川井梨紗子「馨さんから逃げたと思われる」。苦渋の決断が生んだリオ五輪の金

6月5日(金)11時40分 Sportiva

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東京五輪&パラリンピック
注目アスリート「覚醒の時」
第17回 レスリング・川井梨紗子
階級を変更した全日本選抜選手権(2015年)
 アスリートの「覚醒の時」——。
 それはアスリート本人でも明確には認識できないものかもしれない。
 ただ、その選手に注目し、取材してきた者だからこそ「この時、持っている才能が大きく花開いた」と言える試合や場面に遭遇することがある。
 東京五輪での活躍が期待されるアスリートたちにとって、そのタイミングは果たしていつだったのか……。筆者が思う「その時」を紹介していく——。

川井梨紗子は62キロ級に変更して全日本選抜に出場した
 リオデジャネイロオリンピックを翌年に控えた2015年——。6月に開催された全日本選抜選手権の女子58キロ級は、出場わずか3名という”異常事態”となった。
 レスリングには「オリンピック階級」と「非オリンピック階級」がある。オリンピック予選を兼ねた世界選手権への出場権獲得がかかるオリンピック前年の国内大会には、たとえ可能性は低くて、いやほとんどないと思われても、オリンピック階級に出場して夢に挑戦するのがアスリートというものだ。


 だが、女子58キロ級にエントリーしたのは、オリンピック4連覇を目指す伊調馨(ALSOK)のほか、環太平洋大学の学生2名のみ。同じくオリンピック4連覇を目指す吉田沙保里が出場する53キロ級に12名がエントリーしたことを考えると、いかに少ないかがわかるだろう。
 つまり、伊調との対戦を回避する選手が続出したというわけだ。
 伊調はロンドンでオリンピック3連覇を果たしたあと、2013年の世界選手権では全試合フォール勝ち。さらに2014年の世界選手権では全試合失点ゼロのフォール、テクニカルフォール勝ち。
 のちに伊調自身が「ロンドンオリンピックからリオデジャネイロオリンピックまでが最も充実していた」と振り返るように、まさに2015年は絶頂期だった。たとえ階級を下げて減量が苦しかろうが、階級を上げてパワー不足となろうが、”怪物”を避けるのは当然、大正解なのだろう。
 川井梨紗子(ジャパンビバレッジ)も、そうした選手のひとりだった。


 川井は、父親はグレコローマンスタイルの元学生チャンピオン、母親は世界選手権への出場経験ありというレスリング一家に育った。小学校2年の時、母親がコーチを務めるジュニアレスリングクラブでレスリングを始めるいなや、その才能は開花する。
 世界カデット優勝、世界ジュニア優勝。いよいよシニアで世界を目指すとなった時、巨大な壁となって立ちはだかったのが、伊調である。
 2012年のロンドンオリンピックまで、女子スタイルのオリンピック実施は4階級のみ。伊調は減量がないどころか、時には普段の体重よりも重い63キロ級で戦ってきた。
 そんな折、リオデジャネイロオリンピックから女子は6階級に増えることが決定。伊調は自分の身体に最適な階級で戦うべく、2013年12月の全日本選手権から階級を下げて、川井と同級となった。
 その大会から1年間、川井は伊調と3度対戦した。だが、まったく歯が立たず3連敗。しかも、すべて完封負けを喫した。


 ただ、伊調戦以外とはフォール、テクニカルフォールを連発。それだけに周囲は、2015年の全日本選抜選手権を前に階級変更を勧めた。いや、説得したと言ったほうがいいだろうか。
 伊調に憧れ、あとを追いかけ、「馨さんを倒してオリンピックに出場する」と公言してきた川井にとって、それは素直に納得できることではなかった。
 だが、悩み抜いた結果、子どもの頃からの夢である「オリンピックに出場すること」を優先した。女子レスリング黎明期、まだオリンピック種目になっていない時期にがんばった母親をオリンピックに連れて行ってあげたい、という思いも大きかっただろう。
 苦渋の決断を下し、58キロ級からひとつ上のオリンピック階級である63キロ級へ階級アップした川井は、決意を固めた。
「周りからは『馨さんから逃げた』と思われるだろう。その屈辱を晴らすには、絶対オリンピックに出場するしかない」
 川井にとって、それまでオリンピック出場は漠然とした目標だった。だが、明確で、必ず成し遂げなければならない、自らに課した責務へと変わった。「覚醒の瞬間」だ。


