サッキ革命を超えた、技巧派の復権。DFラインの後退、ポゼッションとブロックの対峙へ【西部の4-4-2戦術アナライズ】

6月22日(水)10時0分 フットボールチャンネル

ミラン式4-4-2が図らずももたらした暗黒時代

 かつてサッカー界にインパクトを与えたACミランによる4-4-2。ゾーンディフェンスとプレッシングの組み合わせで世界を席巻し、多くのチームがアリゴ・サッキのチームに追従した。それによってサッカー界から娯楽性が消えていくことになったが、強固な守備組織を打ち破る技巧派が徐々に出現してくる。(文:西部謙司)

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 80年代の終わりにACミランがゾーンディフェンスとプレッシングを組み合わせた4-4-2で世界を席巻すると、練習場のミラネッロには各国のコーチが見学に訪れる“ミラノ詣で”が流行した。ミランの強さは明らかだったが、戦術的なメカニズムがよくわかっていなかったからだ。

 しかし、次第にミラン式4-4-2の謎が解明されてくると、多くのチームがミラン方式を採り入れるようになっていった。90年代はミラン式の4-4-2と、従来のマンマーク方式の延長にあるリベロを置いた3-5-2が二大主流フォーメーションになった。21世紀に入るとリベロ方式は減少、2010年南アフリカワールドカップでは大半の代表チームがゾーンの4バックを採用するに至っている。

 ミラン式4-4-2は戦術の歴史において大きな分岐点だった。

 コンパクトな守備ブロックによって、攻撃側の時間とスペースが削り取られパスワークが難しくなった。また、規律とコンタクトスキルを要求されるため、その条件に欠けるテクニカルなプレーヤーが排除される傾向が明確になった。ミラン式の普及は戦術的には大きな変化であり進歩だったが、娯楽性という点ではマイナスに働いたといえる。

 ルート・フリット、マルコ・ファンバステン、ロベルト・ドナドーニなど素晴らしいアタッカーを擁していたミラン自身は、この戦術のパイオニアでもあり初期段階では圧倒的に強く華のあるプレーぶりだった。だが、ミランを模倣したチームにはそれだけの人材がおらず、しかも戦術遂行のために技巧派が冷遇されたので、守備は強化されても攻撃力と魅力に欠けるチームが量産される事態になってしまったのだ。90年代はエンタテインメントにおいて、ヨーロッパサッカーの暗黒時代とさえいえるかもしれない。

スピードスターたちがもたらした変化

 ハイラインとコンパクト、壮絶なつぶし合いが続くだけの試合……しかし、その流れも少しずつ変化していった。

 基調は中盤のつぶし合い、偶発的に高いラインの裏へ抜け出したときに決定機が生まれるだけ。そうした傾向に変化をもたらしたのはスピードスターたちだった。

 プレッシングの始動は相手のSBがボールを保持したときである。守備側のSHがプレッシャーをかけ、MFとDFのラインが一気にボールサイドへスライドして、縦と横に陣形をコンパクトにして攻撃側のスペースを奪う。そうなると、攻撃側は狭いスペースの中でのパスワークが詰んでしまう。しかし、これを逆手にとればチャンスを作ることができる。守備側はプレスと同時にディフェンスラインを上げるので、ライン裏をつけば1本のパスでチャンスになるのだ。

 中盤の密集を越すパスはオフサイドにならないようにFWへ届けなければならない。FWが中央から斜めに外へ抜け出した先、いわゆる「ニアゾーン」が1つ。もう1つのルートは逆サイドへの斜めのパス。守備側はラインアップと同時に横方向への圧縮も行うので、逆サイドは大きく空いている。

 ティエリ・アンリやアンドリー・シェフチェンコは、ディフェンスラインと同じ高さで逆サイドに待機して斜めのロングパスを受け、快足を飛ばして一気にゴールへ迫るスピードスターだった。彼らはラインがカバーリング修正を行う前に、横一列になっている4人をまとめて置き去りにできた。

狭いスペースを苦にしないMFの出現

 攻撃側からスペースと時間を削り取ったコンパクトなゾーンの中でも、それを苦にしないMFも出現してきた。ジネディーヌ・ジダンは並の選手なら受けられないはずの狭いスペースで平然と受け、奪われるはずの状況でも奪われずにキープした。ただキープし、短いパスを味方へ渡すだけで、守備側はパニックに陥っている。スペースを縦横に圧縮するということは、ディフェンスラインの裏と逆サイドのスペースがそのぶん広がっていくことを意味している。奪えるはずの状況で奪えず、さらに囲んでもボールを逃がされしまえば、すでにスペースのないはずの中盤ですら穴が空いてしまっている。

 裏と逆、2つの大きな弱点を抱えたまま、効力のないプレスをかけ続けるのは守備側にとって悪夢に違いない。守備戦術が規則的であればあるほど効果を増すはずが、ジダン1人の存在によって全く逆効果になる奇妙な現象が起こってしまっていた。ジダンは別格としても、それに準ずる能力を持った選手が次々と出現するに至って、ハイラインの4-4-2はリスクが増大していった。

 守備側はディフェンスラインの後退を余儀なくされた。パイオニアのミラン方式は、ハイラインによる高い位置でのボール奪取が攻撃力に直結するのが最大のメリットだったのだが、もはやリスクのほうが大きくなってしまった。そこで、フラットなディフェンスラインとコンパクトな陣形はそのまま維持しながら、全体を後方に下げてライン裏のスペースを消したのだ。

前方と後方で復権した技巧派

 ディフェンスラインはペナルティーエリアのすぐ外側まで後退し、その前にMFが引いてラインを形成。4-4の守備ブロックを後方に構えた。これでライン裏をつかれるリスクはかなり減少する。半面、相手を自陣に引き込んでしまうために、ミスが自陣で起こりやすくなるという別のリスクを抱えた。同時にボール奪取地点が低くなってしまうので、カウンターアタックの距離が長くなって1本のパスで決定機を作るのは難しくなった。

 ラインの後退はいくつかの副産物を生み出している。守備側が後退してしまうので、後方のビルドアップに余裕ができた。前線プレスさえ回避してしまえば諦めて下がってくれるので、CBとボランチでボールを確保できる。ペナルティーエリアの前はブロックで固められているが、その手前まではCBとアンカーがフリーマンとして振る舞えるので、これらのポジションに技巧派を起用する余地が生まれた。また、安定したボールポゼッションからブロックへの侵入を図るためには前方のMFにも高い技術が必要になり、こちらも技巧派が復権する。

 ラインの後退によって、中盤のつぶし合いから、ポゼッション側とブロック側の対峙という構図にゲームが変化した。そして、引いたブロック守備を崩すには何が有効かを明確に示したのがユーロ2008に優勝したスペインであり、同時期から黄金時代を迎えるバルセロナだった。ほぼ1つのチームであるこの2チームは、ミラン以降の戦術的な分岐点になる。

(文:西部謙司)

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