラルに向けて選択肢を広げていくということです。目指す未来はひとつではないということ。いろいろなことをやって、地域やタイミング、エネルギー環境によって、ベストなソリューションを提供していくということです。FCEVも力を入れますし、水素エンジンもやっていき、それぞれの得意領域を見えるようにしていこうと思っています」


 水素エンジンについては、モータースポーツの中でもラリーなどトルクが重視されるものが合っているのではないかという声もあるが、サーキットでももちろん武器のひとつにはなるだろう。いずれにしろ、今回サーキットが開発の場として選ばれたのは開発のスピードを上げることであり、それが現状可能なのはニュルブルクリンク24時間やスーパー耐久のような、多種多様な車両が競うカテゴリー以外にはない。


「いずれにしろ、カーボンニュートラルに向けていろんな選択肢をもっていくにあたり、我々リアルな自動車会社は、現地・現物でいろんなトライをしていくということです」とモリゾウは語った。


「10年後、20年後の未来を作るために、いま何をするかによって10年後の景色が変わってくると思います。いま、こうやってリアルのビジネスを使い、行動をし、発言することで賛同者が共感し、未来は作られていくのではないかと思っています」


「また今回はROOKIE RacingとTOYOTA GAZOO Racingがひとつのクルマにふたつのロゴをつけています。私が両方のトップであるから当たり前ではないかと思われるかもしれませんが、実は歴史的なことなんです」


「私自身がGAZOO Racingを作り上げましたが、GAZOO Racingが作った時のトヨタ自動車は、クルマにトヨタのロゴを載せることを許してくれない会社でした。そしていま、トヨタの社長としてROOKIE Racingを設立しましたが、そちらでは、もし仮にスバルさんやマツダさんが『このクルマを使ってよ』と来た時には、ウェルカムです」


「そして、ROOKIE RacingとTOYOTA GAZOO Racingが今回は組んでいますが、一緒に組んでいるからこそ未来ができると思いますし、一緒に未来を作ろうという気持ちさえぶれず、同じ方向さえ向いていれば、10年後、20年後、いまそういう行動をしているが故に景色は変わっていくと思いますし、未来づくりはひとりでもできません。そんな一歩がスーパー耐久第3戦で、そんなドラマが始まったということをご注目いただきたいと思います」


 なお、オートスポーツ本誌No.1554でもORC ROOKIE Corolla H2 conceptについては詳報をお届けする。こちらもお見逃しなく。

ORC ROOKIE Corolla H2 conceptの後席部分に搭載される4本の水素タンク
ORC ROOKIE Corolla H2 concept(井口卓人/佐々木雅弘/MORIZO/松井孝充/石浦宏明/小林可夢偉

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