【コラム】世界に羽ばたく選手たちが追い掛ける、デニス・ベルカンプという男の背中

2019年6月5日(水)18時0分 サッカーキング

表情ひとつ変えずゴールを量産する姿から「アイスマン」と称されたベルカンプ [写真]=Getty Images

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 オランダの名門アヤックスの快進撃は、2018-19シーズンの欧州サッカー界における最大のトピックの一つだ。

 オランダ国内リーグ「エールディヴィジ」では2位PSVとの接戦を制して5年ぶり34回目の優勝を成し遂げ、予選2回戦から出場したチャンピオンズリーグでは1996-97シーズン以来22年ぶりにベスト4に進出。バイエルンやベンフィカと同居したグループステージを無敗通過、決勝トーナメントでは大会4連覇を目指したスペイン王者レアル・マドリード、さらにイタリア王者ユヴェントスを撃破。迎えた準決勝ではまさかの大逆転劇の末にトッテナムに破れたものの、その快進撃で古豪の完全復活を強く印象づけた。

 このチームが見る人を引きつける最大の理由は、やはり“若さ”に由来する躍動感にあったと言えるだろう。

 ベスト8に残ったチームのうち、それまでの全試合でスタメンに名を連ねた選手の平均年齢は24歳202日。その他7クラブより2歳以上も若く、最も高いユヴェントスとは約5歳の差があった。

 そんなチームを牽引した2大スターは、キャプテンを務めるDFマタイス・デ・リフトと、すでに来シーズンからのバルセロナ加入が発表されているMFフレンキー・デ・ヨングである。デ・リフトはわずか19歳。デ・ヨングは22歳。いずれも若いがプレーヤーとしての完成度は高く、デ・リフトは抜群の運動能力と守備センスを兼備する絶対的キャプテンとして、デ・ヨングは相手の急所を見極める眼を持った司令塔として、かつて何人ものヤングスターを輩出してきたアヤックスの伝統が今もしっかりと息づいていることを証明して見せた。

 過去を振り返れば、このクラブをスタート地点として世界のトッププレーヤーは数多く存在する。ヨハン・クライフを筆頭に、マルコ・ファン・バステン、フランク・ライカールト、エドガー・ダーヴィッツ、クラレンス・セードルフ、パトリック・クライファートなど名前を挙げればキリがないが、中でも、クライフと並ぶレジェンドとしてファンに記憶されているのが、表情ひとつ変えずゴールを量産する姿から「アイスマン」と称されたデニス・ベルカンプである。

 12歳でアヤックスの下部組織に加入したベルカンプの才能を見いだしたのは、あのクライフだった。クライフは自らが監督を務めていた1986年に当時17歳のベルカンプをトップデビューさせ、その期待に応えて急成長を遂げたベルカンプは1990-91シーズンから3年連続でリーグ得点王に輝く。その活躍によって脚光を浴び、やがてインテル、アーセナルへと新天地を求めた。

 特にアーセナル時代の輝きは当時を知るサッカーファンの脳裏に深く刻まれているに違いない。黄金時代を築いたチームで背番号10を身にまとい、リーグ戦では在籍した10シーズンで87得点を記録。2006年に引退するまで異彩を放ち続け、ファンの心をつかんで離さなかった。中でも印象的なゴールとして今も語り草となっているのが、2001-02シーズン、3月2日のニューカッスル戦で決めたゴールである。

 ハーフウェーライン付近。左サイドでパスを受けたフランス代表MFロベール・ピレスがドリブルでボールを運ぶ。相手と対峙すると一瞬顔を上げ、小さく切り替えして右足にボールを置く。地をはうライナー性の強いパスは、ゴール正面、ペナルティーエリアやや外にぽっかりと空いたスペースにトップスピードで走り込んだベルカンプに出されたものだった。

 その瞬間、誰もが目を疑った。ゴールに背を向けたベルカンプは、ライナー性のパスを左足インサイドに当て身体の右側にふわりと浮かせて背負っていた相手の右側を通す。自身は左回りに反転しながら相手をかわし、再びボールを足元に収めると右足インサイドで冷静にシュート。マークについていたDFも飛び出したGKも為す術なく、ボールはゴール右隅に流し込まれた。このゴールは、プレミアリーグ25周年の際に実施された「ベストゴール」に圧倒的な得票率で選出されている。

 絶妙な縦パスで伝説のゴールをアシストしたピレスは、のちにこう話している。

「彼のプレーは最高にエレガントで美しく、いつも最も効率的なプレーを選択していた。まるで魔法使いのようだった。僕にとっても、あれが史上最高のゴールだ」

 その後にアヤックスを巣立って世界に羽ばたいた選手たちは、常にベルカンプの背中を追いかけている。ポジションやプレースタイルは違っても、常にエレガントで、最も効率的なプレーを選択する選手であること——。ベルカンプが示した気概と同じものを感じるからこそ、今、世界は19歳のデ・リフトと22歳のデ・ヨングの姿に何かを予感し、期待しているのかもしれない。

文=細江克弥

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