人生初の大スランプにおさらば。今永昇太は複数の新感覚をつかんだ

6月21日(金)6時57分 Sportiva

 DeNA今永昇太は、瞳に若干の影を宿し、ポツリと言った。

「あのままだったらプロ野球選手としては短命というか……正直、自分は大丈夫なのかと考えましたよね。実際、開幕戦を投げるまで不安でしたから」


今シーズン、開幕から好調を続けているDeNA今永昇太

 今季、球界ナンバーワン左腕の呼び声高い今永は内観する。春先まで昨シーズンの残像が脳裏に焼きついていた。左肩の違和感で出遅れるとリーグ最多の11敗を喫し、完全に自分を見失ってしまった。なぜ調子が上がらないのか、ストライクの取り方さえもわからなくなってしまった。マウンドの上で孤独に、ただただ戸惑うだけの自分がいた。野球を始めてから経験したことのないスランプ、そして挫折だったと言う。

 だが今永は朽ちることなくよみがえり、不死鳥のごとくマウンドで躍動している。

「今はこうすればいい、こうなったらダメという自分の体の特性や修正ポイントをきちんと理解しているので、あまり心配はしていないんです。微調整をするイメージで、これは去年にはなかった感覚ですね」

 復活の転機となったのは昨年の秋季キャンプだ。木塚敦志コーチと大家友和コーチに見てもらい、フォームと体の使い方を徹底的に修正した。木塚コーチの言葉が深く印象に残っている。

「今永の投げ方はそうじゃないだろう。もっと箱のなかで回転するような、狭い狭い路地を最短距離で体が入れ替わるようなフォームだったはずだ」

 今永は今季、投球の際、打者から見て背中側に出ていた左腕を体に隠すようにし、上体を突っ込み過ぎない脱力したフォームを手に入れた。オフはオーストラリアのキャンベラ・キャバルリーに所属し実戦経験を重ね手応えを感じると、さらにキャンプとオープン戦では磨きをかけていった。「先発の6番目に入れるようにしたい」と謙虚に語っていた男は、ついには初の開幕投手を任されるまでになった。

 前述したように不安を抱いていた開幕戦だったが、この試合が垂れ込めていた雲を払拭するきっかけになったという。今永は8120球を投げ11奪三振、中日打線を無失点で抑え開幕戦勝利を飾っている。

「これまでなかった感覚をあの試合でつかんだんです。今もその感覚が残っていて、シーズンを過ごせているんです」

 果たして、その新しい感覚とは何なのか?

「(伊藤)光さんのミットに自分が入っていくというか、まるで狭いビルの隙間をスッと抜けていくような不思議な感覚なんですよ。だから投げミスは少なかったですし、投げミスがあったとしも強いボールがいっていた。セットでもクイックでもランナーがいても同じ感覚で投げられるんです」

 ここまで順調に勝利とイニング数を重ね、5月は初の月間MVPを獲得した。今永の投球において目を引くのは、やはりストレートのキレだろう。今永いわく「昨年は1球も投げられなかった真っすぐが、今年は投げられている」と言う。

「ピッチングの根本は両サイドの真っすぐ。内外にきっちり決めることによって、バッターは甘いところから曲がってくる変化球に手を出してしまうし、あるいは追い込まれて厳しいゾーンのボールを振ってしまう」

 どんな投手にとってもストレートが生命線ではあるが、今永はなぜ質のいい真っすぐをコンスタントに投げつづけることできるのか。ちなみに、今永のトラックマンデータによるストレートの回転数は球界トップクラスの2500前後だが、本人によればこの数値は昨年と差はないという。

「一番は”肩”で投げず、全身を使って投げていることでしょうね。どうしても肩で投げてしまうと力んでしまいますし、すぐにヘタってしまう。投げたあとの張りと疲労感も違います。イメージとしてはひじから先を使うこと。ひじを支点に投げることを意識したらコントロールも安定しました」

 今永は「骨で投げる」と独特の感覚で表現しているが、これは関節の角度を一定にすれば同じ場所に投げられるはずだという考え方に起因しており、これもまた自分の調子を測るバロメーターのひとつになっている。

