元大阪桐蔭の主将ふたりが実感。早大・小宮山監督のマネジメントの極意

6月26日(水)6時57分 Sportiva

 東京六大学野球の春のリーグ戦で早稲田大は3位で終えた。新監督に小宮山悟を迎えて臨んだが、これで7シーズン天皇杯から遠ざかることになった。

 そんな早大だが、小宮山采配で象徴的だったのが1年生の中川卓也の起用だ。打率.128と苦しんだが、小宮山監督は我慢強く使い続け、全試合出場を果たした。その中川にポジションを追いやられた形になったのが3年生の吉澤一翔(かずと)だ。それでもリーグ戦終盤は結果を残し、存在感をアピールした。


1年生ながら春のリーグ戦で全試合全イニング出場を果たした早大・中川卓也

 奇しくもこのふたりは、大阪桐蔭で主将を務めた先輩と後輩の関係である。ふたりにこの春のシーズンに感じたことはなんだったのか。また、小宮山監督への思いとは……。

 小宮山監督は、春のシーズンでホームに生還した選手をベンチ前まで出てきて迎えたのは1回だけだった。その迎えられた唯一の選手が吉澤だ。5月20日の法政大との3回戦、6対4と早大の2点リードの9回表、吉澤が代打でソロホームランを放った時だった。

「監督とグータッチするなんて……びっくりしました」

 吉澤は今でも恐縮する。

 早大打線は左打者が7人並び、セオリーだと左の変則投手は打ちづらいとされている。小宮山監督は前日の試合中、法大のブルペンで投球練習をする新井悠太朗(4年)の姿が目に入った。「左のサイドハンドで嫌なピッチャー。うちの打者はクルクル回るだろうな」。

 そして3回戦の試合前、こんなやり取りがあった。小宮山監督が振り返る。

「吉澤に『代打で使おうと思うけど、左の変則ピッチャーは好きか嫌いか』と聞いたんです。あまり好きじゃないなんて言ったら気合いを入れようかと思っていたら、『大好きです』と」

 吉澤の「大好きです」という返答があまりにも早く、小宮山監督は使ってほしいという強い思いを感じたという。吉澤も笑顔で振り返る。

「法政の左のサイドハンドピッチャーは好きかと聞かれて、試合に出ていなかったので『大好きです』と即答しました。監督も『よし!』と笑っていました」

 9回、マウンドには新井がおり、小宮山監督は吉澤に再び声をかけて念を押した。

「試合前に大好物って言ったよな」

 そして2球目、高めのスライダーをとらえると、打球は風にも乗ってレフトスタンドへと吸い込まれた。小宮山監督が笑顔で振り返る。

「ゲームを決定づける貴重な1点になった。シーズン中、初めてですね、オレがガッツポーズをしたのは。ベンチを出て吉澤とグータッチするなんて」

 吉澤にとって、このホームランは偶然ではなかった。前の週の立教大3回戦の5回、代打で出てキャッチャーフライに打ち取られたのだが、その打席が大きなきっかけとなった。

「ピッチャーは大阪桐蔭の先輩・田中誠也(4年)さんで、打ったのは2球目の低めの真っすぐでした。しっかり準備をして、ストライクを思い切り振れた。タイミング、スイングとも自分のなかではバッチリでした。ちょっとかみ合わなかっただけのキャッチャーフライだったので、自分としてはいいイメージがありました。あの打席があったからこそ、法政戦でホームランが打てたと思います」

 キャッチャーフライを小宮山監督も咎めることはなかった。

「惜しい打席でした。積極的に打ちにいっての結果なので。思い切りよく、吉澤本来のスイングをした。相当高く上がった打球で、角度が違ったら外野を越していました」

 吉澤にとって、春のシーズンは複雑なものだった。昨年まで自分が守っていたファーストのポジションには大阪桐蔭の2年後輩である中川卓也がついている。

「そりゃ、悔しかったですよ。まあ、春夏連覇のキャプテンですし、3番を打っていた選手ですから。アベレージを残すバッターで、自分とタイプは違うけど、実力は認めています」

 昨年秋のシーズンから吉澤のバットは湿った。

「自分はうしろの軸で打つタイプなのに、前の軸で打っていた。練習はいいんですけど、実戦で前に突っ込んでしまう。その分、ボールが早く見えて、芯でとらえられなかった」

 3月の沖縄キャンプでは全体練習のあと、居残りで徳武定祐(とくたけ・さだゆき)コーチに付き合ってもらいティーバッティングを延々と繰り返した。

「かなり悩みました。シートバッティングやオープン戦など、実戦で打てなくて……昼飯が喉を通らないことも多かった。落ち込んだら士気が下がりますし、メンバーに残るためにはノックから声を出さないと。調子が悪い時ほど、選手の言動を監督は見ていると思ったので、必死にやりました」

