久保建英級の逸材がズラリ。U−20フットサル日本代表がアジア制覇

7月2日(火)17時57分 Sportiva

 日本フットサル界の未来を担う若者たちが、大きな結果を残した。サッカーファミリーのさまざまなカテゴリーの日本代表戦が組まれていた6月、U−20フットサル日本代表は、AFCU−20フットサル選手権イラン2019に臨み、大会初優勝という結果を手にした。


世界的強豪のイランの地で見事優勝を遂げたU−20フットサル日本代表

 今大会の優勝は、さまざまな意味で快挙と言える。まず開催地がイランであった点だ。これまで、アジアのフットサルをけん引してきているのがイランで、これまで15回開催されたAFCフットサル選手権で最多となる12回の優勝を経験し、2016年にコロンビアで行なわれたフットサルワールドカップでは3位になるなど、世界的なフットサル強豪国の一つとして認められている。

 イランではフットサルの人気、フットサル選手の知名度も非常に高く、選手の育成、強化も順調に行なわれている。2年前にタイで開催された、第1回 AFCU−20フットサル選手権の第1回大会でも、彼らはタイトルを獲得。自国開催の今大会では連覇が期待されていた。

 そんなイランと準決勝で対戦した日本は、2000人を超える地元イラン人サポーターが集まり、声援が大反響する屋内アリーナという完全アウェーの試合で、奇跡的な戦いぶりを見せる。

 イランとの試合は点の取り合いとなった。日本は前線からプレスをかける守備で試合の主導権を握るものの、イランの個人技に苦しめられた。立ち上がりのセットプレーから先手を取った日本だったが、一度は逆転された。それでも前半のうちに同点に追いつき、後半に大澤雅士のゴールでリード。ところが、地元の大声援の後押しを受けるイランも譲らず、2点を奪われて再び逆転されてしまう。残り1分を切ってもリードを許していた日本だが、GKをフィールドプレーヤーに代えて攻め込むパワープレーを仕掛けたなかで大澤がPKを得る。このPKを決めて同点に追いつくと、延長戦では日本が4得点を挙げて8−4でイランを撃破し、初の決勝進出を決めた。

 日本の戦いぶりは目の肥えたイランのサポーターにも、好ましく捉えられた。延長戦に入り、日本が加点をするたびにテンションを落としていった彼らは、試合直後こそ優勝候補だった自国の敗退に落胆していたが、最後には「ジャポン! ジャポン!」と、日本の選手たちを称える声援を送っていた。


アフガニスタンとの決勝を戦う本石

 準決勝でイランとの死闘を制した日本だったが、2日後の決勝では、さらなる”どアウェー”の試合が待っていた。その対戦相手はアフガニスタン。近年、飛躍的に力をつけているこの国は、アジアレベルの公式戦で初めて決勝進出を果たした。イランで開催されている大会の決勝に、隣国のアフガニスタンからは多くのサポーターが集まった。日本の選手たちはボールを持つたびに激しいブーイングにさらされ、互いの指示がまったく聞こえない状況でのプレーを強いられた。

 しかし、すでに準決勝でも完全アウェーを体験していた日本は、その雰囲気にのまれることなく、自分たちのリズムで試合を進めていく。前半のうちに2点をリードした日本は、この試合でも粘り強い守備で主導権を握り、アフガニスタンの反撃を1点に抑えた。試合終盤には、この試合好セーブを連発していたブラジル育ちでかつてコリンチャンスの下部組織でもプレーしていたGK田淵広史の得点もあり、3−1で勝利した日本が悲願の初優勝を遂げた。

 今大会のU−20フットサル日本代表14名のうち、8選手はFリーグのクラブに在籍している。彼らのほとんどは、高校年代からフットサルに専念してプレーしてきた。もう一人、イタリアでプロのフットサル選手としてプレーしているのが、唯一、前回大会にも出場していた左利きのアタッカー、山田慈英だ。また、ファーストセットの前線のポジション・ピヴォを務める本石猛裕は、サッカー推薦での九州の大学に進学することが決まっていたが、フットサル大会に出場した際にU−20フットサル日本代表の鈴木隆二監督に口説かれ、フットサル部のある都内の大学へ進み、現在はFリーグ・ペスカドーラ町田の下部組織に加入している。

 イラン戦でゴールを挙げた大塚尋斗と橋本澪良は、高校時代はそれぞれ強豪高校のサッカー部に所属。そのチームが全日本U−18フットサル選手権に出場したことで、鈴木監督の目に留まり、このチームに選出された。高校2年生の夏に行なわれたこの大会で6試合19得点という驚異のゴールラッシュを見せ、矢板中央高校を全国制覇に導いた大塚は、現在法政大学サッカー部に在籍し、Jリーガーを目指している。一方の橋本は大阪成蹊大学フットサル部に所属、卒業後のFリーグ入りを目指している。