「あとボールのキレを生んでいるのは、リリースの際に指先でボールを押し込む感覚です。真っすぐ待ちのバッターにも、躊躇なく投げ込めている。これもまた今シーズン、新たにつかんだ感覚です」

 真っすぐがよくなれば、当然、変化球の質も向上する。ピッチングの組み立てにおいて今永はスライダーを重用するが、昨年は若干膨らんでいた軌道が鋭くなり、ストレートとの見分けが非常に難しくなっている。いわゆる”ピッチトンネル”を実現しているわけだが、昨年の今永は、あきらかに変化球待ちのバッターにストレートを被弾されたり、またその逆もしかり。攻め手を欠く場面が目立っていた。

「とにかくバッターの判断を遅らせるために全部の球種を真っすぐのラインに入れること。それはいつの時代も一緒だと思うんですよ。今は”ピッチトンネル”という言葉がありますが、昔のピッチャーの人たちもそれを意識していたはずですからね」

 また、見るかぎりスライダーの曲がりに大小があるようで、局面によって使い分けているのかと思ったが、そんなことはないと今永はかぶりを振った。

「いや、僕はカットボールを投げられませんし、意識的に小さく曲げたり、大きく曲げたりはしていません。球速の違いはあるけど、僕のなかでは全部同じスライダーになります」

 確実なスキルアップを遂げている今永だが、それを生かすも殺すも大切なのは精神面であり、マウンド上でどのような気持ちでいられるかだ。昨年のように判別がつかず、うつろな表情をしている今永はもういない。

「今シーズンは冷静ですよね。漠然と投げていない。去年は自分と勝負してしまって、ただキャッチャーのサインにうなずいて、ストライクを投げなくちゃいけないという思いばかりでした。だけど今は、どんなボールでカウントを取るのか、ファウルを打たせられるのか考えられるようになりましたし、相手のスイングの軌道など、一歩引いたところで見られるようになりましたね」

 勝利数はもちろんのこと、防御率や奪三振、投球イニング数はリーグトップクラス。今では今永が投げれば大丈夫だ、という雰囲気も醸成され、内外から”DeNAのエース”と認識されつつあるが、今永としては現状をどのように感じているのだろうか。

「エースとはまったく思っていません」

 きっぱりと言った。

「やはり3〜5年連続して結果を出してエースだと思います。まあ、そういう気持ちでいなきゃダメだと言われることもありますが、僕はそういうタイプでないし、淡々と責任感をもってやっていきたいんですよ」

 そう語る今永だが、自分より若いピッチャー陣に対し積極的に声をかけ、投手陣をリードする存在になりつつある。

「ローテーションのなかでは僕が一番年上になるので、東(克樹)や上茶谷(大河)が投げ終わったら、参考にどんな感じだったか聞くことはありますね。また、たとえばボールの投げ方を聞いたり、コミュニケーションというか年下の選手にはなるべく話しかけるようにはしています。やりやすい環境づくりというんですかね。まあ、去年、僕はずっと不安を抱えたまま投げてしまっていたので、若い選手たちの不安を取り払えるようにしたいんですよ」

 エースは、ただ勝つだけではいけない。チームに影響力を持つ存在こそ、その称号にふさわしい。今永は謙遜するだろうが、エースとしての階段を確実に上っている。

 シーズンはまだ半分以上残っている。今永としてはチームを勝利に導くことはもちろん、どんなピッチングを目指していくのか。

「やりたいことをやらない」

 今永は、まるで謎かけのようなことを言った。

「自分から対策するのではなく、真正面から立ち向かう。相手がいろいろと対策をしてきても、自分から先には動かない。やりたいことではなく、まずはやるべきことをやる。それを一歩一歩重ねていけば、必然的に自分のやりたいことができるはず。だから自分の欲望を出すことなく”やりたいことをやらない”ようにしていきたい」

 すべてはチームのため、そして自分のため。かつての自分はもういない。威風堂々、今永は今日もマウンドに立ちつづける。

Sportiva

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