 小宮山監督もそんな吉澤の努力を見ていた。

「スタメンは自分のはずなのに、ベンチを温めるという我慢を強いられた。オープン戦でまったく結果が出ない。バットを振ればヒントを見つけて解決するものだと思っていたんですけど、そう単純なものではなかった。自分を見失って、スイングもおかしくなって……涙を流しながらバットを振っていました。自分自身が情けなかったのでしょう。オープン戦の最後の最後で、バットを折りながらセンター前に運んで……試合は負けたけど、吉澤のヒットでダグアウトのみんなが拍手喝采だった」

 うしろの軸が前のめりになるのは自分の感覚でしかわからない。ある時、テレビ中継で「調子の悪いバッターは体が突っ込んで、軸で打てていない」と解説者が言っているのを聞いて、吉澤はハッとなった。練習でそこを意識すると、今までとボールの見え方が違った。秋に向けて、ヒントはつかんだようだ。

 結果的に吉澤からレギュラーを奪った中川だが、彼も苦しいシーズンとなった。全試合全イニング出場を果たすなど、1年の春としては稀有な数字だ。しかし、放ったヒットはわずか6本で打点は1。打率.128とチームの勝利に貢献したとは言い難い。それでも小宮山監督は中川を外すことはなかった。

 中川が大学初のシーズンを振り返る。

「オープン戦ではヒットが出ていました。開幕戦の試合前バッティングでも調子がよかったのに、試合では5の0でした。本番の真剣勝負でノーヒット。そこでなにか、気持ちも含めてブレが生じてしまったのかなと思います。

 監督も我慢して使っていただいたと思うのですが、結果を残せずに申し訳ない気持ちです。打てない時期は悩みました。でも調子が悪くて投げやりになってしまったら、それ以上の進歩はない。打てなくてもスタメンから外されても、めげずにやろうと決めていました」

 中川は大阪桐蔭の主将として根尾昂(中日)、藤原恭大(ロッテ)らをまとめ、甲子園春夏連覇に導いた。そんな中川のリーダー像の手本のひとりが吉澤だった。

「口数は多くないんですが、吉澤さんが言葉を発すると全員がまとまって同じ方向を向く。背中で引っ張るタイプ。ああいう人が主将なんだと思いました」

 ところで、名門校でキャプテンだったふたりは、プロ野球のみならずメジャーも経験した小宮山監督をどう見ているのだろう。

「監督の熱さはいつも伝わりますし、勝ちたいという思いをめちゃくちゃ感じます。また、肩に手を置いて話してくださることがあるんですが落ち着きます。打席に入る前にそれをされると平常心になれる。冗談を言って和むこともあるし、意外と選手との距離は近いです」(吉澤)

「肩に手を当てて話してもらったことは何度かありました。『思い切りいっていいから』とか、『状態は悪くないから、自分のバッティングをしろ』と。その言葉で安心できました。小宮山監督は勝利に貪欲、執着心がある。勝つためには死んでもいいぐらいの気持ちでやられている。ついていこうと思います」(中川)

 小宮山監督のスキンシップだが、それは自然に出たものだと言う。

「アメリカ人のやり方ですね。ボビー(・バレンタイン監督)なんか、話す時は顔がくっつくぐらい近くで話します。それに選手とはざっくばらんに話しますし、小ネタも揃えています。石井蓮蔵さん(小宮山監督の現役時代の監督)の時にはなかった。直立不動で、瞬きもできないぐらいでしたから(笑)」

 だが、小宮山監督にとって初めて指揮を執った春のシーズンは、屈辱的なものになった。とくに早慶戦では、1回戦を取りながら連敗して勝ち点を落とした。しかも3回戦は3安打完封負けだった。

「悔しさを通り越しました。やってきたことがすべて否定されたぐらいの無様な負け。選手に任せて、相当の自由や裁量を与えたのに……。それが間違っていたと言わざるを得ないという結論。今までの練習方法では何かが足りない。夏の練習は『だからダメなんだ。春に経験しただろ!』って雷を落とすこともあると思います」

 秋こそ早稲田復活へ。今年は熱く厳しい夏になりそうだ。

Sportiva

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