イラン戦でゴールを挙げた大塚

 そして、イラン戦で勝ち越しゴールを決めた井口凜太郎、大会MVPに輝いた大澤は、現役高校生であり、2年後の大会にも出場できる。井口はFリーグ・シュライカー大阪の下部組織、大澤は関東リーグのZOTT WASEDA FUTSAL CLUBに在籍して、社会人たちと日常的に公式戦を戦っている。本大会直前で負傷離脱した毛利元亮を含めた3選手は、2年後のU−20日本代表チームでも主軸となることが濃厚だ。

 この優勝は、アジアでも快挙として捉えられた。その理由は日本の準備期間の短さだ。サッカーでは代表活動が国際Aマッチデー前後に限られることが、当たり前となっている。だがフットサルでは、ブラジル、スペイン、ポルトガルといった自国リーグがしっかり整備されている国ではともかく、とくにアジアでは代表チームがクラブチームのように活動していることが珍しくない。実際、今大会で4位に躍進したインドネシアは、自国リーグに今回のU−20代表チームを参加させ、大幅なレベルアップに成功している。イランは1カ月前からトレーニングキャンプを行ない、今大会に準備していた。

 こうした国々に対して日本は、大会開幕1週間前に集合、練習ができたのは出発前の1回とイラン入りしてからの4日間のみだった。他国に比べて極端に活動期間が短いなかでもチームが組織的なプレーを見せ、高い団結力を持つことができたのは、フットサル界最高峰のスペインでコーチとしての修業を積み、年代別のカタルーニャ州選抜の監督も任されていた鈴木監督の指導の賜物だろう。

 チーム結成以来、招集し続けた選手は、ほぼ同じ。東アジア予選とチャイニーズ・タイペイでの国際大会も同じメンバーで戦い、コンビネーションを熟成していった。国内での最終合宿には村上拓也と松川網汰を招聘し、最終的に毛利の負傷を受けて松川網汰がメンバー入りしたが、ほかのメンバーと3選手の連携が出来上がっていたこともあり、スムーズにチームへ溶け込んでいった。

 また、数少ないトレーニングの回数で、中身の濃いトレーニングができたことも成功要因だろう。チームには鈴木監督だけではなく、こちらも選手時代にスペインでのプレー経験が豊富で、指導者になってからはシュライカー大阪をFリーグ優勝に導いた実績のある木暮賢一郎コーチもいる。紅白戦やセットプレーを指導する際、鈴木監督が一方のチームを指導していたら、もう一方を木暮コーチが指導することで、時間を有効活用していった。

 2年前の大会を戦い、ベスト8で敗れたチームには、清水和也(エルポソ/スペイン)や植松晃都(湘南ベルマーレ)といった個の能力の高い選手が多くいた。今回のチームは、選手の個の能力がそこまで高くはなかったが、限られた時間を有効に使い、組織力を高めることで、それぞれの能力を引き出すことができた。この二頭体制も、アジア制覇には欠かせなかっただろう。

 今大会に出場した19歳以上の選手たちは、年代別代表でのプレーは今大会が最後になる。貴重な経験を積んだ今後の彼らは、プロクラブである名古屋オーシャンズをはじめ、Fリーグのクラブで活躍することが期待される。専用のアリーナを保有する名古屋は、欧州サッカークラブでも限られたトップクラブしか有していないトレーニングマシンを所有しているなど、理想的な環境が整っている。日本でトップレベルの選手になれば、将来的に世界中のトッププレーヤーが集まるスペインなどの海外リーグに進出できる可能性も出てくる。

 現在、Fリーグは長らく新陳代謝が行なわれず、リーグが発足した2007年から10年以上もプレーを続けているベテランも少なくない。若い実力のある選手たちの出現が待たれているが、今回のU−20代表の活躍は、フットサル界の若い選手たちにとっても刺激となったはずだ。また本石の例などは、ユース年代のサッカー選手で、将来日の丸を背負って世界と戦いたいと考えている選手にとっても、良いヒントになるだろう。

優勝後、選手たちは口々に次の目標として「A代表入り」を挙げた。残念ながら今回のチームが国内で国際試合を戦う機会はなかったが、数年後、再び青いユニフォームに身を包む、彼らの姿が見られるかもしれない。

Sportiva

「フットサル」をもっと詳しく

「フットサル」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