最初のオファーは「トヨタ以外」から。小林可夢偉が明かすNASCAR参戦決定の裏側と、抱く“野望”

2023年6月7日（水）22時43分　AUTOSPORT web

　6月7日、ル・マン24時間のレースウイーク走行開始を前に、ビッグサプライズが待っていた。事前には、『NASCARのプレスカンファレンス』としか案内されていなかったのだが、正午すぎにビレッジ内のNASCARブースに向かうとベールが掛けられたマシンの背後にTOYOTA GAZOO Racingのロゴが踊り、中嶋一貴TGR-E副会長、そして前日に現地入りした宮田莉朋ら大勢のトヨタ関係者が会場後方で開始を待っており、ただならぬ雰囲気に緊張感が高まった。

　やがて発表会が始まると、ゼッケン67番のトヨタ・カムリがベールを脱ぐ。そのマシンには、KAMUI KOBAYASHIの名が記されていた。8月13日、インディアナポリス・モータースピードウェイのロードコースで行われる『ベライゾン200・アット・ジ・ブリックヤード』に小林可夢偉が参戦するという、衝撃の発表だった。

NASCARブースで行われた小林可夢偉のスポット参戦発表。手前はNASCARのジム・フランス会長

　壇上での挨拶と、マシンとのフォトセッションを終えた可夢偉に、ここまでの経緯やこの参戦の意義などを聞いた。

「もともと、乗りたいという意志はTRD USAに対してアプローチしていて、シミュレーターまでは乗らせていただいたのですが、なかなか夢が叶うチャンスがなくて。なかなか厳しいなという状態でした」と可夢偉。

「実は、最初はトヨタではなく、他のメーカーからオファーがあったのですが、『いや、トヨタで乗らないとダメだよね』という話になり、今回このようなチャンスをいただき、いわゆるワイルドカード的な感じで、今回実現に至りました」

「他のメーカーであってもオファーがあるのというのは、ドライバーとしてはすごく嬉しいことですし、『いやいや、トヨタで乗らないと』と動いてくださったトヨタの方々に対しても本当に感謝しています。しっかりこれで、日本人がNASCARで活躍するような場を、そして当たり前に日本人がアメリカのレースにいる、という世界を、作っていけたらなと思っています。

　現時点ではシミュレーターを経験しただけで、実車のドライブはまだしていないという。

「このル・マンまでは、こっち（WEC）に集中して、その後からちょっとずつアメリカに行って、シート合わせとか、チームに入っていき、テストもして……という風に考えています」

　今季参戦は8月のインディアナポリスのみだが、来季以降は参戦数が増える可能性もありそうだ。

「ル・マンのこれ（役割）次第なところもありますが、僕自身はドライバーとして、こうやってアメリカの扉、NASCARの扉というのを開けていくことも、未来の日本人の可能性につながるんじゃないかと思っています。アメリカって広いですけど、その“レース村”というのは意外と狭いんですよ。でもラッキーなことに、数年間IMSAに参戦したことで、いろいろなつながりができて、そのつながりでこうやってチャンスもいただけた。やっぱり先頭を切って道を切り拓いていくのも僕の任務かなと思って、このチャンスを最大限に使っていきたいなと思っています」

「本来なら、（下部シリーズの）トラックとか、エクスフィニティから上がっていくべきところを、いきなりカップ・シリーズにいかせてくれるなんて、いままでは考えられませんでしたが、IMSAで乗っていたアクション・エクスプレス・レーシングが（NASCAR会長の）ジム・フランスさんのプライベートチームだったという繋がりもあって」

　今回出場するのはロードコースだが、「オーバルはやっぱり難しいですよ。僕も一回（デイトナ）500を見に行かせてもらいましたが、トウの使い方とか、どうやって集団のなかでレースするかというのは、僕だけでなくて他の人のレースも崩すことになるから、オーバルというのはちょっとずつやらないといけません。まずは僕らに近い、ロードから始めていったほうがいいなと」

　来季以降、もしNASCARへの参戦数が増えた際、もし全日本スーパーフォーミュラ選手権とバッティングした場合にどうするか、という問いかけに対しては、可夢偉は冷静に次のように語っている。

「まずは今回出るインディでしっかり爪痕を残すこと。それが一番だと思っているので、正直来年のことではなく、いまできることをしっかり考えて、このチャンスを最大限に活かす走りをしたいと思っています。僕のモータースポーツ人生は、そういう人生だったので。新しいことにチャレンジする、次（の世代）に何かを残すっていうことをできる人生になればすごくいいと思うし。僕の年齢でいったらこれから新しいことを切り開いていくっていうカテゴリーもなければチャンスもなくなっていくと思うので、ここで自分のできることを最大限やっていきたいと思います」

　いよいよ実現する念願のチャレンジ。可夢偉は興奮を隠せないといった様子で目を輝かせながらも、自らが切り開くべき“道”についても冷静に捉えているようだった。