 63キロ級には、前年のアジア競技大会チャンピオンの渡利璃穏(アイシンAW)や、前年の世界選手権代表の坂上嘉津季(ALSOK)ら12名が出場した。そのなかで、川井は初の階級ながら見事に優勝。さらに、前年12月の全日本選手権を制した伊藤友莉香(自衛隊体育学校)も代表決定プレーオフで破り、世界選手権の出場権を獲得した。
 2015年9月、アメリカ・ラスベガスで世界選手権が開催された。川井は3カ月前に階級を変更したばかり。対戦する選手は、みな初顔だ。
 川井は、自分の階級に出場してくる選手をビデオで徹底的に分析した。利き手、構え、重心のかけ方、タックルに入ってくるタイミングや予備動作……。わずかなクセも見逃さず、同時にパワーで勝る外国人選手をどう攻略するか研究した。
 階級を上げたからといって、すぐに体重が増えるわけではない。ましてや、「63キロ級で戦うのはリオデジャネイロオリンピックまで」と決めていた川井は、無理な増量もしていない。ほかの外国人選手たちは普段65キロから70キロ近い体重を試合前日の計量に向けて63キロまで減量し、当日はもとの体重近くに戻してマットに上がってくる。


 川井の身体は、63キロ級に出場する全選手のなかで最も小さく、華奢だった。
 日本レスリングはこうしたパワーの差を埋めるため、想像を絶するような厳しいトレーニングや長時間にわたるスパーリングをこなし、体力とスタミナを養う。そして本番では、執拗に攻め続けて動かし、後半相手がバテたところで一気に攻め込む。それが伝統でもあった。
 だが、各国の強化が急速に進み、体力だけでは世界を制することはできなくなっていた。トップレベルの武器も必要となってきたのである。
 吉田沙保里には、ノーモーションで入る伝家の宝刀「高速タックル」があった。しかし川井は、そこまでのタックルは持ち合わせていない。ならばと、川井はテクニックを磨いていった。
 世界選手権の舞台に立った川井は、相手の攻撃を完璧にいなし、効果的にくずし、見事な技の連係で、まったく危なげなく準決勝まで快進撃を続けた。決勝こそモンゴル選手の並外れたパワーに屈したものの、初めての63キロ級で見事に準優勝。日本レスリング協会の当時の規定により、川井は12月の全日本選手権に出場した時点でリオデジャネイロオリンピック代表に内定した。


 そして迎えた2016年8月のオリンピック本番。川井は強敵ひしめくブロックを勝ち上がり、決勝戦でもベラルーシのマリア・ママシュクを6−0で退け、ついに金メダルに輝いた。
 しかも、同じく金メダルを獲得した伊調、登坂絵莉(東新住建)、土性沙羅(東新住建)が決勝戦終了間際の大逆転で勝てたのに対し、川井は他を寄せつけぬ圧倒的強さを発揮。女子6階級のなかで最も安定した戦いぶりだった。
 川井はリオデジャネイロオリンピック後も休むことなく、世界選手権を連覇。パワハラ問題を乗り越えて2年ぶりに復帰した伊調との8カ月に及ぶ死闘も制し、念願である「馨さんを倒してのオリンピック」を実現させた。
 今や押しも押されもしない、日本女子レスリングのエースに成長した川井梨紗子。東京オリンピックでは自身のオリンピック2連覇、そして62キロ級で出場する妹・友香子との姉妹同時メダル獲得に挑む。

Sportiva

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