[PR]ジダン、レドナップ、モウリーニョ、アンチェロッティ…モドリッチが明かす名将たちとの関係

6月30日(火)12時0分 footballista

2018年、それまで10年間リオネル・メッシクリスティアーノ・ロナウドの独擅場だったバロンドールとFIFA年間最優秀選手賞をダブル受賞し、最高の選手へと上り詰めたルカ・モドリッチ。

そんな彼の初の自叙伝『ルカ・モドリッチ自伝 マイゲーム』が6月30日に発売となった。決して多弁ではなく言葉よりプレーで語るゲームメイカーという印象の彼が、幼少期の想い出やパートナーとの馴れ初め、さらにはロッカールーム内やオフピッチでの監督や移籍交渉でのやり取りまで、すべてをさらけ出している。

その中でも特に興味深いテーマの一つ、現チームの監督であるジネディーヌ・ジダンをはじめジョゼ・モウリーニョ、カルロ・アンチェロッティ、トッテナム時代に指導を受けたハリー・レドナップとのやり取りとモドリッチに与えた影響について、日本語版の翻訳を務めた長束恭行さんに綴ってもらった。

ジネディーヌ・ジダン:芽生えたリーダーとしての自覚

「私が選手だった頃、態度が君と似ていたんだ。イニシアティブを取ることに対して、あまりに控えめだったんだよ。だからこそ、私は君の立場を理解している。しかし、君は間違いなくリーダーになれるし、リーダーにならなくてはならないんだ」

もっと責任感を持つように、とジダン監督は僕を刺激した。『マイゲーム』P.294

 2015-16シーズン途中にレアル・マドリーの指揮を任されたジネディーヌ・ジダン監督から、モドリッチはチームリーダーとして振る舞うよう促された。負けず嫌いな性格ではあれど、仲間に厳しく当たるタイプではない。マドリーではセルヒオ・ラモス、クロアチア代表ではダリヨ・スルナが情熱的なキャプテンシーを発揮していたこともあり、やや内向的な性格を自認した彼が無理にチームを先導する必要もなかった。しかし、ロールモデルとして崇める人物から助言を得たことで、リーダーとして新たに目覚めていく。

 昨年秋にクロアチア国内で発売された『マイゲーム』は、モドリッチが初めて自分の半生を語った本だ。戦火に巻き込まれ、祖父を失った幼少時代。小柄な体格に対する偏見と闘い続けた少年時代。愛する家族や故郷との別れ、そして妻になるヴァーニャとの出会い……。最後にはキャプテンとして母国をロシアワールドカップ準優勝に導き、バロンドールを受賞するまでを回想しているが、22歳の一タレントをトッププレーヤーに紡いでいった国外指導者たちとの出会いも鮮やかに綴られている。

ハリー・レドナップ:独特で、フェア

 2008年夏、ディナモ・ザグレブからトッテナムに移籍したモドリッチは、ファンデ・ラモス監督の下でサイドMFとして起用されるも、開幕8節を終えてチームは最下位。ラモス解任後にベンチに座った指揮官が、プレミア1年目の彼にはおあつらえ向きのハリー・レドナップだった。

 レドナップ監督は、ある種独特な指導者だ。ムード作りや選手のモチベーションを上げるため、カードをいくつも出せるような変幻自在なマネージャーとも言える。僕にとってプラスだったことは、レドナップがクロアチア人を常に称賛していたこと。ウェストハム・ユナイテッドやポーツマスで指導したスラヴェン・ビリッチ、イゴール・シュティマッツ、ニコ・クラニチャール、ロベルト・プロシネチュキに関して、彼はいつも好意的に語っていた。『マイゲーム』P.160

 攻撃面ではモドリッチをなるべく自由にさせるべく、他の選手個々に役割を割り振った。また、常套手段としてモドリッチにボールを預け、彼のスルーパスに快速FWのアーロン・レノンを走らせた。最終的に8位まで上り詰めた1年目で手応えを覚え、3年目には念願のチャンピオンズリーグ初出場に繋がるわけだが、「したたかなサッカー界のキツネ」と表現しつつも、前向きな性格と優れた人格に魅了されたレドナップの影響は多大だった。2011年夏にチェルシー移籍が浮上した際(この時の、ロマン・アブラモビッチとのエピソードも驚くべきものだった)、モドリッチは売却を拒むダニエル・レヴィ会長と激しく対立したものの、常にフェアに接していたレドナップをおもんぱかる心情も吐露している。

ジョゼ・モウリーニョ:妥協なき、裏表なき指揮官への惜別

 2012年夏、代理人からマドリーのオファーを知らされ、足が震えたというモドリッチだが、レヴィ会長との対立はこの年も繰り返された。面会でアンドレ・ビラス・ボアス新監督と口論した末に、一時帰国という強硬手段すら選択。そんな中、彼の心をわしづかみにしたのが、マドリー監督のジョゼ・モウリーニョだった。最初の電話ではラブコールだけに終わらず、「君は8番(インサイドハーフ)がもっともふさわしいポジションだと私は考えている」と具体的に構想を語られて大喜び。モウリーニョはレヴィ会長にも直接に電話を入れ、「あまりにごねるとマドリーは本当にモドリッチ獲得を諦めてしまうかもしれないぞ」と圧力をかけたそうだ(今はレヴィ会長がそのモウリーニョ監督を雇用しているのも興味深い)。

