“市販車なし”で登場したHSV-010 GT、革新的サイドラジエターと冷却水の秘密【スーパーGT驚愕メカ大全】

6月30日(火)11時30分 AUTOSPORT web

 1994年に始まった全日本GT選手権(JGTC。現スーパーGT)では、幾多のテクノロジーが投入され、磨かれてきた。ライバルに打ち勝つため、ときには血の滲むような努力で新技術をものにし、またあるときには規定の裏をかきながら、さまざまな工夫を凝らしてきた歴史は、日本のGTレースにおけるひとつの醍醐味でもある。


 そんな創意工夫の数々を、ライター大串信氏の選定により不定期連載という形で振り返っていく。第9回となる今回は、エポックメイキングな「市販していない車両をベースとしたGT500マシン」と、そこに搭載された技術を振り返る。


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※当連載は全10回を予定しています。


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 JGTC〜スーパーGTは、もともと基本的に一定数が生産され一般ユーザーに販売された量産車をベースに開発した競技車両で争われるレースであり、いくら車両規則を満たしていてもベース車両が存在しないレーシングカーは出走することができなかった。


 しかし2010年のGT500クラスにデビューしたホンダHSV-010 GTは、ベース車両が1台も市販されたことがなく、サーキットでしか見ることのできない不思議なマシンだった。


 HSV-010 GTがスーパーGTに出走できたのはなぜなのか。


 実は前年の09年、スーパーGTの規則が大きく改定され、「JAFによって認められた車両」ならばベース車両にできるようになっていた。本来は、生産中止などによってすでに市販されなくなった車両をベース車両として認めるための、救済措置を拡大した形の規則である。


 もともとホンダは、初代NSXの後継車となるFRスポーツカーを2010年に発売し、この車両をベースにGT500用車両を開発する予定だった。ところが2008年に発生した世界規模の金融危機と経済後退、いわゆるリーマンショックを受けて発表直前に開発が中止となり、ベース車両がなくなるという事態になってしまった。


 ホンダは急遽それまで使用していた初代NSXをベース車両として使い続けることを検討した。しかし09年から新しい車両規則が導入されGT500車両は全車排気量3400ccの自然吸気V型8気筒エンジンを搭載したFRレイアウトが義務づけられており、本来ミッドシップのNSXをFR化する大改造が必要だったうえ、初代NSXの生産は2005年の段階で中止されており営業的にも問題があった。


 そこでホンダは09年に定められた新しい規則を根拠に、市販直前まで開発が進みながら発売されなかったFRスポーツカーを「JAFによって認められた車両」として認定を受け、その車両をベースにGT500車両を開発し2010年シーズンに送り込んだ。これがHSV-010 GTである。


 このとき、「HSV-010 GT」のベース車両となったFRスポーツカーには改めて「HSV-010」という車名がつけられた。競技車両の名称からベース車両の名称が決まったきわめて珍しい例である。ちなみにHSVは「Honda Sports Velocity」の略で、010はデビュー年度を表している。


 HSV-010 GTはデビューした初年度シリーズチャンピオンカーとなったが、翌シーズンには記憶に残る驚愕メカが投入されてさらに進化を果たした。当初フロントグリル内に置かれていたラジエターを左右フロントフェンダーのタイヤハウス後部へ移設し「サイドラジエター」レイアウトとしたのである。

2011年の開幕前テストにて。マシン左後方から、ARTA HSV-010のサイドラジエターを覗く。
2011年の開幕前テストにて。マシン左後方から、ARTA HSV-010のサイドラジエターを覗く。


■サイドラジエター化にとどまらなかったHSV-010 GTの進化


 サイドラジエター化は、前後重量配分の改善による操縦性向上と、エンジンルーム内の空気流改善による空力性能向上を狙ったものだった。


 通常、グリルから入りラジエターを冷却した空気はエンジンフード(ボンネット)上面に設けた大型ルーバーから排出される。


 しかし冷却後の空気をフェンダー側面から引き抜けば、エンジンフード上面のルーバーを縮小したり、場合によっては完全に塞いだりすることができる。この結果、空気抵抗を低減するとともにフロントウインドウからルーフへの空気を乱すことなく流しリヤウイング効率を上げるなど複合的な空力性能向上が実現したのだった。

フロントフェンダー後ろ側に置かれたラジエターコアへは、マシンのフロントにあるインテークから、大型のダクトによって外気を導いていた。
フロントフェンダー後ろ側に置かれたラジエターコアへは、マシンのフロントにあるインテークから、大型のダクトによって外気を導いていた。


 HSV-010 GTの進化はこれだけには留まらなかった。さらにHONDAの開発陣は冷却水を通常の摂氏80度前後から沸点の100度以上まで引き上げて運用したのだ。


 通常の水冷ガソリンエンジンでは冷却水が沸騰すればいわゆるオーバーヒートの状態となり正常な冷却ができなくなる。しかし冷却系を密閉し冷却水を高圧で循環させれば100度以上の高水温でも沸騰を抑制できる。冷却水を高温にすれば外気との温度差が広がるのでラジエターの冷却効率が上がり、その分空気抵抗の発生源であるラジエターを小型化できるのである。


 当然、冷却系を1.3バール以上の内圧に耐えられるよう作り替える必要があるが、冷却効率を上げて得られる空気抵抗低減のメリットは競技車両にとっては無視できない取り分になる。冷却水の高圧高温運用は当時F1グランプリで広く用いられた技術であった。
 
 GTカーとしては特異なサイドラジエターレイアウトは狙いどおりの効果を発揮しHSV-010は「乗りやすいGT」となったが、2011年、2012年とチャンピオンを獲得することはできず4シーズン目の2013年には再びラジエターをフロントレイアウトに戻すことになった。


 これは、ラジエターを車体側面に配置しているとレース中の軽微な接触でも致命的なダメージとなってしまうことを考慮した決断だった。


 結局HSV-010 GTは2013年いっぱいで戦線から退き、規則の変更に合わせて2014年には2代目NSXがGT500のベース車両となった。


 言うまでもなく2代目NSXは2017年に発売され現在に至る「市販車」だが、2014年の段階ではまだ市販の実績がない「コンセプトカー」であり、コンセプトカーをベースに開発されたGT500車両もその車名は「NSXコンセプトGT」とされていた。つまりその立場は、市販されなかった車両をベースに開発されたHSV-010GTと同じだったのだ。


 正式にGT500車両が市販車両をベースに開発された「NSX-GT」となるのは、2代目NSXが発売された2017年シーズンのことだった。

参戦当初は1本出しマフラーを採用し、当時のNAエンジンと相まってフォーミュラカーのごとき快音を響かせていたHSV-010GT。最終年となる2013年は2本出しへと変更した。
参戦当初は1本出しマフラーを採用し、当時のNAエンジンと相まってフォーミュラカーのごとき快音を響かせていたHSV-010GT。最終年となる2013年は2本出しへと変更した。


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