 晴れてマドリーの一員になったモドリッチだが、移籍騒動による準備不足でコンディションを落としていた。アンケートで「ラ・リーガに新加入した最悪の補強選手」に選ばれ、出場時間の少なさに不満を持ってアシスタントコーチのルイ・ファリアに直訴。ただし、「モウリーニョ監督は明確なプランを持っていた」と彼は振り返る。そして、チャンピオンズリーグのラウンド16、マンチェスター・ユナイテッドとの第2レグを機にサッカー人生は一変。59分にピッチに入ると、大きな弧を描くミドルシュートで同点ゴールを決め、クリスティアーノ・ロナウドの決勝ゴールでは起点となった。帰りのバスの中でモウリーニョはモドリッチに向かって、たった一言、こう叫んだという。「ブラボー!」

 この年のマドリーはスーペルコパしかタイトルが獲れず、モウリーニョ監督はロナウド、セルヒオ・ラモス、イケル・カシージャス、メスト・エジルといった主力陣と対立していった。モドリッチは自伝の中でこう語る。

 モウリーニョはこうだと決めたら、それに徹する人間だ。表裏のない性格で、思ったことは誰だろうと面向かって言う。ある選手はそれを容易く受け入れたが、ある選手には癪しゃくに障った。一般的に言えば、今の選手は批判に対して非常に繊細だ。となると、選手に何も言えなくなってしまう。突然に気分を害してしまう「プリマドンナ」のような存在だからね。

 僕も監督に批判されることは好きじゃないけど、自分のプレーに何かしら問題があるのならば、包み隠さず言われることは構わない。まさにモウリーニョ監督とはそんな関係にあった。『マイゲーム』P.242

 シーズンいっぱいでモウリーニョが退団することを喜ぶ選手がいる中、モドリッチは別れを惜しんだ一人だった。最後の指揮となった最終節のオサスナ戦を終えると、想い出としてツーショットの記念写真をお願いし、モウリーニョから励ましの言葉をもらっている。

カルロ・アンチェロッティ:らしい人心掌握術の実体験

 キャリアの中でモドリッチが好意を寄せているもう一人の外国人監督は、カルロ・アンチェロッティだ。就任当初の想い出として、彼らしい人心掌握術が本書で紹介されている。

 アメリカ合宿から戻ったばかりの頃、マドリードは耐えられないほどの猛暑で、人の気配も少なかった。僕の家族はクロアチアで夏のバカンスを楽しんでいた。与えられた休暇は二日間のみ。実家のあるザダルに戻るにしては短すぎる。僕は一人で自宅にいながらテレビをザッピングしていた。すると、監督から電話がかかってきた。

「チャオ、ルカ! カルロだ。何をしている?」

「特にやることもないので休んでいます。僕の家族はクロアチアにいて、今は自分一人です」−−僕は答えた。

「だったら、私のスタッフと一緒に夕食する予定だから君を招待するよ。君の住んでいる地区に素敵なレストランがあると耳にしたんだ」——カルロはそう返してきた。『マイゲーム』P.251

 チャンピオンズリーグのスペシャリストとして招聘されたイタリア人監督の下、モドリッチは初めてビッグイアーを天に掲げた。翌シーズン(2014-15)の秋は「おそらく自分のキャリアで最高のサッカーをやれていた」と振り返るも、たび重なるケガで長期離脱し、アンチェロッティも監督の座から追われてしまう。とはいえ、「彼が指揮した時代、僕のプレーは著しい進歩を成し遂げた。より成熟したプレーをするようになったんだ」と感謝の念を語り、今でも連絡を取り合っているそうだ。

 翌年からはジダン監督とチャンピオンズリーグ3連覇を成し遂げるわけだが、両者の蜜月関係は、34歳になった今でも明らかだ。初めてバロンドールを意識したのも、1998年の「バロンドーラー」の言葉がきっかけだった。そんなジダンとのエピソードは、冒頭以外にもふんだんに自伝の中に盛り込まれている。

 モドリッチ本人が「夢と信念にまつわる物語」と表現する『マイゲーム』。プロフットボーラーを夢見る田舎の小柄な少年が世界最優秀選手に至るサクセスストーリーだが、その内側にあるモドリッチの素顔に加え、彼の成長・発展を手助けした指導者たちの素顔も本書からうかがい知ることができるだろう。

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冷静にピッチを俯瞰し試合を支配する名手の、意外な素顔が明かされる。クロアチアの英雄、初の自叙伝!

『ルカ・モドリッチ自伝マイゲーム』

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Photos: Getty Images

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